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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
第一章
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牧場の思惑

 神力。聞き覚えのあるその言葉。確かウリエルがこの町で探しているとかいう……。


「僕が先ほど見せた魔術は、それはそれですばらしいものさ。先天的な能力であり、僕のような選ばれた人間にしか使いこなせない不思議な力。だけどね、水前寺くん。残念ながら、この魔術では手品だと一蹴されてしまう程度の現象しか起こすことができないんだ。例えばさっきの『物質移転』の魔術だってそうだよ。この魔術もね、下準備なしでは自分の手が触れている、小さくて軽いものにしか使えないんだ。

 まあ実際には、なんでもできるっていう可能性自体はあるんだよね。でも現状では、できることなんて本当に限られている。今後進歩するとしても、非常にゆっくりとしたスピードでしか進歩できないだろうね。そして、僕はそれに我慢できない。僕のこの選ばれた力を、単なる手品ごっこで終わらせてしまっていいのだろうかってね」


 牧場はおおげさに首を振った。


「答えは否だ。だから、僕は持てる才能をフル活用して研究に没頭した。自分の才能で足りないところは、他の人間に助けを乞うたし、金の力も使った。そして長い研究の末、僕はある一つの答えを見つけたんだ。それはまさに、僕が望んでいた。あらゆる願いを実現させうる力なのさ。

 おっと、ここで僕がさせうるといったことは注意してくれよ。しかしわかりやすくするためこのことは一旦おいて、もっと具体的に説明しようか。そうだね。誤解を覚悟で言うとすれば、まさにその力はある願い事をしただけで、その願い事が叶ってしまうような力なのさ。願い事からその実現までのあらゆる過程を代行して、結果のみを君に与えてくれる力。スイッチを押せば、電源が付くコンピューターのように。

 しかし、そのような機械と一緒にしてはいけない。その力は人間の不可能、不知を超えて、どんな願い事も叶えてくれる。どんな空想めいた願いさえも強引に実現化させる力、それが神力」


 牧場はそう言い終えると、自らの演説の余韻を楽しむようにそっと目を閉じた。しばらく悦に入った後、おもむろに目を開き俺の顔をじっと見つめた。

 そして、ゆっくりと、焦らすように、牧場は蛇のような微笑みをうかべた。


「……ねえ、水前寺くん。君、僕が言うこの神力について何か心当たりはない?」


 その牧場の言葉に対し俺の背筋が凍った。表面上はなんてことのないその言葉の奥に、俺は牧場のどす黒い執念と悪意が見えたような気がしたからだ。

 神力。ウリエルが探している不思議な力。まさかこのことについても、偶然の一致が起こるなんて。

 ここにきて俺はようやく、牧場とウリエルが言う奇想天外なお話にある種の信憑性を感じ始めていた。


「どうしたんだい? 水前寺くん。急に険しい顔をしちゃって」

「……突然のオカルト展開についていけてないだけだ」

「とか、言っちゃって。本当は神力について何か知っているんじゃないの? いやいやもしかして、ここの部屋のどこかに隠してたりして。個人的には本棚の奥とかベッドの下とかが臭うな」


 神力というのは、エロ本と同じ程度のものなのだろうか。しかし、牧場の行動で張りつめていた緊張の糸が少しだけほぐれたような気がする。俺は大げさに肩をすくめつつ、申し訳なさそうな表情を作って牧場に伝えた。


「……お前の期待に沿えなくて悪いが、神力なんてもん初耳だ。ここらへんの言い伝えにだって、そんな話は出てこないしな。というか、なんで偶然お前を助けることになった見ず知らずの人間が、都合よくお前の欲しがってるものについて重大な手がかりを持ってるって考えるんだよ」

「あれぇ、僕が前見た映画かなんかではそうだったんだけどね。水前寺くん、本当に何も知らない?」


牧場は俺の顔を覗き込むようにして顔を近づけてきた。


「知らない」

「……ふうん」


 牧場はどこか納得いかなそうな返事をし、俺から顔を離した。

 牧場に言ったことは嘘だ。そのことについて多少の罪悪感はあるものの、やはりこいつはどこかしら危ない香りがする。ウリエルの肩を持つわけではないが、こいつにありのままを正直に話すことを俺は直感的にためらったのだ。

 とにかくこれで話は終わりだ。うっかりぼろが出る前に牧場には部屋から退出してもらおう。

 しかし牧場は俺の気持ちを察することなく、突然スーツの懐から一冊の本を取り出し俺に差し出した。


「まあでも、もしかしたら何か思い出すこともあるかもしれないしね。そんな時のために、今から水前寺くんにはお礼もかねて最高のプレゼントを贈ろう」

「……は?」


 俺は警戒しながら差し出された本を受け取った。サイズは文庫本よりは大きく、かといってハードカバーよりは小さい。表紙には何のデザインも施されておらず、ただ書名と著作名が書かれているだけだった。


『「神力」基礎理論』 H.ヴァイデ


 出版社名は書かれておらず、裏表紙にも本来あるべきバーコードや価格の表示がなかった。不審に思っていると、牧場は嬉しそうに声をかけてきた。


「気に入ってくれたかい。実はその本、市場に出回ってない、神力について執筆された本なんだよね。この本はいつも肌身離さず持ち運んでいるから、幸運にもなくさずにすんだってわけ。スペアは大量に家にあるから、水前寺くんにあげるよ。ぜひこれを読んで、神力についての基礎知識を深めてもらいたいね。そして、あわよくば僕の手伝いをしてもらいたいなぁ」

「なんで、こんな本をお前が持ってるんだよ。いや、ちょっと待て。スペアまで持ってるってことは、もしかして、このH.ヴァルデってのは……」

「ご名答っ! もちろん僕のことさ。つまりこの本は僕の研究成果をまとめた、かなぁりレアな品物ってわけ。これを手に入れるなんて、ラッキーボーイだね水前寺くん。」


 行き倒れているところを助けてもらい、さらに家に泊めてくれた恩に対する、感謝の気持ちがこれか。自分の書いた本を貴重な品物であると自分から言えるふてぶてしさにある種の感嘆さえ覚える。


「……鍋敷きにでも使わせてもらうよ」

「ひどいなぁ、水前寺くん。そこはお世辞でもいいから、ありがとうって言ってほしかったんだけどね。まあいいや。とにかく、もう十分におしゃべりを楽しんだことだし、そろそろ退出させてもらうよ」


 もらった本を本棚に適当に突っ込む俺を尻目に、牧場はそう言ってゆっくりと立ち上がった。そしてそのまま部屋のドアに歩み寄り、ドアノブに手をかける。しかし、牧場はドアノブを握ったまましばらく静止したかと思うと、おもむろにこちらの方へ振り返った。


「あれ、引き留めないの?」


 牧場は驚きの表情を浮かべて言った。


「引き留めるわけないだろ」

「寂しいなぁ。最後に何か僕に聞きたいこととかないの?」

「あるわけがない」

「なんでもいいんだよ。例えば神力についてでも。なんたって僕はその分野の権威なんだからね。あまり研究が進んでない以上、他の誰に聞いても答えてくれないよ」


 正直一刻も早く立ち去ってもらいたかったが、ふと素朴な疑問が湧いてきた。尋ねるほどのことでもないと思ったが、純粋な好奇心がそれを上回った。


「そもそも、そんな神力やらを手にして、お前はいったい何がしたいんだ?」


 すると牧場は突然に笑うことを止め、今まで見たこともなかった真剣な表情を浮かべた。初めて見せるその表情に俺は思わずたじろいでしまい、何も言えずにただ牧場の言葉を待つことしかできなかった。


「水前寺くんは、人生思い通りにいかないなぁって漠然と考えたことはない?」

「……何を言い出すんだ、急に」

「別にふざけて言っているわけではないよ。ただ、僕はそんなことを頻繁に考えていてね。望むものは目の前にあるのに、何か目に見えない檻が僕を囲んでいてそれを捕まえることができないっていう感じかな。魔術という才能と明晰な頭脳を授かった僕がそのようなわけもわからない檻に閉じ込められているのには我慢ならない。いや、ふさわしくないと言った方が適切かな」


 牧場はそこで不敵な笑みを浮かべる。


「言わんとしていることがよくわからないんだが」

「ふふふ、いきなりそんなこと言われてもわからないよね。とりあえずは今のが、水前寺くんの質問に対する答えということで。それじゃあ、そろそろ君のお父さんが夕飯を作り終えるころだろうし、僕も客間に一旦帰らせてもらうよ」


 牧場は再びひょうきんさを取り戻し、ドアを開けて出ていこうとした。俺はそれを何も言わず見送ろうとしたが、不意に言っておくべきことを思い出した。


「待て」

「なんだい? 水前寺くん」

「二階には、すぐ右の階段しかないからな。部屋から左、妹の部屋の方は行き止まりだからな。そっちには絶対に行くなよ」


 牧場は呆れた表情を浮かべながら肩をすくませた。


「僕も信用されてないなぁ。まったく。僕もそこまでどじっ子じゃないんだから、そんな何回も君の妹さんの部屋を間違って開けることなんてしないよ。大丈夫」


 さっき妹の部屋に行ったのは、単なるどじだったとまだ言い張るらしい。牧場は俺にそれだけ言うと、部屋を出てドアを閉めた。

 俺はすぐさまドアに近づき外の音に耳を澄ませた。すると右方向ではなく左方向へと進む足音が聞こえ、そしてすぐに左方向から扉を開く音と、妹の「キャーーー!!」という叫び声が同時に耳に届いた。


「あの野郎っ!」


俺は再び自室から飛び出し隣の部屋へと向かった。


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