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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
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五年後

「今日をもって、カンパニーの教育カリキュラムは終わり。つまり、明日から貴様は一人前の魔術師になるということだ。まあ、ごくろうだったな」


 椅子にだらしなくもたれかかりながら、チェンさんはいつもの淡々とした口調でそれだけ告げた。そして目の前の机に置かれた認定書やらを手に取り、机越しに立っている私に手渡した。

 師匠らしいと苦笑いをこぼしながら、私はそれを受け取る。その認定書の上部には私の名前がプリントされ、その下には様々な規約や魔術師としての規律やらが細かく書かれていた。

 兄貴が死んでから五年。ようやく一人の魔術師として認められた。ようやく私はスタートラインに立つことができたのだ。そう考えるだけで私の胸は高鳴り始める。



 兄貴の部屋で見慣れない本を見つけ、その後すぐにワン・チェンさんへ電話をかけたことで、私の人生は大きく変わった。

 その会話の中で、本に書かれている神力について詳しい話を聞くことはできなかったが、代わりにそれに似たものとして魔術の存在について知らされた。私はもちろん驚き、そして魔術に魅了された。そこで胡散臭いと疑っていればまた違う人生を歩んでいたのかもしれない。しかし、私はすぐに魔術についてチェンさんに教えを乞うた。ある目的を胸に秘めながら。

 私に魔術師としての素質があったことと、チェンさんが後ろ盾として色々世話をしてくれたことで、自分でも驚くほどあっさりカンパニーの魔術師候補生になることができた。魔術師候補生になることで、私はお給料をもらいながら魔術の勉強をすることができ、そしてカンパニーが定めたカリキュラムをすべて終えることにより、私は魔術師として認められる。

 受験した私立中学の合格が決まっていたのだが、私は何のためらいもなくそちらへと進路を決めた。なんでもその魔術師のカリキュラムは、政府から秘密裏に承認されているらしく、義務教育を受けないことに関して何の違法もないらしい。もちろん詳しい話はわからないけれど。




「五年でカリキュラム終了というのは過去最短記録だ。そしてちなみにだが、それ以前はこの私が最短記録保持者だったんだぞ。このことを忘れるなよ」


 チェンさんはどこか不機嫌そうに私に言った。

 五年間というもの私は死にもの狂いで勉強した。そして、自分で言うのも何なのだが、どうやら私は少しだけ他人より要領がいいらしく、他の人の何倍と言うスピードで知識や実技を吸収することができた。その結果、前例のないスピードで私はカリキュラムを終えていき、五年という短期間で魔術師になることができたのだ。

 もちろんそれにはチェンさんといった他の人の助けもあってのことなのだが。


「はいはい、わかってますよ。私の師匠がとっても優秀な魔術師であることは」


 わかればいい、とチェンさんは鼻をならし、机の上に置かれた別の資料へ目を通す。口ではこう言っているものの、心の中では私の業績をうれしく思ってくれているのかもしれない。人からいらぬ誤解を受けることが多いけれど、師匠はそういう人間なのだ。


「まあ、形式的なことは資料やら契約書やらを読めばいいとしてだ。これから貴様の配属を言い渡す」

「はい」


 私はその言葉に反応し、無意識に背筋を伸ばした。

 配属。簡単に言えば仕事先だ。魔術師になった以上、私もその立場に見合った仕事をこなす必要がある。カンパニーもそれを見越したうえで魔術師候補生の教育を行っているのだから当たり前と言えば、当たり前だ。

 しかし、この配属先は私にとって重大な意味を持っていた。別に出世コースに進みたいとか、そのような類の欲はない。ただ、自分の時間が十分にとれる、その条件さえ満たしていればいい。

 私は唾をのみこみ、師匠の言葉を待った。


「配属先だが……。貴様の希望を考慮したうえで、当分はフリーの魔術師として働いてもらう。配属は名義上、私の部署にしてあるがな」

「えっ?」


 私は一瞬自分の耳を疑った。チェンさんは怪訝そうに眉をひそめる。


「なんだ? 不満か?」

「い、いや、違います。むしろ、私の希望が通り過ぎているというか……」


 私は慌てて答える。

 フリーの魔術師? つまりそれは特定の部署に入らず、自分の裁量で仕事を決められるということだ。もちろんそのような魔術師が存在する。しかし、彼らは得てして熟練の魔術師たちだ。なぜよりによって新米の私にそのような働き方をカンパニーは許したのか。今までの投資分を考えても、すぐにどこかの部署で働かせたいのが本音じゃないのか?


「師匠いつも言ってるじゃないですか。人手が足りないって。だから、てっきり私も師匠の部署ですぐに働かされ始めるのかと……」

「それとこれとは別だ。貴様の要望に沿った進路を選んでやったってのに、なんだその言いぐさは。もっと素直に私をあがめたらどうだ」

「で、でも……」


 食い下がる私を、チェンさんはキッと睨み付ける。その眼光の鋭さに私は思わずたじろいでしまう。


「それなら、質問させてもらおうか。貴様がなぜ自分が自由に使える時間を欲しがるのか。そして、その時間を使って貴様が何を企んでいるのか」

「うっ……」


 やはり、師匠には隠しきれなかったか。私は冷汗をかきながら、ひきつった笑みを浮かべる。

 私が自由に使える時間が欲しい理由。そしてさらに、この五年間死にもの狂いで勉強した理由。チェンさんから追求されるたび、私は適当な嘘でごまかしてきた。しかし、そうやらチェンさんはその嘘を感づきながら、今の今まであえて踏み込もうとしてこなかったのだろう。私の固い意志を尊重して。


「はっきり言ってだな。裏でこそこそ何かを企んでいるやつを俺の部署に置いておくわけにはいかない。だからだ。とりあえず時間をやる。その間にお前のやるべきこととやらに片を付けてこい。それが終わった後で、貴様の望み通り農耕馬のように働かせてやる。以上だ。これ以上、私の口から言うことはない」


 チェンさんがそうまくしたてた後、私たちの間に沈黙が流れる。

 そして、そのまましばらく時間が経った後、私は黙って頭を深く下げた。


「ありがとう……ございます」


 私はかすれるような声でそれだけつぶやいた。そしてそれと同時に、私の首元に仕舞ってあったネックポーチがはらりと地面に向かって宙吊りになった。

 私は頭を上げ、もう一度チェンさんの顔を見つめた後、そのネックポーチを再び服の中に戻そうとした。


「……初めて見たな。貴様、前からそれを首にかけていたのか?」

「は、はい。ちょうど兄貴の部屋にあったものを拝借して……」


 するとチェンさんは少しだけ納得したような表情を浮かべた。


「そうか、それでか。見たことがあると思ったんだ。ちょうど水前寺愁斗がそれを買っているところを見たことがあったんだ。詳しくは聞かなかったが、なんでも女にプレゼントするとか言ってたな」


 不意にチェンさんから出てきた兄貴の名前に私はびくっと肩を震わせる。これまでチェンさんと兄貴との関係について聞いたことはない。いや、むしろ私が避けてきたといったほうがいいかもしれない。だからこそ、師匠から突然兄貴の名前が出てきたことに思わず驚いてしまったのだ。

 それにしても女性へのプレゼントだったとは。兄貴らしいと言えば兄貴らしい。送る相手は由香ちゃんか、あるいはほのかちゃんだったのだろう。

 私はその話についてもっと詳しく聞きたいという衝動に襲われる。しかし、このまま兄貴の話題に移ることは避けたかった。なぜなら、それが私がチェンさんに言えない謀と深く関わっているからだ。


「師匠……。私は他にもいろんな手続きやら挨拶があるのでそろそろ……」


 不自然と思われるのを覚悟で私はそう切り出した。師匠もそのことを承知のうえでか、会話を掘り下げることなくただ黙ってうなづいた。

 私はもう一度師匠に深く頭を下げ、静かに部屋を後にした。

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