表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
87/95

悲しみ

 お焼香のにおいがあたりに漂い、耳をすませば誰かがすすり泣く声が聞こえてくる。ほんの数年前にも同じ雰囲気を味わっているはずなのに、どこか自分が現実世界とは異なる世界に迷い込んでしまっているような感覚を拭いきれない。きっとそれは頭のずっと深いところで、目の前の事実を受け止めたくないと思っているからなのだろう。

 私はそんなとりとめもないことを考えながら、目の前に飾られた兄貴の写真をぼんやりと眺めていた。





 兄貴が死んだ。それを親父から伝えられた時、私は親父の言っている意味がまったく理解できなかった。親父に連れられ、病室に横たえられた兄貴の姿を見てもなお、兄貴たちがみんなして私をからかっているんだとしか考えられなかった。

 兄貴の死亡時刻や死因を聞いても、親父は教えてくれなかった。もちろん私を気遣ってくれてのことだろう。私も半ば放心状態だったからか、それ以上親父を追求することはしなかった。私がただぼうっとしている間、様々な手続きが機械的に進められ、余韻に浸る暇もないままこうして通夜を迎えることになったのだ。






 私が一人で座っていると、突然後ろから肩を叩かれた。ゆっくりと振り返ると、そこには制服姿の由香ちゃんが立っていた。


「あずさちゃん……」


 いつもとはあまりに違う、弱弱しい声に私は思わずたじろいでしまう。

 由香ちゃんはただじっと私の顔を見つめてくる。私は言葉が思い浮かばず、ただ立ち上がって見つめ返すことしかできなかった。由香ちゃんは何も言わず私の手を握り締める。その手はぎょっとするほど冷え切っていて、私は言いようのない不安感に襲われてしまった。私はそれを振り払おうと、無理やり頭から言葉をひねり出す。


「ゆ、由香ちゃんも来てくれてありがとうな。兄貴もなんだかんだ言って由香ちゃんのことが大好きだったから。きっと兄貴も天国で喜んでるって! だからさ、そんな悲しい顔をしないで……」


 しかし、私が言葉を言い終える前に、由香ちゃんは突然私の身体を抱き寄せた。由香ちゃんの胸に顔が埋まる形となり、私は何も言えなくなる。由香ちゃんは右手で私の身体を抱きしめながら、左手でそっと私の頭を優しくなでる。私はただ顔をうずめたままただ身を任せた。


「由香ちゃん……。兄貴……死んじゃったよ」


 長い長い沈黙の後、私はかすれるような声でつぶやいた。

 由香ちゃんは私の頭をなでながら、「うん」とだけ相槌を打つ。私は両手で由香ちゃんの制服の端を強く握りしめた。


「もっといっぱいお喋りしたかったのに、もっといろんなところに一緒に行ってみたかったのに、もっとずっと……ずっと……。それなのに……どうして?」


 水の入ったバケツが倒されたみたいに、私の口からこんこんと言葉が溢れ出していく。そして、自分でも気が付かないうちに私は泣いていた。今までの分を取り返すかのように、次から次へと涙が流れだしていった。呼吸はいつの間にか嗚咽へと変わり、私は由香ちゃんの胸に顔をうずめる。


「まだ……ありがとうも言えてないのに……!」


 私はそのままサイレンのように泣き叫んだ。由香ちゃんは何も言わず、ただただ私を抱きしめるだけ。叫び声をあげるたびに、喉の奥にひりひりとした痛みを覚える。それでも私は泣き叫ぶのをやめることはできなかった。

 だけどその一方で、由香ちゃんの制服にしみができてしまう、なんて場違いなことを頭の隅で考える私がいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ