献血バス
翌日。
症状は悪化の一途をたどっており、昨日はなんとかついていけた授業でも俺はほとんど集中力を保つことができなかった。そのためか、昼休みになると、早川翔が心配そうな顔つきで俺に大丈夫かと話しかけてきた。早川は俺の返事を聞く前に、早退しろと命令口調で言ってくる。最初は渋ったものの、結局は早野に押し切られ、俺は一足早めに早退することになった。担任へは早川が代わりに伝えておいてくれるらしい。
俺は荷物をまとめ、そそくさと学校を後にした。
学校を出てからしばらくしないうちに、俺の携帯の着信音がなった。確認するとそれは平島からだった。校則をきっちりと守る平島が学校で携帯を使うとは珍しいと思いながら電話に出る。
「す、水前寺くん、大丈夫ですか? なんでも体調が悪くって早退したとか……」
「ああ、ちょっと昨日からひどくてな。だけど、それを確認するためだけに電話してきたのか?」
平島は少しだけ間を空けた後、ボリュームを落として話を続けた。
「もちろん、水前寺くんが心配ってのもあるんですけど、実は伝えたいことが……。牧場さんの居場所がわかりました」
俺は思わず言葉を失った。牧場の居場所がわかっただと。あの今までずっと俺たちから逃げ続けてきた男の居場所が?
身体の不調など吹き飛んだように、俺は興奮した調子で詳細を尋ねる。
「ついさっきあっくんから連絡がありまして、実は私も今学校を抜け出してます。あっくんたちと合流次第、牧場さんを捕まえる手はずになっているんです。水前寺くんにも伝えようと思ってたんですけど、先に帰ってて……」
「そ、それで牧場はいったいどこにいるんだ?」
「それがですね……。水前寺くんも奇妙に感じるとは思うんですけど……。なんでも私が昨日見た献血バスの中にいるらしいです」
平島はためらいがちに答えた。
献血バス? 俺は平島の言葉を反復した。自分でもその意味が理解できなかったからだ。
「なんで献血バスなんだ? いや、それよりもなんで逃亡中の牧場がそんな大掛かりなものを準備できたんだよ?」
「忘れたんですか、水前寺くん。牧場さんはついこの間銀行強盗を実行して、大金を手に入れているんです。もちろん目的はわかりませんけど、それほどのお金があれば献血バスくらい入手することはできるんじゃないですか」
俺は平島の言葉に納得する。しかし、なぜ牧場は大金をそんな献血バスに使ってしまったのか? 平島たちはなぜ献血バスなんかに乗っているんだとことさらに感じているだろう。しかし、俺はある点においてその意味を見出すことができないこともない。
それは血だ。もちろん霧島由香の。
献血バスと言うからには、採血するための道具がそろっているはずだ。牧場がウリエルと同じように霧島家の血が必要だという結論に達した場合、そのような道具を準備することは理解できる。
しかし、それでも俺は牧場の行動に疑問符をつけずにいられなかった。なぜ献血バスなのか。俺はそのことが不思議でしょうがなかった。献血バスで血をもらおうと思っていた? 霧島由香の血を? 牧場は本気で、霧島由香が偶然献血バスを見つけ、慈善活動として献血に協力してくれると思ったのか? もちろんありえないとは言わない。しかし、その考えは今までの牧場の考えと比べて、はるかに幼稚だと言わざるを得ない。
献血バスは採血のための道具でしかなく、牧場は強引に由香をそのバスに連れ込もうと考えているのだろうか。いや、もしそうだった場合、すでにそれを実行しているはずだ。わざわざ献血バスを町中で走らせる理由はない。
ひょっとして、また何か別の思惑があるのか?
「牧場さんの思惑はともかく、献血バスに牧場さんの痕跡があることは確認済みなんです。最悪これからの突入で逃げられたとしても、町には罠が張り巡らせてありますからね。これ以上逃げることはできません。」
平島の自信満々の声に俺は相槌を打つことしかできなかった。平島はこれから準備をしなければならないと言って、電話を切った。俺は携帯をポケットに突っ込み、その場で平島が言っていたことについて考えてみる。
やはり、献血バスはどう考えてもおかしい。それを使って都合よく由香をおびき寄せ、献血を受けさせる手段も見つからない。牧場はやはり逃亡に疲れ、思考力が低下してしまったのだろうか。正直そうであって欲しい。しかし、なぜか先ほどから嫌な予感がしてならない。牧場が意味もない行動を取るとは思えなかったし、またこんなあっさり捕まるとも思えなかった。
霧島家の血。組織から逃げ出した赤川。学校近くに現れた献血バス。その中にいると思われる牧場。そして、由香の跡をつけていたという不審者の存在。俺の中でもやもやとした不安感が広がっていくのがわかる。そして、その時。再び俺の携帯の着信音がなった。
また平島からだろうか。俺がそう思って携帯の画面を確認すると、それは見たこともない番号からだった。悪寒が俺の身体全体をすっぽりと覆う。俺は震える手で、携帯のボタンを押し、電話に出る。
「……牧場か」
長い沈黙のあと、ねちっこく、そして人を馬鹿にするような声が聞こえてきた。
「ご名答。お久しぶりだねぇ、水前寺くん」




