不審者
翌日になっても俺の体調に回復の兆しは見えず、むしろ悪化の一途をたどっているような気さえした。それでも俺は何とか学校の授業を乗り切り、放課後になるとともに俺は真っ先に学校を後にする。
俺がけだるい身体を引きずりながら歩いていると、前方の十字路に霧島由香の姿が見えた。こんな時間に出会うとは珍しい。俺が由香に近づき、後ろから声をかけると、由香はびくっと肩を震わせながらこちらを振り返った。そして俺の姿を確認するやいなや、安堵のため息をつきながら返事を返した。
「なんで、水前寺か……。いきなり、後ろから声をかけないでよ。心臓が止まるかと思ったじゃん」
「お前が前にいた以上、後ろから声をかけざるを得ないだろうが。というか、驚きすぎ」
由香は少しだけ眉をひそめた。
「あんた、最近ここらへんに不審者が出没してるって知らないの?」
「そういえば、今朝のHRで担任が言ってたな。なんでもうちの生徒が見かけたって」
不審者の出没情報。なんでも女子高校生の跡をこっそりとつけてくる三十代の男の姿が近所で目撃されているらしい。今のところ実害が出ているというわけではないが、そういう人物がうろついていると言うだけでやはり気味が悪い。
由香は周りをさっと見渡した後、ためらいがちに俺につぶやいた。
「見かけた生徒ってね、実は私なの」
「お前が?」
驚きのあまり声を裏返した俺に対し、由香は静かにするようにと鋭く睨み付けた。どうやらこのことをあまり知られたくないらしい。
俺はボリュームを落とし、詳しい事情を尋ねた。
「なんか最近、下校途中に変な視線を感じてたの。最初は自意識過剰になってるだけかと思ってたんだけどさ、つい昨日、偶然後ろを振り返った時に怪しげな男と目が合っちゃってさ。そしたらその瞬間、そいつは走って逃げていったわけ。たまたま同じ方向を歩いているだけだったらそんなことするはずがないじゃん。私もそういう男がうろついてるっていうことは知ってたから、ピンときたわけ。だから、家に帰ってすぐにお母さんと学校に連絡したの」
由香は毅然とした態度で説明するが、やはりどこかおびえているような気がしてならなかった。
「翔は最近部活が忙しくて、一緒に帰ってとは言えないし……。だから今日はいつもより下校時間を早めて、明るいうちに帰ろうって思ったの」
俺が由香の話を聞いている最中、ある考えが頭の中で駆け巡っていた。学校付近で出没し、由香の後ろをつけていた不審者。まさかとは思いながら俺は由香に質問する。
「嫌な記憶を思い起こさせて悪いんだけどさ、その走って逃げた男ってどんな人間だった? 例えば、スーツを着てたとか、ひょろひょろだったとか」
「すぐ逃げちゃったからあんまり覚えてないけど……。ひょろひょろだではなかった気がするな……。というか、なんでそんなことあんたが聞くの?」
由香が不意に疑わし気な表情で俺を見つめてきたので、俺は慌ててながらなんでもないとだけ告げた。由香はふーんとだけ相槌を打つ。明らかに納得していない様子だ。しかし、それ以上追及するつもりはないらしい。
「まあいいや。じゃあ、あんたは帰り道こっちでしょ。じゃあ、また明日ね」
そう言って自分の俺と別れようとした由香を俺は呼び止めた。由香は振り返り、不思議そうに俺の顔を見つめる。
「いや、今日は帰りに用事があってな。俺も途中までそっちの道を行くつもりなんだよ」
少しだけ間が空いた後、由香は小さな声でつぶやく。
「別にそこまで気を使わないでいいのに」
「用事だって言ってんだろ。そっちが勝手に自意識過剰になってんじゃないのか」
由香は呆れ顔を浮かべ、やれやれと肩をすぼませた。
「はいはい、用事なら仕方ないですね。あんたも昔っから変わんないね、まったく」
俺は苦笑いを浮かべ、そのまま由香と霧島神社の方向へと一緒に歩いて行った。




