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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
第三章
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あずさの悩み

 病室に入ると、親父もおらず、あずさが一人でベッドに横になっていた。俺が入ってきたのを見て、あずさは身体を起こした。俺は近くの椅子に座り、調子はどうかと尋ねるとあずさはぎこちなくうなづいた。


「まあ、なんだ。昨日はすまんかった。勝手にあずさをつけるような真似をしてしまって」

「なんだ、そのことかよ。もう気にしてないぞ」


 思っていたより調子よくあずさは返事をした。どうやらこの件ではもう機嫌を直したらしい。俺とあずさはしばらくそのまま談笑する。こうして二人っきりで話すのも久しぶりかもしれない。あずさは受験で忙しいし、俺も色々なごたごたに巻き込まれててんてこ舞いだったからな。

 とりあえずあずさの元気な様子を見れてよかった。とりあえず一旦霧島神社に戻ろう。俺はポケットに入れていたお守りを取り出してあずさに手渡した。うっかり忘れてしまう前に渡しておいた方がいいだろう。


「何これ」

「霧島神社のお守りだよ。受験も近いしな。合格祈願と健康祈願を込めたプレゼントだ」


 あずさは何も言わず、お守りをじっと見つめた。

 しかし、その表情は今まで楽しげなものとは違い、どこか物憂げな表情だった。プレゼントが気に入らないのかと一瞬思ったが、それにしては少しだけ様子がおかしい。俺が困惑していると、不意にあずさが小さな声でつぶやいた。


「……実はな、兄貴。やっぱり今度の中学受験やめようかなって思ってるんだ」

「は?」


 あずさは俺の方を振り向き、苦笑いを浮かべる。


「いや、ほらさ。あずさが私立の中学に行っちまったら、葵ちゃんともばらばらになっちゃうじゃんか。小学校からずっと一緒の親友だし、それは寂しいかなぁって」


 俺はじっとあずさの顔を見つめた。


「な、なんだよ兄貴」

「本当にそれが理由か?」

「え?」


 俺の言葉にあずさが固まる。どうやら図星のようだ。もちろん本当の理由なんて俺にはわからない。それでもずっとあずさの面倒を見てきたからこそ、今あずさが嘘をついてるということだけはわかった。

 由香が言っていたことはこれなのかもしれない、と俺は心の中でつぶやく。しかし、俺は自分から聞き出すのではなく、ただあずさの言葉を待つことにした。そしてしばらく沈黙が流れたのち、あずさはぽつりと話し始めた。


「……だって、私立中学ってたくさんお金がかかるんでしょ」


 俺はその予想もしていなかった答えに驚く。


「確かにそうだけどだな、なんで今更そんな話をするんだよ。お前が受験するって決めた時にも、親父がお金のことは気にするなって言ったはずだろ?」

「ち、違う! そういうことじゃなくて……」

「じゃあ、どういうことなんだよ」


 あずさは少しだけ顔を伏せた。


「兄貴さ。高校卒業した後、そのまま就職するつもりなんでしょ。兄貴の学校は進学校で、周りはみんな大学に進学するはずなのに……」

「……」


 俺は思わず言葉を失ってしまった。

 高校卒業後は大学に進学するのではなくそのまま就職する。これは事実だった。もちろん親父ともきちんと話し合ったうえで。しかし、あずさには話していなかったはずだ。それなのにどうしてあずさが知っているんだ?


「何か月か前、ペンを借りようと思って兄貴の部屋に勝手に入ったんだよ。その時引き出しを開けたら、そこに偶然高校の進路調査票ってのがあって……。そこに就職って書いてあるのを見ちゃったんだ。その時はそこまで気にしなかったんだけど、最近葵ちゃんから私立中学に行くにはすごいお金がかかるって聞いてさ。その時に兄貴の進路のことについて思い出したんだよ。うちもそんなに金持ちってわけじゃないだろ? だから、兄貴は私が私立中学に行くから大学進学をあきらめようとしてるんじゃないかって……」


 高校の進路調査票。確かに俺はそれを引き出しにしまっていた。まさかそれをあずさに見られていたとは。

 そういえば二か月前の提出締め切り日、入れておいたはずの引き出しの中から進路調査票がなくなっていたことがあった。違う引き出しにしまわれていたのは、あずさが間違って元の場所ではないところに戻してしまったからだったのか。その日の朝、調査票を探すのに手間取って遅刻しそうになり、それでいつもと違うルートで登校して、魔術式を書いている平島を見かけたんだっけ。

 俺は深いため息をついた。

 これが最近俺に対してどこかよそよそしかった理由か。俺にどこかうしろめたさを感じて、俺を避けていたと。おそらくあずさはずっとこのことで悩んでいたのだろう。俺に直接話を振ることもできず、由香に相談を聞いてもらったというところか。

 由香の言葉を思い出す。俺とあずさがきちんと話し合うべきだと言っていた。確かにこのことに関しては、俺にも責任がある。よかれと思って内緒にしていたのだが、結局はあずさとちゃんと話し合おうという度胸が俺になかっただけだったのかもしれない。

 俺は腹を決め、あずさに向き直った。


「あずさがそんな真剣に悩んでいたからな。俺もまじめに話そうと思う」


 あずさは伏せていた顔をあげ、俺の方を見た。


「俺が大学に行かずに就職するのは、家計を助けるためだ。だから、あずさの私立中学進学とまったく関係ないとは言わない。実際、大学に通うのにもかなりお金がかかるからな。成績が悪くって行けないだけなんだ、っていう言いのがれはしない。だけど、そのことについてお前が後ろめたく思う必要はない。俺が自分で決めたことだ。もしあずさが公立の中学に進むとしても、その決心は変わらない」

「でも、由香ちゃんとか他の人は大学に進学するんだろ? それなのにあずさだけそんな好き勝手に進学するのはやっぱりおかしいんじゃないかって……」


 あずさは食い入るように俺を見つめてくる。俺や親父と似て、あずさも頑固な側面がある。俺が気にしなくていいといった程度ではやはり納得しないのだろう。

 小さく微笑む俺に対して、あずさは非難するような目をむける。


「兄貴、あずさは真面目に考えてるんだぞ」

「悪い悪い。だけど、俺の話も聞いてくれよ。俺は別にあずさのために自己犠牲を気取っているわけじゃないんだ。ただ、俺はあずさを含めた家族のためにこうすべきだと信じてやっているだけだ。それにな、俺は別に大学でやりたいことがあるわけじゃない。意味もなく進学するくらいなら金の無駄だろ?」


 俺の言葉に反論しようと口を開きかけたあずさを俺は制止した。


「落ち着いて聞け。俺は大学進学にそれほど執着してない。だけど、あずさ。お前は本心から私立中学を受けたいって言ったんだろ。俺も真剣に話しているつもりなんだ。このことだけは、俺とか親父のこととかを一旦忘れて答えてくれ」


 長い沈黙が流れた後、あずさはゆっくりと首を縦に振った。


「あずさがそう思っていることは俺も親父も承知の上なんだ。だけど、そうだからと言ってお前の後ろめたさがなくなるってわけじゃないことも理解できる。だから、こうしよう。今回は貸し、ということにな」

「貸し? なんだよ、それって」


あずさは眉をひそめながら尋ねた。


「いつか俺や親父に何かあった時、今回のことを覚えていたらでいい、できる限りの範囲で助けてくれ。だから、このことに感謝とか謝罪とかはいらない。ただ、あずさは将来気が向いた時に借りを返してくれればいいんだ」


 あずさはまだ腑に落ちていないようだ。確かに、俺の言うことすべてを理解したり、納得したりすることはできないだろう。それでも、俺の本心の一部分でも伝わってくれたらいい。俺はそんなことを願いながら、視線をあずさから病室の外へと移した。

 しばらく重たい沈黙が流れたのち、聞こえるか聞こえないかの声量であずさが「わかった」とだけつぶやいた。俺は再びあずさの顔を見つめた。あずさの表情は心なしか先ほどよりも晴れやかであるように感じられた。もちろんそれは自分の願望の現れに過ぎないのかもしれないが。


「さすがあずさの兄貴だ。やっぱり、あずさじゃ勝てないな。正直兄貴の言うこと全部を受け入れたってわけじゃないけど、兄貴と親父があずさに中学受験してほしいって思ってることはわかった。だから、今回だけは兄貴の言う通り貸しにしとく」

「そうか」


 あずさは俺の顔をじっと見つめ、にこっと笑いかけた。顔の頬に愛嬌のあるえくぼが浮き出る。そして、あずさは俺が渡した霧島神社のお守り目の前に掲げてみせた。


「だけどな、あずさはきちんと利子もつけて兄貴と親父に借りを返すからな。このお守りはそれまで大事にしとく。あずさはこれからいっぱい勉強して、そんで億万長者になって、そして兄貴と親父に一つずつマンションを買ってやるからな!」


 俺は苦笑しながら、あずさに楽しみにしておくとだけ答えた。どうやら、あずさの中でも踏ん切りがついたらしい。きっと今後は心置きなく受験勉強に取り組めるはずだ。

 俺とあずさはその後もくだらない会話を交わし、笑いあった。そして俺はあずさに一旦別れを告げ、俺はひとまず病院を後にすることにした。

 もうウリエルが帰っているはず。そう思った俺は、病院を出るとそのまま霧島神社へと向かった。

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