霧島神社のお守り
自分のやるべきことが片付いたので、俺は霧島神社に向かった。二人と任務終了後にここで待ち合わせをしていたからだ。俺が神社に着くと、そこには平島がいるだけだった。平島は俺の姿を確認するなり、慌てた様子で近寄ってくる。
「だ、大丈夫でしたか、水前寺くん!? 例の逃亡犯とやらは?」
「ああ、幸運にもカンパニーの魔術師が協力してくれてな。もう捕まったよ。これでひとまず安心だ。ところで、ウリエルはまだ来てないのか?」
俺の言葉に平島は胸を撫で下ろしながら答える。
「ウリエルちゃんはまだ魔術式を消しに回ってます。なんでも私たちが町を回っている間に増えた分を消してまわってるみたいですね」
稲岡が今日新たに作った魔術式の場所を把握できるのはウリエルだけだ。だから前もって、ウリエルにその魔術式の処理をお願いしていた。まだ日が暮れるまで時間があるが、早めに片付けておくことに越したことはないだろう。
俺が買ったものを渡そうと思っていたが、ウリエルが帰ってくるまでまだ時間がかかりそうだ。時間がもったいないし、先に病院へあずさの様子を見に行った方がいいかもしれない。
俺は平島に、今日俺たちの作戦に付き合ってくれたことのお礼を言った。
「なんで水前寺くんがお礼を言うんですか! 一大事だったんですから、協力するのは当たり前です」
「まあ、確かにそうだな」
平島は嬉しそうにうなづく。とりあえず、用事は済んだことだし、病院へ向かおうとしたその時。二人話しているところに、霧島由香が頭を押さえながらやってきた。もう薬が切れ、目が覚めたようだ。
由香は平島を見つけ、驚いた表情を浮かべた。
「水前寺はともかく、なんでほのかちゃんがうちの神社にいるの?」
「い、いや。ウリエルちゃんに会いに来たんです」
「あ、そっか。ほのかちゃんとウリエルちゃんって仲良かったもんね」
俺は納得した様子の由香に質問を投げかける。
「ま、まあ、細かいことは置いといてさ。由香、なんか立ちくらみとかとかしないか?」
「何言ってんの、急に? 起きたばっかでちょっと頭はぼんやりしてるけど、調子悪いってわけじゃないし」
「い、いや、何もないならいいんだ」
俺は慌てて取り繕う。由香と平島はそろって俺を疑わし気な目で見てくる。血は抜いたものの、少量だ。貧血になるはずもないか。罪悪感からか変に心配してしまった。
「まあ、別にいいけど。ところでさ、お母さんから聞いたんだけど。あずさちゃん入院してるんだって? 大丈夫なの?」
「えっ? あずさちゃん、入院してるんですか!?」
そういえばバタバタしすぎて、平島にそのことを伝えていなかった。俺は平島に昨日突然あずさが家で倒れ、病院に運ばれたことを話す。そして、実はかなり危険な状態だったということは伏せ、もう病状は回復に向かっているから心配しなくていいと言った。まあ、神力について話すわけにもいかないし、それにもう心配はいらないということも事実だし、構わないだろう。
あずさが大事がなかったことを聞き、平島はほっとした表情を浮かべた。
「ま、というわけでさ。俺はこれから病院に行くわ。……あ、そうだ。ついでにさ、この神社のお守りを買っていきたいんだけど」
俺がそう言うと、由香は了解し、お守りが置いてある小屋に来るように促した。
由香は小屋に入り、お守りを持って出てきた。俺はそれを受け取り、お金を渡そうとしたが由香がそれを制止した。どうやら、由香のおごりらしい。俺は意地を張らず、由香の厚意をありがたく受け取った。
正面にでかでかと霧島神社と書かれているお守り。今まで大したものではないと思っていたが、神力の存在を知っているので、今ではとてもご利益があるかのように感じる。
「お見舞いなんですけど。私も一緒に行っちゃだめですかね?」
お守りをポケットに突っ込んでいると、平島がおずおずと尋ねてきた。平島もあずさのことを気に入ってくれている。別に断る理由もない。なんなら由香も一緒に来てくれれば、あずさも喜んでくれるかもしれない。
しかし、俺が返事をする前に由香が割り込んできた。
「そろそろウリエルちゃんも帰ってくるかもしれないしさ、ほのかちゃんは神社で待ってた方がいいかもよ。私と一緒に母屋で待ってようよ」
「えっ?」
俺は由香の思いがけない言葉に驚く。別に平島があずさのお見舞いに行っても構わないのに。どうしてそんなことを言うのか。由香はかなりの常識人で、空気を読めない人間ではないのだが。
「ほらほら、母屋に行こう。ほのかちゃん。ねっ?」
由香の催促に平島一瞬戸惑ったが、何かを察したのかそれに応じた。
「そ、そうですね……。やっぱり私はウリエルちゃんを待っておきます。霧江さんとももっとお話ししたいですし。じゃあ、先に母屋に行ってますね、由香ちゃん」
「お、おう」
何が何だかわからないまま、平島は俺と由香を置いてさっさと母屋に行ってしまった。俺はその背中を見送った後、由香に顔を向ける。
「どういう意図なんですか、由香さん」
由香は俺の顔をじっと見つめてくる。
「あんた、あずさちゃんから何か話を聞いた?」
「話?」
何かあずさから大事な話を聞いただろうか。俺は記憶をたどろうとしたが、由香はそれを邪魔するかのように大きなため息をついた。
「やっぱりね。あんたもあずさちゃんもそういうところあるし」
「なんなんだよ、いったい」
「最近のあずさちゃん、様子がちょっと変だと思わなかったの?」
突然の言葉に俺は一瞬返事に詰まる。
「確かに変だったけど。それって受験が近づいて不安になってたからじゃないのか?」
「そんなんじゃない」
「じゃあ。なんだよ。由香はあずさから何か聞いているのか?」
家には母親がいないため、由香はよくあずさの相談に乗ってくれている。由香があずさの悩みの原因を知っててもおかしくはない。
あずさの悩みとは何なのか、と俺は少しだけ語気を強めて尋ねる。
「私の口からは言えない」
「ここまで言っておいて、その返答はないだろ」
「これはあんたとあずさちゃんがきちんと話し合うべきことなの。兄貴なんでしょ。しっかり話をきいてあげてよ」
言うべきことを言い終わったのか、由香は「じゃ、あずさちゃんによろしく言っておいて」とだけつぶやき、その場を立ち去ろうとした。
俺はそれを引き留めようとしたが、思いなおす。
さっき由香が平島のお見舞いを露骨に阻止したのは、俺があずさと二人で話し合えるようにするための気遣いだったのかもしれない。
俺は仕方がなく、そのまま一人で病院へと向かうことにした。




