ネックポーチ
稲岡の処理はチェンに任せ、俺は一人路地から元の街道へ戻った。
このまま霧島神社に戻ろうかと考えていると、ふと街道に面した雑貨店を見つけた。その雑貨店は女性が好みそうなおしゃれな雰囲気で、店の外にもいくつかの雑貨が並べられていた。俺が何気なく並べられている小物を見てみると、その中一角に小さなネックポーチが並べられていた。
俺はそこで、昨日ウリエルが大事にしていたネックポーチのひもが切れてしまったことを思い出す。今回、ウリエルには感謝してもしきれないほど助けをもらった。この程度のもので埋め合わせができるとは思わないが、せめて感謝のしるしとして代わりのネックポーチをプレゼントしたい。
俺は並べられたいくつかのネックポーチを見る。
しかし、ウリエルの好む柄というのがまったくわからない。それに、センスのない俺にとってはどの柄も正直同じに見える。俺はひとしきり悩んだ結果、失敗するくらいならウリエルが持っていたものとできる限り同じものにしたほうがいいだろうという結論に達する。
俺が再び並べられた商品をひとつずつ確かめると、偶然にもウリエルが持っていたものとまったく同じ柄のネックポーチを見つけることができた。これなら喜んでくれるだろう。俺がそう思ったその時、後ろから突然声をかけられた。
「なんだ? 女へのプレゼントか?」
俺が振り返ると、そこにはしかめっ面を浮かべたワン・チェンがいた。
「……悪いですか。というか、稲岡から目を離して大丈夫なんですか?」
「縄で縛っておいた。それに鬱憤を晴らすためにもう少しだけ痛みつけておいたからな。逃げだすこともできんだろう。それに、今はお前に聞きたいことがある」
チェンはそういうと、懐から紙を取り出し、俺に突き付けた。それがなんなのかを理解し、俺は思わず息をのむ。
「この魔術式はお前が書いたものか?」
しまった。安堵のあまり、この紙の回収をすっかり忘れていた。
先ほどの光景を見た以上、下手なウソをついて怒りを買うことはまずい。チェンの迫力に気おされ、俺はただ何も言わずにうなづくことしかできなかった。
「では、次の質問だ。この魔術式をどうやって作った? これはどこからどう見ても現代魔術の枠をはみだした代物なのだが」
「すみませんけど、それは言えないです。その紙は渡しますからそれで勘弁してくれませんか?」
俺は恐る恐る答えた。
この質問でチェンが納得するはずがないと思った。しかし、俺の予想と裏腹にチェンはただ「そうか」とだけつぶやき、その紙を懐にしまう。拍子抜けする俺に対し、思わずチェンに尋ねた。
「そんなあっさり……」
「偏屈な研究者や野心家ならそうはいかんかもしれんな。しかし、私はそれほど粘着質な人間ではない。この魔術式が手に入るのなら好条件の取引だと考えるがな」
嵐田の話ではチェンも研究者としてそこそこ名をはせているとは聞いていたのだが、、意外にもドライな側面があるらしい。牧場風太郎とは真逆の性格なのかもしれない。
「それに、だ。手段はともあれ、稲岡の逮捕は貴様のおかげだ。それなのに余計な詮索をかけるのは私の信義に反する。貴様の名前は何という」
「水前寺愁斗ですけど……」
チェンは再び懐に手を突っ込み、一枚の名刺を取り出した。それを俺に手渡す。
「水前寺愁斗だな。名前と顔はしっかり覚えた。私がこの世で最も嫌いなのは、借りを作ったままでいることなんだ。だから、なにか困ったことがあれば真っ先に私に連絡してこい」
「はぁ」
俺はその名刺をポケットに突っ込む。
命令口調で傲慢な人間のように思えたが、案外、義理に厚い人物であるようだ。しかし、先ほどの激情具合を見た俺としては今後とも関わりを持ち続けたいとはあまり思えなかった。
「それでは、水前寺。私はこれで失礼する」
チェンは言いたいことを言い終えたのか、そう告げるとさっさと立ち去ってしまった。そんなあっさり、と気抜けしつつも、俺はその背中を見送り、自分が持ったままのネックポーチを買うために雑貨店の中に入っていった。




