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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
第三章
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魔術師稲岡

 街道を歩き始めて十分後、俺は目の前から目的の人物が歩いてくるのに気づいた。身体全体に緊張が走る。

 逃亡犯稲岡大輔は両手をコートのポケットに突っこんだまま道を歩いており、その様相からは一種のふてぶてしささえ感じられた。警察から追われる身でありながらそのようなふるまいをしているのは、おそらく『印象操作』の魔術によって自分の正体がばれるはずがないという自負があるからだろう。

 俺はできるだけ不自然に思われないようにと心がけながら、少しずつ歩くスピードを緩めた。俺と稲岡が歩くこの通りにはこじんまりとした店が並んではいるものの、近くに俺たち以外の人間はいなかった。

 作戦としてはこうだ。逃亡犯を見つけ、すれ違った後気付かれないように跡をつける。そして奴が魔術式を書くためにどこかの路地に入り、その作業を始めたときに俺がすきをついて行動を起こす。そして、その時に俺が左手に持つ紙が重要な役割を果たすのだ。

 俺はもう一度だけ稲岡大輔の顔を確認する。間違いない。テレビで流れたこわもての顔とまったく同じだ。

歩を進めるたびに距離が縮まっていき、それと同時に俺の呼吸が早まっていく。そしてついに、俺は稲岡とすれ違った。

 俺はすぐに歩いていた足を止め、乱れていた呼吸を静める。

 よし、次の行動だ。やつの跡をこっそりとつけるんだ。しかし、そう思って後ろを振り返った瞬間、目の前の光景に対し俺の頭は一瞬で真っ白になった。

 振り返った先、そこでは稲岡が俺のほうを振り返り、じっとこちらのほうを見つめていたのだ。俺は想定外の事態に思わず固まってしまう。稲岡はゆっくりと俺に近づき、威圧するような声で話しかけてきた。


「お前、何さっきからじろじろ見てんだよ」


 背中に気持ちの悪い汗が流れる。俺は何とか平静を装いながら答えた。


「べ、別にじろじろ見てた覚えはないですけど」

「だったら、なんで立ち止まったこっちを振り返ったんだ」


 まずい。俺は自分の浅はかさを呪った。

 先ほどの様子では、印象操作がある以上逃亡犯であることを隠す必要ないとたかをくくっているように見えていた。しかし、それは俺の単なる思い違いで、やはり魔術に頼りながらも、稲岡は周りの視線を常に気にしていたのだ。

 稲岡は恐ろし気な顔で俺を睨みつけてくる。

 ここで紙を使うか? いや、この状況ではまずい。あと一歩というところなのだ。ここですべてを台無しにするわけにはいかない。俺は自分がビビッていると思われないようにと、できるだけ語気を強めて言い返した。


「見るも何も。あなたなんて知り合いでも何でもないじゃないですか。言いがかりはよしてください」


 俺と稲岡の視線がぶつかる。稲岡はじっと俺を見つめたまま、ふーんと返事をした。

 このまま見逃してくれるのではないか。俺の中で淡い期待が膨らみかけたその時、その期待をぶち壊すかのように稲岡は不気味な笑みを浮かべた。


「お前……嘘つきだな」


 俺の背筋が凍る。


「俺が銀行強盗の残党だって気が付いてるんだろ?」

「な、何を根拠に……」

「目線だ。お前はさっきから俺の目の位置を正確に把握している。だけどな、『印象操作』の魔術にかかっている人間だとそうはいかないんだよ」


 目線。俺はかすれるような声でつぶやく。

 そうだ。印象操作の魔術は見た目だけではなく、体格や身長をも違うように見せることができるという事実をすっかり忘れていた。この前会ったばかりのカンパニーの魔術師だって、身長を高く見せていると言っていたし、二か月前の牧場は自分を女性の姿に見せていた。

 稲岡は俺の顔を冷たく見下ろしながら、低い声でささやいた。


「そういえば、牧場風太郎がこの町に魔力を持ってる高校生がいるとか言ってたな。俺が書いた魔術式が数個台無しにされていたんだが、もしかしてそれもお前の仕業なのか?」


 俺は横目で周囲を見渡したが、あいにく通行人はいない。近くの店の中に人がいるかもしれないが、果たして俺が助けを求めたところで手を貸してもらえるのだろうか。

 男は今、普通の人間にとっては逃亡犯に見えない。この状況だって傍から見れば単なるいがみ合いにしか捉えられないのかもしれない。


「とにかく、ちょいとついてきてもらおうか。下手な真似はするんじゃねえぞ」


 稲岡はそういうと、俺の襟元をぐっとつかんだ。

 このままだと連れて行かれる。

 そう判断した瞬間、俺は右足で相手の股間を下から全力で蹴り上げていた。鈍い音が響くとともに、稲岡の顔に苦悶の表情が浮かんだ。襟元をつかむ力も緩み、俺はその手を思いっきり振り切る。俺はその一瞬の隙をつき、すぐ近くの路地へと駆け出した。

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