魔術?
いつも通り授業と休み時間が交互に過ぎ去っていき、放課後がやってきた。俺は部活へ繰り出す他のクラスメートに別れを告げ、一人帰路につく。
昨日ウリエルが降ってきた一本道を過ぎ右折すると、前方にその当人が顔を伏せ、塀にもたれかかって立っているのが見えた。ウリエルもこちらに気づいた様子で、顔をあげ近づいて来る。適当に挨拶を交わし俺は荷物は見つかったかと尋ねたが、ウリエルは首を横に振り、まだ行方知らずだと気だるげに答えた。
「それじゃあ、これから探しに行きますか」
俺はウリエルを少しでも元気付けようと、明るい調子で言った。
しかし、ウリエルはそんな俺の気遣いに気が付くこともなく、右手を顎にあて何かを考える素振りをしている。
「なんだよ、せっかく人が盛り上げようとしてんのに。荷物を見つけたくないのかよ」
「いや、そのことなんだが」
ウリエルはためらいがちに言った。
「荷物が見つからなかった場合も考えておかなければ、と思ってな」
「まあ、確かにな。でも、見つからなかったら、家族とかに連絡すればいいだけじゃ」
「……頼れる家族はいないんだ。……正直、持っていた荷物が今の私のほぼ全財産だといっても過言ではない」
突然の告白に俺は思わず声を裏返す。
「それって、かなりまずいんじゃないの? というか、お前は学生なのか? 俺と同い年くらいだよな、どう見ても」
「いや、私は学生ではないぞ。確かに年齢は同い年くらいだが。だけど、無職というわけでもないんだ。表現が難しいが……フリーランスの研究員とでも言おうか……」
「すまんが、よくわからない。でも、その今契約している会社か研究所かなんかに連絡できないのか?」
「……」
俺の質問にウリエルは黙ってしまった。先ほどから奥歯にものが挟まったような物言いをするウリエルに俺は少しばかり不信感を覚えてしまう。どうやらわけありだというのは理解できるが、それを話してくれる気配は無い。俺たちの間に気まずい沈黙が流れる。俺はその雰囲気に耐えられず、あえて話題を変えることにした。
「そ、そういえばお前が言っていた目的ってなんだ? なんかその目的のためにあるものを探してるって言ってたよな?」
「あ、ああ、そうだ」
「で、その探し物ってなんなんだ? 別にこの町に大したものなんてないけど」
「……」
再び、ウリエルは黙ってしまった。どうやら、この質問も彼女にとって聞かれたくないものだったらしい。しかし、何も知らないままでは何も進展しない。すると、俺の当惑する気配を感じ取ったのか、ウリエルは慌てて弁解を始めた。
「い、いや。別に話せないとか話したくないとかというわけではないんだ。なんというか……。私の話を聞いても、水前寺が信じるかどうか……」
「そんなこと気にしてんのかよ。大丈夫。昨日なんて、突然お前が現れたんだ。非現実的なことには耐性が付いてるよ。それに俺もこの町にずっといるんだから、お前の探し物について何か知ってるかもしれないだろ?」
「ま、まあ、それもそうだな」
ウリエルは顔を伏せ、そしてすぐに、心の中で一人納得したのか顔をおもむろに上げた。
「わかった。この際、正直に話そう」
そう言った後少しだけ間を置き、神妙な面持ちで言葉を続けた。
「私が探しているのはな、神力というものだ。神の力と書いて、神力だ」
「……お、おう?」
予想だにしなかった単語に俺の口から情けないセリフがこぼれる。その反応を見たウリエルは肩を落とし、大きなため息をついた。
「……やっぱりな。予想通りの反応だ。正直言って、信じてないだろう」
先ほど信じると豪語した手前、ウリエルに申し訳なく感じた。もちろん俺は真剣にウリエルの話を聞くつもりだった。しかし、ウリエルの口から出てきた探し物とやらは、想像の斜め上をいく、あまりにもオカルトチックなものだったのだ。
「仕方がないさ。いきなりそんなオカルトめいたことを言われたらな。むしろ、はいそうですかと言うほうが異常だ」
「と、とにかく、最後まで話を続けてくれよ。その神力っていうのはどんなものなんだ?」
「……どんなものと言われてもな」
確実にウリエルのテンションは下がっていた。俺に責任の一端があるからか、俺はなんとか会話を続けようと試みた。
「説明しにくいもんなのか」
「いや、そういうわけではない。いったいどこから話せばいいのかがな……」
ウリエルは額に皺を寄せ、難しい顔を浮かべた。再び沈黙が流れたのち、ウリエルはよし、と唐突にうなづいた。
「やはり一から説明したほうがいいだろう。混乱しないで聞いてくれ。実はな、私は魔術というものを研究しているんだ」
「……へぇ」
俺は自分ができる最大限の相槌を打って見せる。
「変に気を遣わなくていい。こんなこと信じるわけもないだろうな。だから、今から実践してみせる」
「いやいや、別にわざわざ実践しなくとも俺は信じてるぞ、うん」
「馬鹿言うな、顔を見れば信用してないことくらいお見通しだ。そうだな、何か軽くて小さいもの……。そうだな、十円玉か何かを持ってないか?」
俺はズボンの後ろポケットから財布を取り出し、中にあった十円玉をウリエルに手渡した。ウリエルはよく見ておけとだけ告げると、十円玉を指先でピンと空中に弾き、落ちてきた十円玉を両手で掴むやいなやすぐさまその両手を左右に離した。動体視力を試すためによくやる遊びだ。しかし、これがウリエルのいう魔術と何の関係があるのか。もしかしたら自分は馬鹿にされているだけなのかもしれない。俺の頭の中にそんな疑念が浮かぶ。
「さあ、十円玉はどっちにある」
「……」
「私は決してふざけてるわけではないぞ。早くどっちか指差せ」
俺はやむなく右側の手を指差した。しかし、ウリエルが指された方の手を開いて見せると。中に十円玉はなかった。
「まあ、二分の一の確率だからな。そっちにないならもう片方の中だ」
「と、思うだろう」
「はあ?」
ウリエルはそう言うと、ゆっくりと焦らすようにして閉じられていたもう一方の手を開いた。しかし、そこにはあるはずの十円玉がなかった。
しかし、俺はその程度のごまかしに動じることはない。簡単だ。俺の気づかぬうちに、十円玉をそっと自分の袖の中に隠したのだろう。俺も同じような手を妹に対して、やったことがある。俺が自信満々にウリエルにそのことを指摘すると、ウリエルは少し俺を小ばかにしたような表情を浮かべながら首を横に振った。そして、ウリエルは「学ランの右ポケット」とだけ俺に言い放った。
俺は若干ムッとしながらも乱暴に右ポケットに手を突っ込んだ。このポケットには日頃から、何も入れていない。しかし、俺が突っ込んだ右手がポケットの中で何か平たい円形のものに触れた。俺は恐る恐るそれを取り出し、確認する。それはまごうことなき十円玉だった。
「……手品が上手なんだな」
「ああ、そうだ。特に種も仕掛けもない手品がな」
俺は取り出した十円玉を注意深く観察する。ウリエルは俺の疑わし気な様子を見て、その十円玉はまさに俺が渡したものと同じ十円玉だと呆れた口調で言った。そうは言うものの、手品師がわざわざ種をバラすこともしまいと考え、そのまま十円玉をじっくりと眺め続けた。しかし、渡した十円玉の特徴や製造年を覚えているわけもなく、俺は諦めて十円玉を右ポケットへ入れた。
「今のが魔術だ。どうだ? 少しは信じる気に少しはなったか」
「……すまんが、まだ胡散臭く思ってる。さっき俺の右ポケットに十円を移動させたのが、魔術とやらだとしてもだ。それなら最初からお遊びなしで十円玉を右ポケットに移動させるべきだろ。それに、魔術だという割にはやることがあまりにもしょうもなさすぎる。もっと派手なパフォーマンス、例えば目の前で炎を出すとかしてくれれば、一発で信じるのに」
ウリエルはまるでそのような質問が来ることをわかっていたかのように、余裕の表情を崩さないまま質問に答えた。
「お前の指摘はもっともだ。まずなんで変なデモンストレーションをしたかについて。深い理由がないこともないが、まあ私の個人的なやり方に過ぎない。お望みなら、それなしでもう一度やってもいい。そして、二点目、魔術がしょうもないということについてだが、私たちが研究している魔術は今はまだその程度のものでしかなんだ。お前が思い浮かべる魔法やらとは全くの別物だ。即興で何かをやれ、と言われても手品まがいのことしかできないからな」
饒舌にまくしたてるウリエルに対し、俺は思わずたじろいでしまう。しかし、もちろん今の説明で納得したということはないが、ここでそのことについて言い合っても先に進まない。俺はひとまず膨れ上がる不信感を抑え込むことにした。
「まあ、仮にお前の言うことが正しいとして、だ。その魔術とやらが神力とどう関係するんだ?」
ウリエルは真剣な表情のまま話を続ける。
「神力についてだが、神力は魔術の進化したものとも言えるし、もしくは魔術が神力の一種に過ぎないという言い方もできる。簡単に言えば、神力はさっき言った魔法に近い。魔術では現在、不可能とされているあらゆることを実現できるとされている」
「へえ……」
ウリエルの言葉が俺の耳を右から左へ通り抜けていくのがわかる。正直、俺はもうウリエルの話についていけてなかった。魔術。神力。 怪しげな言葉が俺の頭の中を楽しそうに旋回している。ウリエルも俺の様子からそのことを察したようで、そこで神力と魔術についての説明は終わった。
「まあ、仕方がないな。別に無理に信じろというわけではない。お前にはまったく縁のない世界だろうし。単におかしな女の虚言とでも思っておいてくれ」
「そんな卑屈にならなくても……。まあでも、とにかく今は荷物探しが最優先だしな」
俺の言葉に、ウリエルもうなづく。俺たちは一旦魔術やら神力やらを忘れ、バッグを探して町を探索し始めることにした。