テロリズム
俺とウリエルは牧場が示した他の地点を回り、すべての場所で同じような魔術式が書かれているのを発見した。魔術式はいずれもガソリンが付着したごみ袋やあるいは段ボールの下に書かれており、俺たちが見つけなければ大惨事になりかねなかった。
ウリエルはそれぞれの魔術式の一部分を書き写し、その後でバツ印を書いていった。
「さて、牧場が地図で示した場所はすべて周り尽くしたな」
魔術式にチョークでバツ印を書きながらウリエルがつぶやく。
牧場がこれ以上魔術式を見つけられなかったのか、あるいは見つけようとせず、俺たちに放り投げたのかはわからない。しかし、牧場の「あとはよろしく」という言葉と性格から察するに、おそらくは後者であろう。
とりあえずは他の場所にも魔術式があると考えた方がいい。数がどれくらいかによるが、最悪の場合死傷者が発生しかねない事態であることは間違いないのだ。
そして、俺はある疑問を口にする。
「この魔術式を書いたのは誰なのか。そして、何の目的でこんな真似をしたのか」
俺の言葉にウリエルもうなづく。
「目的はわからない。しかし、この魔術式を書いたのは逃亡中の魔術師だろう。やつが町のあちこちに魔術式を張って回ったと考えていい」
「そうだと考えると、なんで牧場は俺たちにこの魔術式のことについて教えたんだ? 牧場は逃亡犯の仲間だったはずだ」
「仲間割れ、いや自分からその逃亡犯を裏切ったのかもしれない。もう一人を私たちに捕まえさせて、あわよくば盗んだ金を独り占めしようとしているのかもしれないしな」
「裏切りなら、警察に突き出した方が早くないか? なんでわざわざ俺にこの情報を伝えようとしたのかがわからない」
ウリエルは肩をすくめて答えた。
「逃亡犯を逮捕させるだけならそれでも十分だろう。しかし、魔術の存在を知らない一般の警察がこの魔術式によるテロ行為を信じると思うか。この魔術式に関して言うなら、私や平島たちの方が適切に対処できる」
確かにその通りだ。俺から平島、嵐田にこの事実を伝えれば魔術式のテロは防ぐことができる。自分でやろうともせず、また直接嵐田たちにこの情報を伝えるのではなく、あえて俺を介して伝えようとしているところがこすいと思えなくもないが。
しかし、牧場は俺の性格を知ったうえで、俺にハガキを渡したのかもしれない。町がこのような状態にあることを知れば、必ず首を突っ込もうとすることを見越して。そして、三か月前のように、再び牧場の思惑通りに俺が動いていることに気付く。
しかし、ここで俺が牧場へのつまらない反抗心を抱くことはふさわしくない。知ってしまったものはしょうがないのだ。平島や嵐田の助けを借りつつ解決に向けて行動せざるを得ない。
俺はため息をつきながらウリエルに質問する。
「で、この魔術式が発動するのはいつなんだ」
「わからない」
「は?」
俺は自分の耳を疑った。
「わからないって……。魔術式を読めばそれがわかるんじゃないのかよ?」
「時計のアラームをセットするんじゃないんだぞ。魔術式の中に何時何分に発動すると書けるわけがないだろうが。時間を設定するには、魔術式を書ききった瞬間を始点として、地球の自転やらを基準にして決めなきゃいけないんだ。さらに計算式自体も暗号化されていて、それを解読する必要もある」
「待て。ということは、町中の魔術式がいつ発動するかわからないってことか? タイムリミットがわからないってかなりやばいんじゃないのか?」
しかし俺の動揺とは対照的に、ウリエルは冷静さを失うことはなかった。
「落ち着け、水前寺。確かにこの魔術式を見ただけではわからない。しかし、いくつかの魔術式から暗号を解くことができるかもしれない。暗号の複雑さは魔術師の力量に比例することが一般的なんだが、幸いなことにこの逃亡犯は大した魔術師じゃない。印象操作の組み込み方も知らないし、この魔術式だってお世辞にもうまく書けているとはいえない。そうだな……あと二つ三つサンプルがあれば、夜までに暗号を解読して時間を突き止めることができる」
俺はウリエルが熱心にそれぞれの魔術式を書き写していたことを思い出す。あれは魔術式の中の、時間設定に関わる部分のみを書き写していたのだろう。
「水前寺はとにかく、平島に連絡を入れた方がいい。警察の力を借りることができない以上、町中の魔術式を不能にするためには人手が必要だ。人を集めるのには時間がかかるだろうからな」
ウリエルはどうするのかと俺が聞くと、ウリエルはこれから町を動き回り、先ほどの『探知』の魔術式で他の魔術式を探すと言った。
俺も何か手伝おうかと提案したが、その作業に俺は必要ないらしい。ウリエルは、とにかく平島たちにこの情報を伝え、一旦帰宅した方がいいと伝えた。そして、夜にまた平島、そしてできれば嵐田とともに霧島神社へ来るようにと念を押す。
そして、そのまま別れようとしたとき、俺はあることに気が付く。
「町中の魔術式を消すのに、どれだけ時間がかかると思う?」
「どこに、そしてどれだけ魔術式があるのかわからない。協力してくれる人の数によるが、時間と手間がかかるのは明らかだ」
「もし、だ。もし魔術式の発動が明日でしたなんてことになったら、どうなるんだ?」
ウリエルはその言葉にゆっくりとうなづく。どうやらウリエルもこの可能性についてすでに考えていたようだ。
「そうなったら最悪だな。打つ手なしだ。嵐田の組織からの応援も期待できないし、町中の魔術式を消して回ることは不可能だ。まあ、ある手段を除いてな」
「ある手段って……?」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「少しだけ疑問に思ったんだ。なぜ牧場が水前寺にこの魔術式の存在を伝えたか。もちろん、平島たちとのつながりを前提にして伝えたということも考えられる。しかし、たとえそうだとしても、一つ疑問が残るんだ。なぜ牧場が、この逃亡犯の放火計画をわざわざ私たちに止めてもらおうとしているのか」
ウリエルの言葉を飲み込めず、俺は眉をひそめる。
「なぜって……。そりゃ、こんな計画が実現したら大変なことになるからだろ」
「牧場がそんな道徳的な人間だと思うか?」
言われてみればそうだ。逃亡犯を裏切り、金を独り占めしようと考えているにしても、牧場が放火計画を止める動機はない。それなのになぜ、俺にその情報を伝えようとしたのか。
「考えられる可能性は一つだ。最悪の事態に陥ろうとしたとき、お前がある手段でこの計画を止めようとすることを望んでいるんじゃないだろうか」
「それってまさか……神力のことか」
「そうだ。牧場はお前が神力を使うように仕向けているように思えてならないんだ」
俺とウリエルは互いに目を見合わせた。
ウリエルの言う通り、神力ならばこの事件を容易に解決することができるだろう。また俺たちが神力を使うことで、その実用性や効力の確認ができるという点で牧場にメリットがある。いや、牧場のことだ。もしかしたら、俺たちが封印を解くところを見計らって神力に近づこうと考えているのかもしれない。
これは俺たちが神力を使用できるということを前提とした、確実性の低い計画だ。しかし、まず逃亡犯を陥れようとする思惑が第一であり、そのついでとして神力を狙っているのと考えたなら? うまくいけばしめたものという意図ならば、このような牧場の行動もまったく非合理的だとは言えない。
「だけど、ウリエル。牧場が俺たちに神力を使わせようとしているとしてもだ。あいつも神力の封印が霧島家の人間にしか解けないって知ってるんだろ。つまり、俺たちが封印を解くことはできない。あいつは俺たちが霧江さんに神力の封印を解いてもらうように頼み込むと考えているのか?」
「いや、今回の件で霧江さんが神力を行使できる可能性は低い。霧島神社付近に例の魔術式が設置されていないのならば、それらを神社への侵害と見なすことが難しくなる。神社への侵害でないならば、霧江さんは神力の力を行使することができない。しかし、牧場がその程度のことに気が付かないはずがないとも思える」
「待てよ。じゃあ、牧場は本当に小さな可能性に賭けたっていうことか。まあ、確かに失うものがない以上、あいつにとっては有効な選択だとは思えるけど」
しかし、俺の言葉に対しウリエルは首を横に振った。
「確かにそうだとも考えられる。しかし、もしかしたら牧場は霧江さんではなく、私たちに封印を解くことができると思っているのかもしれない……」
「いやいや、神力の封印は霧島家の人間にしか解けないんだろ? いったいどうやって」
ウリエルは突然黙り込んだ。それは何かを考えこんでいる様子だった。少しの間沈黙が続いた後、ウリエルは俺の目を見つめて答える。
「とにかくだ。この魔術式の発動時刻を確かめるのが先だ。今話したことが正しいとは限らないしな。牧場の思惑について考えるのはそれからでもいい」
ウリエルの態度が府に落ちないものの、俺はウリエルの言葉に同意した。ウリエルは神力の封印が霧島家の人間にしか解けないと断言することを明らかに避けた。もちろんその真意はわからない。しかし、この場でうだうだ空論を交わしている暇はない。
俺たちは二手に分かれ、各々のするべきことに取り掛かることにした。




