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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
第一章
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変わらない日常

 牧場風太郎に絡まれたことがあって、俺は珍しく遅刻寸前に学校へ到着した。呼吸を整えながら靴箱で上履きを取り出していると、玄関から遅れて由香がやってくるのが見えた。


「おっす、おはよう。由・香・さん」


 由香は俺の方へ顔を向け、厭味ったらしい挨拶を返した。


「おはよう。す・い・ぜ・ん・じ」


 由香は乱暴に自分の靴箱を空け、上履きを面倒くさそうに取り出す。


「ところで、ウリエルは昨日どんな感じだったんだ?」


 上履きを履きながら由香に声をかけた。しかし、由香はというと俺を気にかけることもなく、すたすたと先に教室へ向かっていた。俺は急いで由香を追いかけた。


「お前は気遣いというものを知らんのか。普通靴箱のところで俺を待っとくはずだろ」

「なんであんたを待っとく必要があんの」


 由香は小さなあくびをしながら答えた。俺たちは二人並んで廊下を歩き始める。


「可愛げがないな。まあ、それはいつものことか。ところで、ウリエルは昨日どうだったんだ」

「別に普通だったけど。母さんとか父さんとも上手くやってたし。っていうか、保護者じゃあるまいしあんたがそこまで気にする必要はないんじゃない」

「ま、まあ、そりゃそうだな。あ、あとそうだ。お前変な通学路で変な黒スーツの男とすれ違わなかったか?」


 俺が何気なしに牧場風太郎のことについて尋ねると、由香は呆れた表情で俺を見つめ返してきた。


「はあ? 別にそんな男とすれ違ってなんかないけど? というか、そもそも人がたくさんいるんだから気づかないし」


 いやいや、あんな変わった人間を見逃すはずがないだろう、と言いかけたところで俺は口をつぐんだ。俺が牧場を怪しい人間だと思ったのはやつと会話を交わしたからであり、他の人間から見れば牧場もごく普通の人間に見えるのかもしれない。俺がそう考え直したその時、俺は後ろから突然肩を組まれた。


「おっす、おはよう。珍しいね、二人が一緒に話してるなんて?」


 俺が振り向くとそこには、クラスメイトの早川翔がいた。早川は好奇心あふれる目で俺たちを交互に見つめ、少年のように無邪気な笑顔を浮かべている。


「おっはよ、翔」


 俺より早く、由香は嬉しそうに早川に挨拶を返した。由香は早川に顔を向け、艶っぽい笑顔を顔全体で表現している。早川も俺と肩を組んだまま由香を見つめ返し、突然思い出したかのような口調で由香に話しかけた。


「由香。お前教室に早く行ったほうがいいぞ。お前んとこの担任がさっき職員室を出てたからな」

「本当? じゃあ、先に行かなきゃ。翔、また放課後ね」


 そう言うと、由香は慌ただしく教室へと走っていった。早川も「また放課後な」とだけ返事をし、由香の背中を見送った。由香が廊下を曲がり、姿が見えなくなったところで俺は早川に話しかける。


「おうおう、朝から見せつけてくれますなお二人さん」

「そんなんじゃねーよ、バカ」


 早川は笑いながら、しかしまんざらでもないような様子で答える。早川は俺と肩を組むのを止め、ナイキのエナメルバッグを慣れた手つきで持ち替えた。何が入っているのかと俺が尋ねると、部活着が入っていると早川は答え、ご丁寧にもバッグの中身を俺に見せてくれた。バッグの中には使い込まれた柔道着と制汗剤やらが乱雑に詰め込まれている。俺がなんで一々見せようとするんだよと笑いながら言うと、早川は真剣そうな表情で考え込む仕草をして見せ、「なるほど」ともったいぶった低い声でつぶやいた。


「あ、そうそう。話は変わるけどさぁ、水前寺がこんなギリギリの時間に登校するなんて珍しいな」

「何と言っていいかわからんけど……。登校中変なおっさんに絡まれたんだよ」

「なにそれ。詳しく話せよ」

「えっとだな」


 俺が早川にさっきの出来事を話そうとしたちょうどその時、HRの始まりを知らせるチャイムが周囲に響き渡った。


「まずい。その話はまた後でだ!」


 俺は慌てて廊下を走りだそうとした。

 しかしその瞬間、俺は後ろから肩をグイッと引かれ、さらにバランスを崩したところで足を軽く払われ、俺は床に思いっきりしりもちをついた。反応が悪ければ、床に倒れこむところだった。

 そして俺が尻餅をつくとほぼ同時に、早川が笑いながら俺の横を走って通り過ぎていった。


「おっ先~」

「てめぇ! 柔道部が素人に技を使うな!」

「はははは。今のは柔道の技じゃないぞ。今のは、早川式柔術だ!」


 早川はそう言って、笑い声をあげながら遠ざかっていった。

 ため息をつきながら俺はゆっくりと立ち上がる。もうすでに早川を追いかける意欲は失せていた。俺はお尻についたほこりを軽く払い、教室へゆっくり歩いて行った。

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