魔法少女ピラリ
家に帰ると親父が出迎えてくれた。俺は平島を簡単に紹介する。俺は電話で前もって平島が来ると伝えており、親父もそのことを了承していた。しかし、夕飯ができるまでもう少し時間がかかるらしい。俺は準備を手伝うと言ったが、親父はせっかくだから部屋でゆっくりするといいと告げた。
俺の部屋に行くのもなんなので、俺たちはあずさの部屋に入る。部屋に入ると平島は嬉しそうに部屋全体を見渡した後、机の上に広げられた参考書を見つけた。
「あれ、もしかしてあずさちゃん中学受験するんですか? 可愛いだけじゃなくて、頭もいいんですね」
「へへへ、なんたってあずさは優秀だからな」
あずさは自慢げに笑い、両頬に愛らしいえくぼが浮かび上がる。
平島はあずさの笑顔を見て、「えくぼがキュートです!」と言いながら抱き付いた。あずさもそれに抵抗しているが、それほどまんざらでもない様子だ。
帰り道はそれほど長くはなかったがすっかり二人は仲良くなっていた。その証拠にあずさはいつの間にか平島のことをほのかちゃんと下の名前で呼ぶようになっている。
平島は参考書を一冊取って、パラパラと流し読みを始めた。
「そうだ。私がお勉強教えてあげましょっか?」
平島はページをめくる手をとめ、あずさに向き直って言った。
「やめとけ、平島。あずさが狙ってんのは超有名私立だぞ。その分、入試問題も小学生が解くとは思えんレベルだ」
「フフフ、あまり見くびらないでくださいよ。私だって成績優秀なんですから」
平島は自信満々に言った。
俺もときどきあずさの勉強を見ているが、正直あずさの質問に答えられない時もある。俺は高校でもそれほど成績が悪いと言うわけではない。しかし、中学入試の問題は単なる知識で解けるようなものではないことが多く、たまにどれだけ考えてもわからない問題があるのだ。
あずさは平島に促されるまま、机の上の参考書を一冊取り、その中の一ページを開き平島に見せた。
「そういえば、ここの問題がよくわからなかったんだ。ほのかちゃんわかるか?」
平島はあずさが指さした箇所を見つめる。
「すごいですね。さすがは有名私立って感じです。このレベルの問題を小学生に解かせるなんて」
問題を突き付けられた平島は一瞬だけ驚いたようだったが、すぐにその答えがわかったようで、あずさにわかりやすく解説してみせた。
平島の解説を聞き終わった妹は納得した面持ちでうなづく。
「なるほど、そうやるのか。ほのかちゃん、頭いいな」
「私のすごさを理解しましたね。さあ、どんどんほのかお姉ちゃんに質問してください」
「じゃあ、これも教えてくれ。この前、兄貴に聞いてもなぜか教えてくれなかったやつなんだけど」
その言葉に俺はびくっと肩を震わせる。あずさは平島に見せた問題を盗み見すると、それはちょうどこの前、あずさが俺に質問してきた問題だった。
「なんで、水前寺くんは教えてくれなかったんですか」
「なんか、入試本番にそばで教えてくれるはいないんだから、自分で考えて解けるようにならなきゃだめだって言ってな」
「へえ、そうなんですか」
平島が小ばかにしたような視線を俺に送った。平島は少しだけ考えた後、ちょっとだけ簡単にメモ用紙に計算を書く。そして、満足げな笑みを浮かべてあずさに向き直り、そのメモ用紙を見せながらあずさに解説を始めた。あずさは平島の言葉を真剣な表情で聞いている。
どうやら平島が成績優秀だということは嘘ではなかったらしい。
「ありがとう、ほのかちゃん。わからなくてずっともやもやしてたんだ。またわからないことがあったら勉強教えてくれないか?」
「も、もちろんですよ! あずさちゃんのためなら、学校サボってでも教えに行きますよ」
平島があずさの頭をわしゃわしゃと撫でると、妹は照れくさそうに笑った。
あずさはいわゆる中学受験のための塾に通っていない。模試では常に上位に位置しており、通わなくても大丈夫ということでもあるのだが、やはり塾通いの子と比べて不利なことは間違いない。俺も暇があれば勉強を見てやるのだが、妹のハンデを打ち消してやることはなかなかできないのが現状だった。
最近、妹が俺にどこかよそよそしかったりと態度がおかしく感じるのも、案外近づく中学入試への不安があるからかもしれない。頭のいい平島が勉強を見てくれるのなら、妹も精神的な面でずっと楽になるのかもしれない。
しかし。
「……どうせ、俺は役立たずの兄貴ですよ」
「す、水前寺くん。そんなに落ち込まないでくださいよ」
俺はふてくされながら、本棚に並べられてあったフィギュアを手に取る。すると俺の方へ振り返ったあずさがすぐさま非難の声をあげた。
「あーー! 兄貴、勝手にあずさのコレクションに触るなよ」
あずさの言葉に俺はため息をつきながら、そのフィギュアを元の場所に戻した。平島に俺が解けなかった問題を軽々と解かれ、兄貴としての威厳が地に落ちてしまったようだった。
後ろに立っていた平島は俺が触っていたフィギュアに目を向けると小さな歓声をあげる。
「これって、魔法少女ピラリのフィギュアじゃないですか。私も子供のころにはまってたんですよ。まだ続いてたんですね」
魔法少女ピラリ。あずさが毎週欠かさず視聴している魔法少女物のアニメだ。本棚には缶と同じくらいの高さのフィギュアが四体並べてある。いずれも、少女アニメらしい趣向を凝らしたコスチュームを身にまとい、背中から白い翼がつけられている。
「魔法少女ピラリねぇ。俺もそばで見てたことがあるから少しはわかるけど。こんなキャラいたか? 主人公は翼なんて生えてなかったぞ」
「まったく、兄貴は学がないな。そのキャラはピラリに魔法の力を与える、四大天使たちだ。こんなの私たち間では常識なんだぞ」
あずさはあきれ顔で俺を見つめる。そしておもむろに並べられたフィギアを指さしながら話し始めた。
「いいか、兄貴。この機会に覚えとけよ。右からミカエル・オルツァイガ、ガブリエル・リリ、ラファエル・アッテング。そして、一番左にいるのが私の一番好きなキャラ、ウリエル・ソートハントちゃん」




