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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
第三章
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平島とあずさ

 体力の限界がきたところで、俺は立ち止まった。いつもはもっと長く走れるのだが、病み上がりということもあって、いつもより息が切れるのが早く感じた。

 俺の右手には、あの男から手渡された地図が握られたままだった。返すタイミングを逃してしまったのだ。役所でもらえるらしいからわざわざ返しにいく必要もないだろう。俺は地図を学ランの右ポケットに突っ込んだ。

 それにしても、ウリエルのことについて聞きそびれてしまった。まあ、それでも別によかったのかもしれない。なんでも逃亡犯を探すと言っていたのだから、もしかしたらまた出会うこともあるかもしれないし、それにウリエルのことについて今さら躍起になって聞き出す理由もない。

 とりあえず、過ぎたことは忘れて家に帰ろう。呼吸もだいぶん落ち着いてきたようだ。そう思い俺が歩き出そうとしたその時、聞き覚えのある声に呼び止められた。


「どうしたんですか、水前寺くん。そんな汗びっしょりで」


 俺が声のするほうへ振り向くと、そこには平島が俺を不思議そうに見つめながら立っていた。平島は学校の制服を着ていて、俺と同じく学校の帰りであることがわかった。

 俺は額の汗を袖でぬぐいながら返事をする。


「いや、なんか変な奴に絡まれて……。というか、珍しいなこの道で会うなんて。平島の家って逆方向じゃないっけ」

「帰りにスーパーで買い物しなくちゃいけないんです」

「買い物?」

「買い物は買い物です。野菜とかお肉とか」


 赤川が裏切り者として捕まって以降も、平島と嵐田はあのアパートに住んでいる。牧場が再びこの町に現れる可能性が高い以上、この町を拠点に行動した方が都合がいい。それに、平島のこともある。この前高校に転入したにもかかわらず、すぐにまた転校するのは平島にとってもあまりよろしくないと嵐田が判断したそうだ。


「はあ、自炊してんのか。平島がいつも二人分の飯を作ってんの?」

「……実を言うと、あっくんがいつも料理を作ってくれるんです。私はただ買い物をしてくるだけなんですよ」

「似合わないな」


 俺は嵐田がエプロン姿で台所に立つ姿を想像してみた。やはりあのこわもての風貌とはあまりにミスマッチで、滑稽に思えてしまう。


「まあ、今日は私が作るんですけどね。というか、あっくんは組織本部での仕事が増えて、アパートを空けがちですし。昨日今日もあっくんはアパートにいないんです。それに帰ってくるのは明々後日になりそうって言ってるんですよ。だからここ最近ずっと一人でご飯を食べる羽目になってて……」


 俺は口をとがらせながら話す平島に質問を投げかけた。


「なんで、そんな急に嵐田が忙しくなったんだ?」

「牧場さんですよ」


 平島は気落ちした様子でつぶやいた。

 平島と嵐田はアパートのアジト拠点に、赤川事件後も精力的に牧場の行方を追っている。しかし、二人の努力もなかなか実を結ばず、依然として牧場に関する情報は皆無だ。捕まえた赤川に関しても、やはり単に利用されていたにすぎず、尋問でも有力な情報を得ることはできなかった。

 牧場は組織から貴重書類と様々な物品を盗んだだけでなく、赤川という裏切り者をも生み出した。そのため組織としては、面目を保とうと現在牧場探しに躍起になっているとのことで、嵐田も牧場探しの現場担当としてアジトと本部を行ったり来たりしているらしい。


「アパートに帰っても一人が多いってことか。寂しいな」

「そうなんですよ。この前までよくアパートに遊びに来てた猫も見かけないし……」

「猫?」


 俺は首をかしげる。


「猫っていっても、野良猫ですよ。オスの黒猫で、アパート近くに来た時にたまに餌をあげたりしてるんです。これが人懐っこくてもう、撫でてるだけで癒されちゃいますよ。アパートがペット禁止じゃなかったら、あっくんに黙ってでも飼うのに。はあ、また遊びに来てくれないかなぁ」

「たかが猫にそこまで言うか?」


 俺の言葉に平島は驚きの表情を浮かべた。


「何言ってるんですか、水前寺くん!? 猫の魅力がわからないなんて! あまりにもずっと遊びに来てくれないから、迷子猫のポスターを貼ろうかとも思ったくらいなんですよ!」

「わ、わかった。わかったから落ち着け平島」


 平島の熱弁に俺はたじろぐ。

 なんで野良猫のことでこんなにも熱くなれるのか理解できないが、平島にとってはよほど深刻なことなのだろう。俺が平島をなんとかなだめようと言葉を探していたその時。


「あ、兄貴?」


 俺が顔を向けると、そこには俺の妹、水前寺あずさが立っていた。

 ランドセルを背負っているから小学校の帰りなのだろうが、なぜかあずさは俺と鉢合わせしたことに対し、しまったという表情を浮かべた。俺はそのあずさの表情を見逃さなかった。


「どうしたんだ、あずさ。小学校はもうとっくに終わってるはずなのに」

「あ、兄貴には関係ないだろ」

「なーんか、怪しいな」


 俺はじっとあずさを見つめる。妹はバツが悪そうに顔をそむけた。

 最近、妹の俺に対する態度が少しおかしい。俺の単なる勘違いなのかもしれないが、どこかよそよそしく感じるのだ。それに加え、中学受験も近いにもかかわらず、帰りが以前よりやや遅くなっている。俺や親父がその理由をさりげなく探ってみても、はぐらかされるだけだった。

 俺がじっとあずさを見つめていると、不意に横にいた平島が俺に話しかけてきた。


「す、水前寺くん。この可愛い女の子はいったいどちら様なんですか?」

「ああ、こいつは俺の妹で、あずさっていう名前……」


 俺の言葉を最後まで聞くことなく、平島はすーとあずさに近づいていく。そして同じ目線の高さになるまで腰をかがめると、両手で妹の顔をやさしくつかんだ。


「か、可愛すぎます。あずさちゃんって言いましたっけ。本当に水前寺くんの妹さんなんですか?」

「……どういう意味だよ、平島」

「こんな可愛い妹さんがいるなんて聞いてませんよ! ずるいです、水前寺くん! 私は一人っ子だから、ずーっとあずさちゃんみたいな妹が欲しいって思い続けてきたんですよ!」


 そういうと平島は目の前のあずさを全力で抱きしめた。そして、わけがわからず混乱している妹の顔を見つめ、いつになく真剣な表情で語り掛けた。


「あずさちゃん。今日から私の妹としてアパートで一緒に暮らしましょう」

「させるか」


 俺は平島の腕をつかみ、妹から引き離す。


「大丈夫です! あっくんには隠し通して見せますから」

「ペット感覚でうちの妹を拉致しようとするな」


 真剣な表情で語る平島に俺はぴしゃりと言い放った。

 あずさはすでに混乱から立ち直り、おずおずとこの人物はいったい誰なのかを尋ねて来た。俺は平島のことをこの前転校してきたクラスメイトとだけ簡単に紹介した。


「はあ、まさか水前寺くんにこんな妹さんがいるなんて驚きでした。あずさちゃん、今度ゆっくりお話ししましょうね! 私はそろそろお暇しなくちゃいけないんで」


 平島が妹フェチだったということも俺には十分驚きだった。しかし、そんなにあずさが気に入ったのならもう少しここで喋っていけばいいのに。


「いや、さっき言った通り、夕飯の買い物もしなくちゃいけないんで……」


 平島が苦笑いを浮かべる。そして、平島はあずさにもう一度だけ手を振り、スーパーのある方向へと歩き出そうとした。


「ちょっと待て平島」


 平島は俺の声に立ち止まり、不思議そうに俺を見つめ返した。


「どうしたんですか、水前寺くん。なにか連絡事項とか?」

「いや、別にそんなんじゃないけどな……。嵐田も忙しいし、最近は家に帰っても一人が多いんだろ? あずさとももっと話したいんなら、今日くらい俺ん家で飯を食べていったらって思って。」


 俺の提案が突然過ぎて理解できなかったのか、平島は戸惑いの表情を浮かべる。


「えっと、それはつまり御夕飯へのお誘いってことですか……?」

「あ、いや! もちろん嫌ならいいんだ! なんか出過ぎた真似だったか!?」

「ち、違いますよ! ただ、ちょっとびっくりしただけなんです。もちろんうれしいに決まってるじゃないですか! でも、今から突然お邪魔しても迷惑なんじゃあ」

「いや、別にそれは気にしなくても……。どうせまだ、食事の準備もしてないし」

「……でも、やっぱりあずさちゃんだって、知らない人が急に家にあがりこむのは嫌なんじゃないですか?」


 平島はあずさのほうへ顔を向ける。会話をそばで聞いていた妹は、肩をすくめながら平島に言った。


「あずさはそんなの気にしないぞ。というか、兄貴とか親父はこういうことをしょっちゅうしてるからな。知らない人が夕食にお呼ばれすることなんてよくあることだし、この前なんてよく知らない男が何日か家に泊まったりしたからな」

「そ、そうなんですか?」

「あずさの言う通りだ。別に俺の家ではよくあることだからな。あっ、もちろん都合が悪いとかなら別に無理する必要はないからな」


 平島は俺とあずさを交互に見つめた後、満面の笑みを浮かべて答えた。


「ありがとうございます、二人とも。お言葉に甘えさせてもらうことにします! あずさちゃん、私と手をつないで行きましょ!」


 言い終えるやいなや、平島はあずさの手をぎゅっと握り締めた。あずさは一瞬驚きつつも、平島につられるように笑顔を浮かべ、家の方角を平島に教える。二人はそのまま仲睦まじげに手をつなぎながら歩き出した。まるで本物の姉妹みたいだと思いながら、俺も前を行く二人の後を歩いて行った。

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