大事な人、大事な贈り物
神力を意のままに扱える霧江さんを敵に回すわけにもいかず、俺たちは結局霧江さんの言う通り神力への願い事をあきらめた。霧江さんは封印を解きに倉庫に行ってしまったので、俺たちは二人して神社のベンチに腰掛けた。
霧江さんがいない今なら願い事もできるんじゃないかとふと思いつき、それをウリエルに告げると、ウリエルは「じゃあ、試してみたらどうだ」と投げやりに返した。ニュアンスからそれが不可能だろうということをくみ取り、俺は大きくため息をついた。
「結局、牧場を捕まえることができなかったな。しかも最悪なことに、神力への願い事方法までばれてしまったし」
「確かにな。だけどまあ、封印がされている限りはそう心配する必要もないだろう。何せ霧島家の人間以外には解けない封印なんだからな」
霧島家の人間にしか解けない封印。確かに実は霧島家の子孫でした、なんてことでもない限り牧場にその封印を解くのは不可能に思える。しかし。それでも牧場は何らかの手段でそれすらも解いてしまう方法を思いつくかもしれない。俺はそんな予感がする。
「まあ、牧場は置いといてだ。お前はどうなんだ?」
「私?」
ウリエルは唐突な質問に目をぱちくりさせた。
「確かお前はある目的があってこの町に来てて、その目的のために神力が必要だったんだよな?」
「……ああ、そうだ。よく覚えてるな」
ウリエルがこの町にやってきた目的。出会ってから一か月以上たつがいまだに聞けずじまい。もちろん何回か探ってみようとしたことはあったが、いつも歯切れの悪い返しでごまかされてきた。
「目的って、やっぱり大事なことなのか?」
「ああ。その実現のことだけをずっと考え続けてきたんだ。この数年、そのためだけに生きてきた。……いや、もしかしたらその目的があったからこそ生き続けることができたのかもしれない」
そういうとウリエルは服の首元部分から小さな袋のようなものを取り出した。それは首にかけることのできるネックポーチだった。青と白のストライプ模様で大きさは名刺より少し大きい程度。袋には少しだけ厚みがあり、その中に何かが入っているということが見て取れた。
「そんなものしてたか?」
「ずっと首にかけてた。大事なものだからな。肌身離さず持ち歩いているんだ」
ウリエルはそれをぎゅっと握り締める。
何が入ってるんだ、と言いながら俺がその小袋をよく見ようとすると、ウリエルはそれを握り締めたまま反射的に俺から身を引いた。
「そんなに拒否しなくても……」
「い、いや、そういうわけじゃ……。すまん。ただ、本当に大事なものなんだ。大事な人からもらった、大事な贈り物で……」
「わかったよ。別に無理やり見ようというつもりもないしな。そんなに大事なものなら、ちゃんと持ってろよ」
ああ、とウリエルはうなづき小袋を元の場所に戻した。
大事な人からもらった大事な贈り物。その大事な人というのはきっとウリエルのいう目的に深く関わっているのだろう。
「ああ、そうだ。神力についてだったな。確かに私は神力が必要だと考えていた。でも、万が一の保険としてであって、もしかしたらその神力に頼らずとも目的は果たせる。いやむしろ、神力ありきの姿勢じゃ目的を実現できないかもしれないな」
「その目的っていうのには、その大事な人が関係しているのか?」
「ああ」
「お前が言う大事な人ってのはいったい?」
俺の何気ない問いにウリエルは一瞬だけ俺の顔を見つめ、すぐに顔を伏せ、黙り込んだ。そして、気まずい沈黙が二人の間に流れたのちウリエルは小さな、そしてかすれるような声でつぶやいた。
「……水前寺には関係ない」
その時、向こうのほうから霧江さんの声が聞こえてきた。どうやら封印を無事かけ終わったようで、ウリエルを呼んでいる。ウリエルもそれに気づきベンチから立ち上がった。
「いや、なんか湿っぽい雰囲気になって済まなかったな。霧江さんも私を呼んでることだし、水前寺もそろそろ家に帰ったらどうだ」
先ほどの消え入るような声ではない、いつも通りの毅然とした口調でウリエルは言った
どうやらこれ以上、その目的について話すつもりはないらしい。それでも、俺はこのまま食い下がるのにためらいを感じ、最後に一つだけという前置きをしてからウリエルに尋ねた。
「もし、だ。お前の力が足りなくて、その目的を達成することができなかったとき、お前はいったいどうするつもりなんだ」
ウリエルは俺の目をじっと見つめる。
「もしそうなったら……。私もきっとどんな方法を使ってでも神力を手に入れようとするのかもしれないな」
それだけ言い放ち、ウリエルは俺に背を向けて霧江さんのもとへ歩いて行った。大事な人からもらった大事なもの。ウリエルがこの町に来た理由。わからないことばかりだ。
しかし俺の問いに答えたときのウリエルの表情には、底知れぬ悲しみが見えたような気がした。




