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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
第一章
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牧場風太郎という男

 翌日。


 俺は昨日の出来事なんてなかったかのように、いつもと同じ朝を迎えた。いつも通りの時間に起き、家族三人で朝飯を食べ、支度をしてから俺は家を出た。

 通学路を歩きながら俺は、昨日の出来事をぼんやりと思い返してみた。

突然上から降ってきた少女、そしてこれまた突然現れた黒服の二人組。昨日はウリエルの世話で頭がいっぱいだったため、彼らに関してじっくり考える暇がなかった。ウリエルの言うことを信じるならば、つまりウリエルが原因ではないならば、なぜあの二人は俺たちを追いかけてきたのだろうか。俺に思い当たる節がない以上、いくら考えてもその理由はわからない。やはり、単なる俺の思い違いに過ぎなかったのだろうか。俺は悶々としながら、いつもの道を進んでいく。

そして、人の往来が少しばかり多い通りに入ったとき、さわやかな朝の風景には似つかわしくないある異様な光景が俺の目に飛び込んできた。

それは自動販売機の横で、大の男が仰向けになって横たわっている、という光景だった。

 男はやせ形の長身で、糊のきいた黒いスーツを着ていた。そのようなきちんとした身なりが一層、男の異様さを際立たせており、周りの人間が目もくれず通り過ぎていくのに対し、俺は思わず考えるのを止め、その男の近くで立ち止まってしまった。

 俺はじっと男を観察してみる。胸が上下しているところを見ると、生きてはいるようだ。普通に考えれば昨日の飲み会か何かではしゃぎすぎた酔っぱらいの類だろう。俺はそう判断し、男を放置して再び歩き出そうとした。

 しかしその瞬間、男から弱弱しく枯れた声が聞こえてきた。


「み、水……」


 俺は肩をすぼませ、足を止めた。

 おそらくこの男は偶然立ち止まった俺に、助けを求めているのだろう。もちろん助ける義理なんてないし、酔っぱらいに絡んでもろくなことにならないのは重々承知している。しかし、このまま男を見捨てれば、今日一日がどこか後味悪いものになってしまうそうな気がした。

 俺は大きくため息をつく。俺は男のすぐそばに設置されていた自動販売機で水を買い、男に声をかけた。


「大丈夫ですか? 水ですよ」


 俺が水を男に近づけると、男は急にバッと起き上がり、俺から水をひったくった。男は急いでふたを開け、すごい勢いで水を飲み始める。そしてそのまま一気にペットボトルの中身を空にすると、満足そうに息を吐き、呆然としていた俺の手をおもむろに握り締めた。


「いやぁーー、助かったよ少年。朝早くからここで倒れていたんだけど、みんな僕を一瞥すらしないで通り過ぎていくんだもの。君が僕を気にかけてくれた最初の人だよ。都会の人は冷酷っていうの? なんともまあ、社会病理の一端が見えたって感じだよねぇ」

「は、はあ」


 俺の戸惑う様子を意に介さず、男は猛烈な勢いでしゃべり続ける。さっきまで行き倒れていたにもかかわらず、なんともハイテンションなのだろう。

 そして俺は同時に、とんでもなく面倒な人間と関わってしまったことに気が付いた。今からでも遅くない、一刻も早くこのような人間とは別れるべきだ。俺の直感がそう告げる。

 俺はぎこちなく、「それじゃあ」とつぶやきながら立ち上がり、そのまま立ち去ろうとした。しかし、男はあろうことか、立ち去ろうとする俺の腕をつかみ、強引に引き留めようとした。


「これも何かの縁なんだ。聞いてくれよ、少年。哀れな僕の身に起こった、突然の出来事について」

「は、放してくれ! 遅刻しそうなんだ!」


 男をふり払おうと試みるが、男は意外に強く腕を握っており、その手を離そうとしない。まずい。こいつは想像以上に危ない人間なのかもしれない。


「僕の名前は牧場風太郎と言って、ある会社のしがない研究員なんだ。この町にはある調査のために来ててね、一週間ほど部下二人とともに町を探索してたんだよ。ところがだよ! ここからが驚きなんだ!」


 牧場風太郎と名乗った男は、俺の引きつった表情を気にすることもせず、一方的に自分の話をまくしたてる。


「昨日の午後。いつも通り三人で町を調査してたんだ。そしたらだよ、自分でも全く訳が分からないんだけど、一緒にいたはずの部下二人が突然消えてしまったんだよ!」

「き、消えた?」

「そう、突然、それも一瞬のうちにね。気が付けばさっきそこに居たはずの二人がいないのさ。僕も自分の目を疑ったね」


 俺の背筋に冷たいものが走った。


「そ、そんな、人間が瞬間移動なんて」

「君もそう思うだろ? 僕も何が何だかわからないよ。まさか、彼らが僕を置いてどこかに逃げていったなんてことも考えられないし。そしてだよ、さらに悪いことに、僕は自分で重いものを持ちたくない性分だから、荷物は彼らに全部預けてたんだよ。つまり、携帯も財布もその中ってわけ。それなのに、部下二人が僕の荷物を持ったまま消えちゃったんだから、笑うに笑えないよ。連絡を取ろうにも、携帯がないし。財布がないから、食事をすることも、家に帰ることもできないんだよ!」


 俺は若干の違和感を感じながらも、牧場の話に対し、真剣に耳を傾けていた。俺の頭の中には、昨日の午後、俺とウリエルのもとに現れた男二人組の姿が思い浮かんでいた。

 突然現れたように思えた、あの二人。まさか、とは思うが、彼らはこの牧場の部下なのだろうか? そういえば、一人はやけに大きな鞄を持っていたような。


「……そして、飲み物も飲めず行き倒れていたところを君が助けてくれたってわけ。感謝だね、まったく」

「そうですか。というか、水なら公園の水道水を飲めばよかったのに……」

「ははは、この僕があんな汚い水をのめるわけがないだろ? 面白いことをいうねぇ、君」


 牧場は愉快そうに笑い始める。正直何が面白いのかまったく理解できない。

何はともあれ、こいつは昨日俺たちを追いかけてきた二人の仲間なのかもしれない。しかし、この男の話を信じた場合、一つの疑問が生まれる。あの二人組もウリエルと同じように突然別の場所から瞬間移動したことになる。それならばなぜ、あの二人組は逃げる俺たちを追いかけてきたのか。


「ところで、君の名前はなんていうんだい? いつかこのお礼をしたいからね、名前くらいは教えてもらいたいんだけど」


 牧場風太郎の言葉で俺は我に返った。牧場はまとわりつくような笑顔を浮かべたまま俺の顔をじっと見つめている。


「水前寺だ。水前寺愁斗。とにかく、どこかで電話でも借りて、会社かその部下に連絡するんだな。それじゃ、俺は遅刻しちゃまずいから……」

「えー。もう少し君とおしゃべりしたいんだけどなぁ」

「もう名前は言ったから、十分だろ」

「はいはい、水前寺愁斗くんね。きちんと覚えたよ。この恩は忘れないからね。……でも、もしかしたら、また君とは近いうちに会うことになるかもね。まあ、僕の直感だけど」


 牧場は愉快そうに声を出して笑った。

 俺は一瞬、その雰囲気の中に得体のしれない気味悪さを感じた。俺は牧場にすばやく別れの言葉を告げ、早足で高校へと向かう。途中、気になって後ろを振り返ってみると、俺とは反対方向に歩く牧場の背中が見えた。牧場風太郎。俺はその奇妙な男の名前をもう一度だけ頭の中で繰り返した。

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