赤川
閉館時間を過ぎたものの、館内にはまだ明かりが点いていたため移動に困難はなかった。霧江さんはどこにいるのかが問題だが、嵐田はとりあえず平島の魔術式が落ちているであろうパソコン設置ブースのある部屋を目指すと言った。そこに牧場が入ったということは確実だ。何か目的があってその部屋に入ったと考えていいだろう。単にパソコンを使いたかっただけなのかもしれないが。
嵐田を先頭に俺たちは忍び足で目的の部屋に向かった。部屋の扉の前に立つと、嵐田は俺たちに少しだけ離れるように言い、そっと扉を開け部屋の中を確認する。確認が終わると嵐田は俺たちに合図を送り、その部屋に入っていった。俺たちも後に続く。
部屋に入り扉を閉めると、先に入っていた嵐田が俺たちに対し「いたぞ」と告げた。嵐田の見つめる先に顔を向ける。するとそこには、部屋の隅で眠らされている霧江さんの姿があった。
俺たちは慌てて霧江さんのもとに駆け寄る。霧江さんは手を後ろでしばれていたが、他に特に目立った外傷はなく俺は安堵のため息をついた。嵐田が手を縛っている縄を解き始める。
「霧江さん、起きてくれ」
ウリエルが霧江さんを揺さぶると、霧江さんは小さく声を漏らしながらゆっくりと目を開けた。自分を心配そうにのぞき込む俺たちを見て驚きの表情を浮かべる。
「あれ、みんなどうしたの? それにここって……」
「よかったです、霧江さん!」
平島が霧江さんに抱き付いた。霧江さんは状況が理解できず、ただ困惑している。よかった。とりあえず霧江さんは無事だ。
「よし、とりあえずは人質は無事ってわけだ。あとは赤川のやろうをとっ捕まえるだけだな」
しかし、嵐田が言葉を発したその瞬間部屋の外から何か大きな物音が聞こえてきた。
バッと俺たちが振り返ると、そこには誰もおらずさっきまで閉じられていた扉が開いていた。
「赤川かっ!?」
嵐田が声を荒げる。そして拳銃を懐から取り出し、俺たちの方に振り返った。
「いいか、お前ら! とにかくその子を連れて先に図書館から出てろ! 俺は赤川を追う!」
嵐田はそう言うとともに部屋の外へ勢いよく飛び出していった。
さっきの物音の正体が赤川だったとすれば、赤川は嵐田を含む俺たちが自分を捕まえるためにここへやってきたと気づき逃げ出そうとしたのだろう。すぐさま追いかけなければまんまとやつを逃がしてしまうことになる。しかし、赤川の追跡に関して言えば俺たちにできることはない。嵐田の言った通り、先に図書館から出た方がいいだろう。
俺は霧江さん他三名にその旨を伝えた。
しかし、霧江さんは俺の言葉を理解し立ち上がろうとした瞬間、頭を押さえよろよろと再び座り込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか霧江さん?」
「ごめん。なんか立ちくらみが……。それになんか身体が妙にだるくて……」
薬で眠らされたからだろうか。何らかの副作用が出ているのかもしれない。確かに霧江さんの顔色が悪くいように感じる。霧江さんは歩くこともできないほど弱っていたが、このまま霧江さんの回復を待っているわけにもいかない。
俺はしゃがみ込み、霧江さんに俺の背中へ乗るように言った。霧江さんも始めは遠慮したが、俺たちに促されるまま俺の背中に乗った。霧江さんは思ったより軽く、この程度なら図書館の出口まで簡単にたどり着けそうだ。
「よし、行くぞ」
霧江さんがおぶさるのを確認したウリエルがそう言い、俺たちは部屋を出ようと扉の方へ歩き出そうとした。しかし、その時。
「待て、そこを動くな」
その言葉に俺たちは一瞬にして体を強張らせる。聞き覚えのある声。俺は恐る恐る身体をその声のする方へ向ける。
部屋の扉のすぐ前。そこには、赤川が拳銃をこちらへ向けて立っていた。
「変な物音がすると思って来てみりゃ、なんなんだよ、いったい。どうして俺がここにいるとわかったんだ……?」
俺たちもかなり驚いたが、赤川ほどではなかった。赤川は目を大きく見開いたまま俺たちを見つめている。
なんで赤川が。さっき嵐田が追いかけたはずじゃ。
「なるほど、さっきの部屋を覗いていたのは赤川ではなくて牧場風太郎だったというわけか。それを嵐田が勘違いして追いかけていき、すれ違う形で赤川がこの部屋にやってきたということだな」
「なっ!? 嵐田までここに来てるのか!」
淡々と状況を説明するウリエルの言葉に赤川が反応する。
赤川は自分の髪を左手でくしゃくしゃとかきむしった。俺たちと嵐田がここにいることに相当動揺しているようだ。舌打ちをする音がここにまで聞こえてくる。
「くそっ……! もう少しだったのに。もう少しで牧場のやろうと取引ができたってのに! ……こうなったらなりふり構ってられねぇ。そこの霧江っていう子をこっちに渡すんだ! そいつさえいれば牧場と交渉できる」
赤川は俺たちに拳銃を向けて叫んだ。その迫力に思わずたじろぐ。
「あ、あの人……! 思い出した。あの赤川って人に急に変な薬をかがされて、それから急に眠たくなって……」
霧江さんがつぶやいた。誘拐されたときのことを思い出したのだろう。よほど怖かったのか、その声は若
干震えていた。
「安心しろ。別に危害を加えようってわけじゃない。おとなしくこっちに渡すんだ」
赤川は拳銃を構えたまま俺たちのほうへ歩き出した。拳銃を向けられている以上、俺たちは一歩もその場を動くことができない。
ゆっくりと、焦らすように赤川は近づいてくる。
霧江さんはぎゅっと強く俺の首にしがみついた。明らかに赤川のことを怖がっている。霧江さんがこんな状態なのに、はいそうですかと渡せるわけがないだろう。
「あ、赤川さん。なんで私たちを裏切って牧場さんの協力なんて真似を……?」
「協力? 違うな、単に取引をしただけだ」
平島の言葉に赤川は冷たい言葉で答えた。
「いったいどんな取引を?」
「言う必要はない。それにお前らには決して理解できないだろうからな。お前らとおしゃべりをしている時間はない。嵐田がここに戻ってくるかもしれないからな。さて、痛い目に遭いたくないならおとなしくその子をこっちに寄こすんだ」
赤川を俺を鋭い目で睨み付ける。しかし、いくら凄みを利かされようと俺の返事は決まっていた。
「絶対に渡さない」
俺は必死に震えを押さえながら赤川をにらみ返した。
正直自分でも馬鹿な行動だと思う。しかしそれでも俺の背中で震えている霧江さんを裏切る真似だけはどうしてもできなかった。
赤川は俺の様子を冷めた目で見つめる。
「女の子の手前かっこつけたい気持ちもわからんではない。だが、それくらいにしとけ。俺は本気だぞ。早くその子をこっちに寄こすんだ」
俺は返事をせず赤川をにらみ続ける。
俺の態度から拒否の意をくみ取ったのか、赤川の顔に苛立ちがよぎる。
「お前……早死にするタイプだな」
そういうと赤川は俺の頭にゆっくりと銃口を向けた。撃たれる。俺は無意識にぎゅっと目を閉じた。




