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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
第二章
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十字架の謎

 大通りへ到着した。

 もともと人や車の交通量の多い場所ではあるが、夕暮れ時ということもあって一層多くの人が行き来している。目印の自販機を見つけ近づくと、すぐそばに平島が書いた魔術式が見えた。そして、その魔術式の上にはやはり、縦と横の線が同じ長さの十字架が乱暴に描かれている。やはり俺の記憶に間違いはなかったようだ。


「ほら見ろ。俺の言った通りじゃないか」

「待て。私にはまだ魔術式が見えてない」


 俺が魔術式を指さした先を、他三人がじっと見つめた。

 ウリエルや霧江さんはまだしも、平島までも地面を睨み付けている。平島に理由を聞くと、なんでもこの魔術式に組み込まれている『印象操作』の魔術は、書いた魔術師を含む誰に対しても影響を与えるようだ。魔術式を書くことにより実際に消費した魔力量以上の効果を生み出している。さらに平島が魔術式を書くために使っていたチョークは組織が特別に開発したもので、それ自体に『印象操作』の魔術がかけられているらしく、そのチョークで書いた文字自体にもその魔術の効果が現れるとのこと。

 つまり、よほどの魔術師ではないとこの魔術式を一発で見抜くことはできないということだ。そういえば俺がここに来た時も、この魔術式を発見するのにしばらく時間がかかった。


「『印象操作』の魔術って、自分だけじゃなくてものとか魔術式にも使えるんだな」

「ああ、そうだ。他の人間や物体にもかけることができる。例えば、リンゴを梨に見せることだって可能だしな。まあ、まったく違うものに見せようとするにはそれなりの手間と魔力がかかるがな。うん。ようやく、見えてきた。確かに水前寺の言う通り式の上に十字架が書かれてあるな。これではもう、この魔術式は発動しない」


 平島と霧江さんも認識できたようで、二人とも同じように十字架の存在を認めた。

 平島はせっかく労力をかけて作った力作が台無しにされたことがかなりショックだったようだ。


「あれだけ頑張って書いたのに……。誰がこんなことを」

「ほのか。確か、町中の至る所に魔術式を書いたと言ってたな。もしかしたら他の魔術式もやられているかもしれない」

「そ、そうですね。ちょうどすぐ近くにもう一つ魔術式があるんで、私見てきます」


 そう言うと平島は大通りの脇道から、別の通りへと走っていった。

 ウリエルはこの魔術式を見ながら何か考え事をしている。いったいどうして魔術式が台無しにされてあるのか。俺がそんなことを考えながら魔術式を見ていると、霧江さんがちょんちょんと俺をつついてきた。


「なんですか、霧江さん」

「ねぇ、愁斗くん。あそこにあるタイ焼き屋さんおいしそうじゃない?」


 霧江さんは向かいにあるタイ焼き屋を指さしながら言った。ちょうど俺がおととい妹にごちそうしてやった店だ。俺たちの魔術の話についていけず、あたりを見渡しているうちに目についたのだろう。


「あそこのタイ焼きなかなかおいしかったですよ。隣の洋菓子店は高くてなかなか手が出せないですけど、あそこは値段も安いし」

「本当? ちょうど小腹がすいてきたところだったの。私がみんなの分買ってきてあげる!」

「え、いやちょっと……霧江さん!」


 俺の制止も聞かず、霧江さんは道路を渡るために近くの横断歩道へ駆けだした。俺たちの話が退屈なのはわかるが、相変わらずマイペースだ。

 霧江さんがいなくなると同時に平島が息を切らしながら戻ってきた。神妙な面持ちを見るに、どうやらもう一つの魔術式もやられてしまっていたらしい。


「ダメです。もう一つの魔術式も台無しにされてました」

「いったい誰が……」

「誰が? いや、これをできる人間は限られている」


 俺と平島は二人そろってウリエルの方へ顔を向ける。


「どういうことだ?」

「ここだけじゃなくもう一つの場所でも台無しにされていたのなら、おそらく他の場所もやられていると考えた方がいい。しかし、この魔術式はきちんとした『印象操作』の魔術が組み込まれている。ここにあると知ったうえで、数秒間凝視しない限り認識することは不可能だ。つまり、この一連の行動を取ったのは、魔術式がある場所を知っている人物ということになる。ほのか。魔術式の場所を知っている人間は他に誰がいる」

「えっと、それは。もちろん、あっくんと赤川さんですよ。どこに魔術式を仕掛けるかを計画したのはその二人ですから……。って、ウリエルちゃんはそのどっちかがこんなことをやったって言うんですか!?」


 平島が驚きの表情でウリエルに聞く。


「そういうことになるな」

「待て。でも、なんの目的があってこんなことを……」

「牧場風太郎のためだ」


 ウリエルはそう言い放つと、きょろきょろと周囲を見渡し始めた。

 この魔術式は牧場風太郎をあぶりだすために仕掛けられたもの。となると、その魔術式が機能停止させることで利益を得るのは牧場風太郎だ。


「牧場風太郎がこれをやったっていうことはありえないか? 『印象操作』が組み込まれていると言っても、牧場はかなり有能な魔術師なんだろう? もしかしたら牧場にはその魔術が効かなかったっていうこともありえる」

「それはない。この『印象操作』は簡単に見抜かれるような代物ではないからな。それにだ。もしこの魔術式が見えているのだとしたら、なぜわざわざ魔術式を消すんだ。魔術式の上に乗らなければ済む話なのに、自分の存在を知らしめるような真似をする必要はない」


 確かにその通りだ。しかし、牧場風太郎自身ではなく嵐田か赤川のどちらかがやったということになると、そのやった方はすなわち……。


「つまり、ウリエルちゃんはどっちかが牧場さんと通じている裏切り者だと思ってるんですか」


 平島が視線を下げながらつぶやく。二人はいわば平島の仲間だ。そのうち一人が自分ともう一人を裏切っているという事実なんて受け入れたくはないだろう。


「もう一つだけ、聞かせてくれ。どっちかがこれをやったと言うが、どうしてわざわざ物理的に魔術式を台無しにしたんだ? 場所を知っているなら、その場所を牧場に伝えるだけで済むはずだ」

「いろいろ可能性はあるが、おそらくそいつは牧場から完全には信用されておらず、牧場がいる場所を教えてもらっていないのだろう。つまり、牧場と直接会うことはできず、連絡は電話か何かに限られていることになる。その場合、至る所に設置された魔術式の場所を口で説明するのは困難だ」


 ウリエルの説明に俺は何も言い返せない。

 しかし、ウリエルの言う通りならばこれは大変な状況ではないのか。どちらかが裏切り者だと知っている状態で、平島はどのような顔をしてアジトに帰ればいいのか。疑心暗鬼のまま二人に接するのは平島に対してかなりの負担を強いることになる。せめて、どちらが裏切り者なのかを判明できればもう一人を味方につけることができるのだが。

 そこまで考えて、俺は名案を思い付いた。


「そうだ。『嘘発見』の魔術を使って、尋問すれば済む話じゃないか。これから平島たちのアジトに行って、裏切り者かどうかを聞けばいい。嘘をついた方が犯人だ」


 しかし、俺の提案に対して平島は気の乗らない返事をする。


「確かに、水前寺くんの言う通りです。でも、一緒に仕事をする仲間に対して『嘘発見』の魔術をかけるのは簡単なことじゃないんですよ。仕事をするにあたって大事なのは信頼関係ですし……。もちろんやらなきゃいけないと言われたらやりますけど……。やっぱり、抵抗が……」


 平島はポツリポツリとつぶやく。

 やはり今日の今日まで仕事をしてきた二人に対してある程度の信頼感をもっていたのだろう。それを失うのはつらいことだ。それに、裏切り者がほのかが小さいころからお世話になっている嵐田の可能性だってあるんだ。平島は心のどこかでその可能性を認めたくないと思っているのかもしれない。

 しかし、このままどっちが裏切り者かわからない状態にしておくわけにはいかない。裏切り者を放っておく限り、牧場を捕まえることなんてできない。俺が意を決し、平島に魔術をかけるよう説得しようとした時だった。


「大丈夫だ、ほのか。別に魔術を使う必要はない。もうどっちが裏切り者なのかはわかった。安心しろ、裏切り者は赤川だ」

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