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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
第一章
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霧島家

 俺たちはすぐに今来た道をたどり、ウリエルが倒れていた場所に戻ったが、結局荷物は見つからなかった。

俺がウリエルに手を刺し伸ばした時にも、近くに荷物はなかったように思える。仮にウリエルの言うことを信じたとして、おそらく荷物は瞬間移動する前の場所に残されたままなのだろう。正直、瞬間移動などを信じる気にはなれないが。

 元の場所に戻ろうと俺がウリエルに提案すると、ウリエルは歯切れが悪そうにその場所がわからないと答えた。何でもあまり方向感覚がよろしくなく、さらに探索のつもりで目的地もなく歩いていたらしい。場所が分からない以上、今日中に荷物を取り戻すことは不可能だった。

 とりあえず、近くの交番に荷物紛失の旨を伝えたが、無事見つかるかはわからない。盗難されていたら終わりだ。

そしてさらに悪いことは重なる。ウリエルの荷物はすべて一つにまとめていたようで、財布はおろか携帯もその中に詰め込んでいたらしい。なんでそんな七面倒なことをしたのかと疑問に思ったが、あれこれと小言を言っていい状況ではない。

 問題はウリエルが泊まる場所だった。最初俺の家が頭に浮かんだがすぐに却下した。着替えの問題がある。俺の家は父子家庭であり、女性ものの服がない。一応妹はいるが、小学六年生の服を貸すこともできない。試しにとウリエルに提案してみたが、全力で拒否された。それはもう必死になって。

 普通の人間ならここで途方に暮れてしまうだろう。しかし、俺の場合は違う。俺にはあてにできるつてがあった。そこにウリエルを任せるしかない。

 俺はウリエルについてくるよう手招きし、歩き出した。


「おい、どうするんだ」

「しょうがないから、俺の幼馴染の家に泊めてもらえるように頼む」


 俺は歩きながらウリエルに説明する。俺の幼馴染の名前は霧島由香といって、俺と同い年、そして同じ高校に通っている。そして、由香の両親は近所にある小さな神社の神職を務めていて、その神社の裏手にあるなかなか立派な母屋に家族で暮らしている。なんでも、霧島家は霧島神社の社家で、代々神職を世襲しているらしい。 

 そしてちなみにだが、俺が中学の時にくだらない願い事をした神社がこの霧島神社なのだ。

 俺の母親と由香の母親、霧江さんが大学時代の親友だったということで、霧島家とは家族ぐるみの付き合いがある。霧江さんは俺たち兄妹をかわいがってくれ、頼りにできる大人として今でもお世話になっているのだ。



 そうこうしているうちに俺たちは霧島神社に到着した。

 神社は町の中心部から少し外れた、小さな山の中腹にある。そのため神社の境内に入るには、長い階段を上っていかなくてはならない。俺たちは長い階段を登りきり、本殿裏にある母屋の前にたどり着いた。

 俺がチャイムを鳴らそうとしたその時、突然後ろから声がかけられた。


「家に何か用事?」


 俺がゆっくりと振り返ると、そこには不機嫌な表情を浮かべた霧島由香が箒を片手に立っていた。


「えーと……霧江さんいる?」

「なんで、水前寺が母さんを訪ねてくるわけ」


 由香は不機嫌な表情に、疑惑の表情を加え、俺をキッと睨み付けた。

 どうやら俺はあまりいいタイミングでは訪問できなかったらしい。もともと、俺は由香を通じてではなく、霧江さんにウリエルを泊めてもらえるように頼むつもりだった。もちろん由香は困った人を平気で見捨てるような悪い人間ではない。しかし、霧江さんは話の分かる相手だし、実際に過去にも同じようなことを頼んだことがあるのだ。


「実はだな、お前ん家に頼み事があるんだが」

「何よ、頼み事って」


 由香の疑惑の目が一層強まる。当初の予定とは外れるが、捕まった以上、仕方なく由香に話をつけておくことにした。


「突然で申し訳ないのだが、こちらの……ウリエル・ソートハントさんを数日の間泊めてほしいんだけど」

「……は?」


 由香は何言ってるんだコイツというニュアンスを込めて、聞き返してきた。すると俺をフォローするかのように、そばにいたウリエルが由香に頭をさげ挨拶をした。


「初めまして、ウリエル・ソートハントです」

「えっと、は、初めましてウリエルさん。霧島由香です」


 由香もウリエルにつられおじぎをする。

 俺はこのタイミングで、ウリエルが置かれている状況をかいつまんで説明した。もちろん瞬間移動とかそういうところはぼかした上で。説明を終えて、俺は再び由香にウリエルを泊めてもらえるか聞いてみた。


「いいんじゃない、ウリエルさんも困ってるみたいだし。私からも母さんにお願いしてみるから」


 由香はあっさりと了承してくれた。俺はそのことに少なからず拍子抜けした。困っているとはいえ、身元もよくわからない怪しい名前の人間をこうも簡単に泊めてもらえるとは思ってもみなかった。ウリエルという名前を由香がこうもすんなり受け入れたことも驚きだった。


「ありがとう。あと、同い年くらいなのだから、呼び捨てで構わない」

「そう? じゃあ、ウリエルも私のこと由香って呼んでね。短い間だけどよろしくね」

「よろしく、由香」


 二人はもう意気投合したのか、俺にお構いなしに色々と会話し始めた。どうやら由香の機嫌もいつの間にか直っているみたいだ。

 正直、好き嫌いの激しい由香がウリエルと打ち解けられるのかと心配していたのだが、どうやら取り越し苦労だったらしい。あとは霧江さんに頼むだけ、俺がそう考えたその時、ドアの向こうから誰かの足跡が聞こえてきた。俺が玄関の方へ振り返ったと同時に、扉が開き、中から霧江さんが現れた。


「騒がしいと思ったら、愁ちゃんじゃない。どうしたの、こんな夜に」


 霧江さんは笑いながら俺に声をかけた。

 霧江さんは前神主の一人娘で、なかなか珍しい女性の神主だった。また霧江さんは近所でも評判の美人だ。つやのある長い黒髪をしており、その容貌は三十代後半とは思えぬ若さと美しさを維持している。娘の由香もまた美人にひとくくりされるのだが、霧江さんには及ばない。性格に少々難があることをのぞけば、まさに理想の自慢の母親であろう。


「はっはーん、さてはついに霧島家に婿入りしてくれる決心をしてくれたのね。私、うれしくて泣いちゃいそう」


 霧江さんは人の話も聞かず、勝手にはしゃぎ始めた。俺はいつものようにやんわりと否定しつつ、適度に相槌を打って対応する。

 霧江さんは俺のことを昔から愁ちゃんと呼び、異常なほど俺のことを気に入ってくれている。そしてそのせいか、霧江さんはなにかと俺と由香をくっつけたがる傾向にあった。本人たちの意向も無視して。


「霧江さん、そうじゃないです。実は頼みごとがあって……」


 俺が由香にした説明を繰り返すと、霧江さんは愛嬌ある笑顔を浮かべて承諾してくれた。


「もちろん家でよければ泊まっていってちょうだい。困ったときはお互い様だもの。よろしくね、ウリエル・ソートハントちゃん」

「はい、よろしくお願いします」


 ウリエルはぺこりと頭を下げた。どうやらこれでひとまずは上手くいったらしい。俺は胸を撫で下ろした。

 霧江さんはウリエルに中に入るように促し、由香と一緒に家の中へ入っていった。ウリエルは俺の方を振り向いた。


「世話になった、水前寺愁斗。おかげでなんとか寝床が確保できたようだ。この恩は忘れない」

「何言ってんだ。まだ寝床の問題しか解決してないだろうが」

「は?」


 ウリエルは困惑した表情を浮かべた。


「お前が置いてきた荷物だよ。このまま霧島家に泊まり続けるのも悪いし。ここまで首を突っ込んだ手前、荷物探しも手伝うよ」

「……荷物がすぐ見つかるかはわからないぞ。……誰かに盗まれてしまっているかもしれないからな」

「落とした財布が返ってくるんだ。大きな荷物を盗むやつはあんまりいないだろう。交番に届けられていないとしたら、きっとお前が移動する前の場所にあるはずだ」


 ウリエルは少しだけ考え込んだ。


「あ、迷惑かけるんじゃないかとかいう心配はしなくていいぞ。俺は単に退屈しのぎにやってるだけだから」


 ウリエルが遠慮しているのだと思い、俺は慌てて言いつくろった。


「本物のお人好しだな……」

「よく言われる。とにかく、また明日探しに行こう」

「ああ、わかった。……すまないな、水前寺」


 そうつぶやき、ウリエルは家の中へと入っていった。

ウリエルを見送り、俺は霧島家の玄関を後にした。そのまま神社を立ち去ろうとしたが、俺はふと神社の本殿の前で立ち止まった。

 中学時代の俺の願い事。空から組織に追われた黒髪の美少女が降ってくるという妄想を現実にしてほしいという願い事。想像していたものと全く同じとは言えないが、それに似た出来事が今更になって起きた。

 もしかしたらこの小さな神社にも少しばかり霊験があるのかもしれない、と俺は一人で微笑む。


「なに、一人で笑ってんの? 気持ち悪い」


 突然後ろから声をかけられ、俺はびくっと体を震わせた。

 振り返ると、霧島由香が竹ぼうきを持ったまま呆れ顔でこちらを見ていた。


「……笑いたいときに笑っちゃダメなのかよ。というか、家の中に入ったんじゃ」

「お母さんから、離れにある倉庫の掃除を頼まれてたの。その片付けが終わってなかったから戻ってきただけ。文句ある」


 由香は不機嫌そうに俺をにらんだ。どうやらかなりお怒りらしい。


「あとねえ、前から言おうと思ってたんだけど、あんたは何でもかんでも首を突っ込みすぎ。子供の時から何も変わってない」

「何、心配してくれてんの? いわゆるツンデレってやつ?」


 俺が茶化すと、由香は箒で俺の左足をたたいた。遠慮のない攻撃に俺は思わず顔をしかめる


「お前、箒でぶつことはないだろ」

「変なことを言うお前が悪い」


 由香はふん、と鼻を鳴らした。


「とにかく、今回はウリエルちゃんが本当に困ってたからよしとするけど、もうほどほどにしときなよ」

「わ、わかったよ。とにかく、俺はもう帰るから。ウリエルのこと頼んだぞ」

「はいはい、言われなくてもね。あの子とってもいい子だし」


 由香は竹ぼうきを掃除用具入れに直すと、そのまま母屋に帰ろうとした。しかし俺はその時、ちょっと聞きたいことが思い浮かんだだので、立ち去ろうとする由香を呼び止めた。


「あ、そういえば。由香、明日の学校なんだけど……」

「ゆ・か? 水前寺、あんたまた私を下の名前で呼ぶなって言ったこと忘れたの?」

「……はいはい、すみませんでした。霧島由香さん」


 由香は返事をすることもなく、不機嫌な様子のまま母屋へと帰っていった。

 一人ポツンと残された俺はやりきれない気持ちのまま、何気なく隣にあった霧島神社の本殿に目を向けた。そういえば初詣以来、神社に参拝なんてしていない。俺はそんなことを思い出しながら本で伝に歩み寄った。

 俺は賽銭箱の前で立ち止まると、後ろポケットから財布を取り出し、五円玉を一つ取り出した。そして、それを賽銭箱に投げ入れ、二礼二拍をしてから、目を閉じた。


「えー、霧島由香にもっと典型的な幼馴染属性をつけてやってください。例えば、毎日お弁当を作ってきてくれるとか。大体、幼馴染である俺を苗字で呼ぶこと自体おかしいと思います。どうかあいつの精神を叩き直してやってください」


 俺は由香の態度へのあてつけとして、そのような願い事を声に出して言ってやった。あまりの器の狭さに思わず苦笑してしまうが、少しだけ気分が晴れたような気がする。俺は本殿に背を向け、霧島神社から立ち去った。

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