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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
第二章
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魔術式の応用

 俺はその声に思わず身体を硬直させた。


「水前寺くんなら中にいますよ。お知り合いの方ですか? どうぞ中に入っちゃってください」

「そう? ありがとう! お言葉に甘えてそうさせてもらおうかな」


 その声にかぶさるようにして、もう一つ、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「ま、待て、霧江さん! 話が違うぞ! さっきは確認だけして帰るって……」

「ダメよ、ウリエルちゃん。人の好意は、簡単に断っちゃいけないの。ほらほら、ウリエルちゃんも中に入った入った」


 後方の玄関から、三人の女の子の和気あいあいとした声が近づいて来るのがわかった。俺が恐る恐る後ろを振り向くと、平島に続いて霧江さんとウリエルが居間に入ってきた。霧江さんは座っている俺を見つけると、満面の笑みを浮かべた。


「やるねぇ、愁斗くん。こんな可愛い娘の家にお邪魔しちゃってるなんて」

「な、なんで俺がここいるってわかったんですか?」

「学校が終わる時間ごろ、愁斗くんに会いに学校に行ったの。ウリエルちゃんと校門の近くで待ってたのよね。そしたらなんと! 愁斗くんがそこの女の子と一緒に歩いてきたというわけ。青春真っ盛りの高校生カップルの下校! これはもう跡をつけるしかないじゃない!」


 霧江さんは楽しそうな様子で俺に言った。

 俺は後ろで申し訳なさそうに横を向き、俺と視線を合わせないようにしているウリエルをじーっと非難するような目で見つめる。


「すまん、水前寺。私に霧江さんのお守は荷が重すぎた……」


 すると、あきれる俺をよそ目に嵐田が突然立ち上がり、ウリエルの方を見て言った。


「お、お前! 一か月前、こいつと一緒にいた女か!」


 ウリエルはその声に反応するように、嵐田、そして隅に座っていた赤川に目をやり、驚きの表情を浮かべた。


「お前たちは、あの時の!」

「ははは、こんなこともあるんだな。そっちのほうから、俺たちを尋ねて来るなんて……。とにかく、座れや」


 嵐田はにやりと不敵な笑みを浮かべながらそう言った。

ウリエルと霧江さんは嵐田に促されるまま俺の後ろに座った。

 平島は自分と黒服二人組の名前を紹介した後二人の名前を聞いた。嵐田と赤川はウリエルの名前をあからさまに疑ってかかったが、平島はだけは「かっこいい名前ですね」と素直に受け止める。紹介の後、平島は座布団を用意するためか再び奥の部屋に入っていった。嵐田と赤川は新たにやってきた二人、とくにウリエルについて何やら小声で話しているようだ。

 平島がいなくなると同時にウリエルは俺の背中をつつき、何がどうなっているのかと聞いてきた。俺が平島の転校から、この黒服二人組が牧場を追っていることまで説明すると、ウリエルも合点が言ったようにうなづいた。


「とにかく。あいつらに神力のことをこれ以上追及されることは避けたいな。幸い、神力の力を詳しく知らないようだし、お前に神力を聞いてきたのもおそらく牧場を追う手がかりとしてだろう」

「そうだな。とりあえず、あいつらが神力の価値に気付いていない間は安全だ。……まあ、ここにとんでもない爆弾があるわけだけど」

「なんだかよくわからないけど大変だねぇ、二人とも」


 霧江さんは緊張感のかけらもなく微笑む。

 俺たちが嵐田たちに聞こえないよう話し合っていると、隣の部屋から二枚の座布団を持って平島が戻ってきた。平島がまず霧江さんに渡すと、霧江さんはお礼を言って受け取り、下に敷いた。続いてウリエルにも渡そうとすると、意外にもウリエルはそれを断った。


「いや、私には別に気を遣わなくていい。そのまま床に座るから」

「そんな遠慮しないでくださいよ、お客さんなんですから」

「いや、そういうわけじゃ……」

「と、とりあえず座ってください。掃除してないから床も汚れてるだろうし」

「いや、そんなに汚れてるようには見えないが?」


 あまりにしつこくウリエルに座布団を進める平島に俺は違和感を抱いた。


「……なんで、そんなウリエルを座布団に座らせようとするんだ」

「えっ!? いや、別になんでもないですよ。ただ、お客様をそのまま床に座らせるのはいけないなぁなんて……」

「いや、ただ私をその座布団の上に座らせたいのだろう。おそらく、何か仕掛けを仕込んでいるその座布団に」


 ウリエルの言葉に、平島はびくっと肩を震わせる。突然の突っ込みにたじろぐ平島に対し、俺はさらに不信感を強めた。

 仕掛けだって?


「よくある手口だ。大方、座布団の中に魔術式かなにかが入れられているのだろう。そうだな、もし私だったら『嘘発見』の魔術式でを仕込むかな」


 その言葉を聞くやいなや、俺は慌てて座布団から立ち上がった。『嘘発見』の魔術? 初めて聞く魔術だが、名前からしてその内容は理解できる。


「どういうことだ、ウリエル?」

「お前にも昨日見せただろう? 地面に書いた文字式のことだ。私は地面に書いて見せたが、おそらく紙かなにかに魔術式を書いて、それをこっそりと座布団の中に忍ばせているんだろう」

 

 先ほど平島が、ことごとく俺の嘘を見抜いてみせた事実を思い出したながらつぶやく。


「なるほど。さっき俺の嘘を見抜いて見せたのも、その魔術式のおかげってか」

「魔術式は対象がその式の上にいないと機能しないからな。人を対象にする場合、いかに気が付かれないように魔術式の上に誘導するかが肝なんだ」


 平島が俺の発言の真偽を言い当てたのは、俺が座布団に座ってからだ。だから、俺が牧場の協力者ではないのかという質問も、俺が座布団の上に乗ってから嵐田は尋ねた。また平島が隣の部屋から座布団を持ってくるのに不自然なほど時間がかかっていたのも、隣の部屋で魔術式を書いていたからかもしれない。

 俺は平島に目をやった。平島はどのような表情をしていいのかわからないようで、ただ苦笑いを浮かべている。もはや、言い逃れをするつもりもないらしい。

 一方、嵐田と赤川は動じることなく、変わらぬ様子で俺たちを見つめている。そして、おもむろに赤川がつぶやいた。


「なるほど、水前寺と違って女の方は大分魔術に精通しているみたいだな。うちの組織じゃ見かけない顔だし、カンパニーの人間か?」

「……正式に所属しているわけではないがな」


 カンパニー? 俺が唐突に現れたその言葉について尋ねた。すると、ウリエルの代わりに嵐田が説明してくれた。


「魔術師を専門的に抱える組織なんて世界的に数が知れてるからな。日本に拠点がある組織といやぁ、俺たちのとこか、そこの女が関係するカンパニーしかないんだよ。日本で魔術を習得するにはそのどちらかに所属してなければならないってことだ。だけどまあ、こんな話はどうでもいい。ウリエル、とか言ったな。とりあえず、質問には答えなくてもいい、いったん魔術式の上に乗ってくれ。お前が俺たちに『印象操作』の魔術を使ってるかもしれないからな。魔術式はお前の言う通り、『嘘発見』の魔術式だ。別に害を与えるもんじゃない」


 ウリエルは嵐田の言葉にうなづくと、俺がさっきまで座っていた座布団の上に立った。嵐田はそれを確認すると、平島のほうを向き、「反応はあったか」と聞いた。平島が首を横にふると、嵐田も満足したようでウリエルに座布団から下りていいと告げた。

 一方、俺と霧江さんは彼らのやりとりから完全に置いてけぼりにされていた。俺は再び床に座ったウリエルに、いったい何をしていたのか尋ねたが、後で説明すると言い返された。


「とにかくだ、牧場風太郎が組織から追われているとはどういうことなんだ?」

「そのままの意味だ。牧場は一か月前に突然、行方不明になった。組織にある色んなものをかっぱらってな」

「いろんなものとは?」


 ウリエルが間髪入れずに尋ねる。


「とにかくいろんなものだ。組織が保管していた重要書物だとか、金目のものだとかな。そして、それだけじゃないぜ。牧場の研究室にあった資料、データ、薬品。それにフラスコやら注射針やらビーカーやら、組織所有の実験用具まで盗んでいきやがった」


 嵐田の語気が強まる。嵐田自身も牧場に個人的な恨みでもあるのだろうか。

 それにしても、さすがは牧場風太郎といったところか。研究資料だけならまだしも、ありとあらゆるものを盗んでいくとは。フラスコやら注射針が何かの役に立つとは到底思えないが、牧場としてはとりあえず盗めるだけ盗んでおこうという魂胆だったのだろう。呆れを通り越して、驚嘆に値する。


「それだけたくさんのものを持ち出すことができたということは、組織内に協力者がいたということか」

「ああそうだ。俺にはまったく理解でないが、やつのカリスマ性に惹かれている人間が一定数いてな。多分そいつらだろう」

「牧場のカリスマ性ねぇ」


 俺は牧場が人々に囲まれ、崇め奉られている姿を想像してみる。


「厄介なことにな、その牧場信者の多くが魔術を使える人間なんだ。牧場が言う選民思想かなんかに影響されているらしい。俺たちの組織に限ったことじゃないが、やっぱり魔術を使える人間と使えない人間とじゃちょっと待遇に差があってだな……。簡単に想像できるだろうが、やっぱり魔術を使える人間の方が出世しやすかったり、発言権が強かったりするんだ。だから、裏切り者の牧場を追いかけるのも、シンパに邪魔されてなかなかスムーズにいっていないのが現状だ」


 人が集まる以上、対立は避けられない。そうだとしても、魔術を使えるか使えないかで対立が起こるというのも世知辛い話だ。ここに来る途中平島に確認したのだが、ここにいる嵐田と赤川はやはり魔術を使える人間ではないらしい。そのせいで、この二人もいろいろと苦労しているのかもしれない。


「私はよく知らないけど、その牧場っていう人は相当悪い人なのねぇ」


 今までおとなしく沈黙を保っていた霧江さんが不意に口を挟んできた。


「ああ、そうだ。だから俺たちはこうやって牧場を追っかけてるってわけだ」

「今のところ、どこまで情報をつかんでるんだ」

「全然だ。この町にいるっていうことしかわかっていない。まあ、今はまだ仕掛けた罠が発動するのを待っているという感じだな」

「罠?」

「フフフ、大丈夫よ、お兄さん。そこまで気負わなくても」


 俺の言葉を遮って、霧江さんが微笑みを浮かべながら嵐田を慰める。


「励まそうとしてくれてんのは、ありがたいが、こっちはもっと真剣に取り組まなくちゃいけないんだよ」

「牧場という人を見つけ出せばいいんでしょ? いざとなったら、私が神力の封印をと……」


 霧江さんの口をウリエルが慌てて口でふさいだ。その様子を嵐田は不審そうに見つめる。


「どうしたんだ、いきなり?」

「な、なんでもない! 気にしないでくれ! ここにいる霧江さんは今日一日遊び疲れているだけなんだ。ほら、もう時間も遅いし!」


 霧江さんやウリエルの登場もあってごたごたしていたせいか、気が付けば外は暗くなり始めていた。そのことを赤川が指摘すると、嵐田は今日のところはここで終わりにしようと俺たちに提案した。

 俺はそのような嵐田たちの態度に驚きつつも、その申し出を快く受け入れた。


「俺たちが全部話すまで帰そうとしないのかと思ってたけどな

「勘違いするな。俺たちは別にやくざじゃないんだぜ。正当な手段で慎重に情報を集めるだけだ。……そうだな、とにかくまた話を聞くことになるかもしれないから、連絡先だけは聞いておこうか。赤川かほのか、どっちかがやってくれ」


 そう嵐田が言うと、赤川よりさきに平島が返事をした。

 俺は携帯を取り出し、平島とLINEの交換を行う。事務連絡用とはいえ、こうして女子高生と連絡先の交換を行えるのは気分がいい。

 しかし、なぜ嵐田本人がやらないのだろう。俺がそのことを平島に聞くと、平島は苦笑いを浮かべながら答えた。


「あっくんは大の機械音痴なんです。パソコンも携帯も使いこなせなくて、しかもすぐに壊しちゃうんですよ。ちょうど一昨日に携帯を壊してて、今携帯を持ってないんです」


 嵐田が咳ばらいをし、余計なことを言うなと平島を睨み付けた。


「機械も使いこなせないで、よく諜報活動なんてできるな」


 俺は嵐田に聞こえない声で平島にささやいた。


「まあ、赤川さんがあっくんの代わりに機械系を全部担当してくれてますし。それに、あっくんも機械音痴であることを除けばすっごく優秀な人なんですよ」

「ふーん」


 とりあえず、連絡先の交換も終わったので俺たちは帰ることにした。平島は玄関まで俺たちを送り、別れ際に「みなさんまた遊びに来てくださいね」と笑顔で手を振ってくれた。

 俺たちも平島に手を振り返しながら、嵐田ら三人が住むアジトを後にした。

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