平島の目的
放課後、俺は早川からの追求逃れるためもあって、急いで体育館横の踊り場に向かった。
こんなに早く、それも転校初日に平島ほのかが接触してくるなんて。それに、話したいことがあるから体育館横の踊り場に来てだと。こんな露骨な罠の仕掛け方が許されていいのか。もしかしたらやつらは俺がすでに平島の正体に気付いていることをわかっているのかもしれない。あるいは、あちら側は何か事情があって焦っているのかも。それにしても、もっと自然な呼び出し方をしてもよさそうなものなのだが。
俺が踊り場に着くと、そこには平島ほのかが何かメモのようなものを読みながら階段に座っていた。俺より先に着いていたらしい。平島は俺の姿に気が付くと、読んでいたメモを慌ててポケットにしまい、立ち上がった。
俺は平島に近づき声をかけた。
「えーと、転校生の平島だっけ。なんか俺に用? 多分、俺たち初対面のはずなんだけど……」
俺は念のため、平島の正体を知らない風を装った。平島は俺をまっすぐに見つめながら答えた。
「え、えっと。じ、実は、水前寺くんに言いたいことがあって……」
たどたどしく話す平島の様子に俺は少しだけ驚いた。工作員というものはもっと気高く、堂々としているといったイメージを持っていたからだ。しかし、このいじらしい仕草は平島の演技なのかもしれない。
「何? 言いたいことって?」
「えーと、その。わ、私、水前寺くんともっとお近づきになりたいんです!」
「はい?」
平島のストレートな物言いに俺は耳を疑った。転校初日の転校生が、一日も話したこともない、加えてさしてイケメンともいえない俺とお近づきになりたいだって?
平島は俺の目を必死に見つめながら聞いてくる。
「だ、だめですか?」
「いや、というよりなんで急にそんなことを言うんだよ……」
言葉に詰まる俺に対し、平島はさらに近づいてきて、突然俺の手を握った。突然の行動に俺は思わずどきっとしてしまう。
「と、とにかく。水前寺さんともっとお近づきになって……。それから、もっといろいろ水前寺さんのことを知りたいなぁ……って思って……」
平島は俺の手を握ったまま上へ持ち上げる。女子の手の柔らかく、温かい感触が俺の手に伝わってきた。
さらに平島は大胆にも、そのまま自分の顔を俺の顔に近づけ、さらに真剣な表情でじっと俺を見つめてきた。たとえ、これが工作活動の一環だとしても一端の男子高校生には刺激的すぎる展開であることには間違いない。
平島は十分にかわいらしい顔をしている。それに加えて、俺には知りようもないことだが、おそらく彼女は『印象操作』の魔術を自分にかけているのだろう。自分がより魅力的に見えるように。印象操作にかかれば、このような状況に抗える男はほぼいない。
正直、可愛い女子高生にこうして手を握られながら、迫られている状況をもっと楽しんでいたいという気持ちもないわけではない。しかし、平島は牧場風太郎と通じた人物なのかもしれない。そして、それとは別にさっきからあることが気になりすぎていた。
俺は意を決して平島に言い放つ。
「おい、平島」
「な、なんですか、水前寺くん……」
「やるなら、もっとまじめにやれ。さっきから耳が真っ赤っかだぞ」
平島は一瞬だけぽかんとしたが、俺の言葉の意味を理解するやいなや、握っていた手をほどき、慌てて俺から一歩分後ろへ下がった。
平島の顔がどんどん赤くなっていく。
「ななななな、何言ってるんですか、水前寺くん! 色っぽくて、大人びた私がそのくらいで、て、照れることなんてありえないですよ!」
どうやら平島ほのかは、俺に言い寄るにあたってそのようなイメージの印象操作を施していたらしい。実際の平島ほのかとは真逆のイメージ像を俺は少しだけおかしく思った。
「えーと、『印象操作』の魔術だっけ。その魔術は俺には効いてないっぽいぞ」
「え?」
「俺は別に魔術師なんかじゃないけどさ、ある程度の魔力量を持ってるみたいなんだ。使用した以上の魔力量を持つ人間には効かないだろ、その魔術って。」
「……ということは、さっきの私の言動を、水前寺くんは印象操作の補正なしで受け取ってたっていうことですか」
顔の赤らめ具合をさらに強めながら、平島は言った。
「まあ、そういうことになるな」
「ひどいっ! なんで先に言ってくれなかったんですか!?」
大した言いがかりだ。先ほどまで俺を騙そうとしていた人間の言葉とは思えない。
平島は顔を赤らめたまましばらく何も言えずにいたが、ようやく落ち着きを取り戻したようで、大きくため息をついた後ぽつぽつと独り言を言い始めた。
「はあ、せっかくあの二人を見返してやろうと思ったのに。初任務だからって理由で、張り切りすぎちゃったみたいです……。あっくんにはもっと時間をかけるようにって言われてたんですけど、私なりにもっと役に立ちたくって。二人に合わせる顔がないなぁ……」
「い、いやいや、大丈夫だって。平島なりに頑張ってやろうとしたんだろ? その、あっくん……? とかいう人もわかってくれるって」
なぜ俺がフォローしなければならないんだと思いつつも、ひどく落ち込む平島に対し、慰めの言葉をかけずにはいられなかった。
どうやら、今回の一連の行動は平島ほのかの単独行動によるものだったらしい。先ほど平島が見ていたメモは、おそらく俺に言い寄るためのセリフやらを書いたものだろう。俺に魔力がないという前提の下、平島なりに調査の迅速化を狙ってやったことなのだ。確かに、『印象操作』の魔術を使えば、ある程度の力技も可能だ。平島の作戦も一概に悪手とは言えない。結果は失敗ではあるが。
「とにかく、初任務だったんだろ? そりゃ、失敗しても仕方がないって。失敗を引きずるより、これから挽回することを考えなきゃ」
「でも、私の勇み足のせいでうまくいくはずの作戦も台無しにしちゃいましたし……」
「いやいや、平島の作戦もなかなかいい作戦だったと思うぞ!」
「ほ、本当ですか?」
「本当だって! 俺も後もう少しのところで騙されるとこだったなーなんて」
もちろん嘘だ。しかし、平島は俺の言葉を信じたようだった。
「そ、そうですよね、水前寺くん! やっぱり私の作戦も間違ってなかったんですよね。水前寺くんが魔力持ちじゃなかったら、成功してたはずですし! むしろ、あっくんの作戦の方が守りに入りすぎてて、つまらなすぎるんですよ!」
そこまで言うかとも思ったが、黙ったままでいることにした。綿密に立案した作戦をつまらないと平島に一蹴されたあっくんとやらを不憫に感じる。
ありきたりな励ましでもなんとか元気づけることができたようで、平島はいつの間にか調子を取り戻していた。平島はコホンと咳ばらいをして、俺の方へ再び向き直った。
「では、改めてお願いします。水前寺くんの知っている情報を教えてください」
「……すまん、無理だ。さっきの失敗はまた別の方法で挽回してくれ」
「ええっ! さっきあんなに励ましてくれたじゃないですか。男らしく責任取ってください。手ぶらのままじゃ私、家に帰れないですよ」
平島は必死に俺に訴えかけてくる。
確かに平島には同情はするが、かと言って工作にぬけぬけと協力するほどお人好しではない。あっくんとか言う人物は、おそらくあの黒服二人組のうちの一人だろう。平島が悪いやつではないことは確かだが、背後にいる二人もそうであるとは限らない。
「とにかく、だめだ。お前らに、神力の情報を与えるわけにはいかない」
「神力? 何を言ってるんですか、水前寺くん。私たちは、別にそんなもの探してないですよ」
平島の言葉に俺は一瞬耳を疑った。
「じゃあ、何しにお前らはこの町に来たんだよ」
「牧場さんです。私たちは牧場風太郎を捕まえるために、この町にやってきたんです」
「ま、牧場!?」
突然の俺の声に、平島はびくっと体を震わせる。
「や、やっぱり水前寺くん、牧場さんを知ってるんですね?」
「あ、ああ、知ってるよ。いや、待て。確か牧場はお前らの組織の人間じゃないのか? 捕まえるって、いったい?」
俺の質問に対し、平島は歯切れの悪い口調で語り始めた
「牧場さん、一か月ほど前に突然行方をくらましちゃったんですよ。それも、組織にある重要な書類やらを勝手に持ち出して。だから、組織では指名手配されているんです。そして、牧場さんがこの町にいるっていう情報をつかんで、私たちがここに送り込まれたっていうわけなんです」
「な、なるほど」
牧場風太郎がこの町に入ることも驚きだったが、まさか平島と黒服二人組が牧場を捕まえようとしているなんて。
そういえば、牧場は先月、組織には神力のことをあまり正確に教えていないということをほのめかしていた。組織側も、牧場という人物を警戒はするものの、牧場が追っている神力の価値を正確には理解していない、また興味もさほど持っていないのだろう。
そして、組織が神力を追っていないというのならば、この平島たちと協力しない理由は見当たらない。俺や霧江さんだって、牧場をどうにかしたいと思っているのだから。
「……事情が変わった。牧場について俺の知っていることを話す」
「ど、どうしたんですか? 急に」
「いや、俺も牧場風太郎にいろいろとひどい目にあわされたしな。そんなやつがこの町にいるっていうのは気になる。まあ、俺が知っていることなんて少ないが、とにかく、そのあっくんとやらと話がしたい」
「協力してくれるんですね、水前寺くん!」
俺の突然の心変わりに驚きつつ、平島は俺の協力的な態度に喜んでくれた。その調子のまま平島は元気よく俺に笑いかけた。
「じゃあ、早速行きましょう!」
「行きましょうって?」
「決まってるじゃないですか! 私の家にですよ! あっくんと赤川さんがそこにいるんですから!」




