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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
第二章
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霧江さんの願い事

「わ、わからないって?」


 ウリエルが問い詰める。


「タイムリープしたいってお願いしたわけじゃないことは確かなんだけど。忘れちゃったっていうか……。それにもう願い事なんて気にしてないの。未来に来れただけでもなんだか満足しちゃったし」

「できれば何を願ったのかを思い出して欲しいんだけど」


 霧江さんは眉をひそめて黙り込んだ。願い事の内容を思い出そうとしているのかもしれない。そして、しばらくしてから霧江さんは恐る恐るつぶやいた。


「確か、何かを見たいっていう内容だったような」

「何かって?」

「思い出したかも。もう死んじゃったおじいちゃんが私に話してくれたんだよね。以前に何か赤くてきれいなものを見て、とっても感動したっていう話を。神酒を飲み終わった時に急にそのことを思い出しちゃって……。咄嗟におじいちゃんが見たものを私も見たいって願ったような」


 赤くてきれいなもの? 俺は首を傾げた。

 なんでその願い事が霧江さんのタイムリープにつながるのだろう。しかし、神力が理由もなく人間を一人未来に飛ばすとも考えられない。なにかしらの意味がそこにあるはずなのだ。


「赤くてきれいなものねぇ。何か心当たりがあるか?」


 ウリエルは首を横に振った。


「思い当たるというか、あまりに漠然としていてな」

「そうだよね。赤くてきれいなものって言ったってわかんないよね」


 霧江さんが何か答えをひねくりだそうとする俺たちを見てつぶやいた。しかし、その口調は残念がるようなものではなく、もっとあっけらかんとしたものだった。


「まあ、そんなわけだし。二人がそんな必死になって考えなくても……」

「でも、霧江さんがわざわざ神力にお願いしたことなんでしょ?」

「う、うん」


 霧江さんがうなづいた。 

 一生に一度しかない神力へ願い事をする機会に霧江さんがわざわざそのような願い事を選択したんだ。急に思いついたからとはいえ、その赤くてきれいなものは霧江さんにとって大事なものなのかもしれない。

 俺は大きくため息をついた。

「探してみますか、その赤くてきれいなものってやつを」

 俺の言葉に霧江さんが驚きの表情を浮かべる。


「えっ? なんでそんなわざわざ」

「せっかくその願い事のためにこの時代に来たんでしょ。買い物やら何やらを楽しむのもいいですけど、願い事を叶えないまま帰るのもよくないですよ。それに、現代の霧江さんが帰ってくるのは明々後日の朝だし、それまでの間なら協力しますよ」


 ウリエルも俺に同意した。


「水前寺の言う通りだ。未練を残したまま過去に帰ったら後悔するかもしれないしな。それに神力だって意地悪ではないだろうし、手がかりがほとんどないっと言っても探せばすぐに見つかるかもしれない」


 霧江さんは俺たちを交互に見つめた後、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう! 愁斗くんとウリエルちゃんって優しいんだね!」

「ただおせっかいなだけですよ。とりあえず明日からでも調査をしなくちゃ……」

「あ、でも。せっかく未来にやってきたんだから明日は目いっぱい遊んでみたいかも」


 霧江さんの言葉に俺はがっくり肩を落とす。この話しぶりからすると、その赤くてきれいなものとやらも本当はそれほど大事なものではないのかもしれない。


「まあ、願い事については後でゆっくりと考えればいいだろう。もうだいぶ日が暮れてきた。とりあえず今日は解散した方がいい」


 あたりを見渡すとすっかり周囲が暗くなっていた。家事を手伝わなきゃいけないし、俺もそろそろ帰らないといけない。

 霧江さんは霧島家の母屋で寝泊まりすることになった。霧島家が旅行で出かけているので都合がいい。それを聞くやいなや霧江さんは未来の私の家を見てみたいと言ってウリエルを置いて先に母屋に走っていってしまった。

 ウリエルに別れを告げ、俺も帰ろうとした。しかしふと現代の霧江さんが最後に言ったセリフを思い出し、それについてウリエルに尋ねてみることにした。


「そういえば霧江さんが言ってたんだけどさ。もし過去から来た霧江さんの身に何か起こったら、現代にいる霧江さんとか由香に何か異変が起こるかもしれないとかなんとか」

「まあ、そうなるだろうな」


 ウリエルは意外にもあっさりと返事を返した。


「やっぱそうなるの?」

「もし霧江さんが現代で殺されたり、あるいは過去に戻れなくなったりした場合、現代の霧江さんは存在しなくなってしまうからな。もちろん由香だってその存在が消えてしまう」

「あんまり物騒なことを言うなよ」

「事実を述べただけだ。実際、やろうと思えば歴史を変えられるはずだ」


 ウリエルのきっぱりとした態度に俺は何も言えなくなってしまう。

 確かにこれから霧江さんの身に何が起こるのかなんてわからない。殺されたりすることはさすがにないだろうが、何らかの原因で霧江さんが過去に帰れなくなってしまうことはありえるかもしれない。しかし、それもあくまでひょっとしたらの話に過ぎない。


「まあ、別にそうだとしてもそれほど気にする必要はないか。普通に過ごしていれば何か事件に巻き込まれるっていうわけでもないし」

「いや、そういうわけにもいかないかもしれないぞ」

「なにがだ?」

「忘れたのか? ついさっき、お前が話したばかりだろう。今日学校の近くで、牧場の部下だった黒服二人組を見たと」


 俺は思わず声をあげる。

 そうだ。すっかりやつらの存在を忘れていた。


「もしそいつらが牧場と同じように神力を狙っているとしたら、二十年前の霧江さんに何かしてきてもおかしくないな。それに牧場風太郎だってまだこの近くにいるかもしれない」


 その通りだ。あいつらもまさかタイムリープなんてことが起きているなんて思いもしないだろうが、もしばれてしまった場合、神力の生きた証拠として二十年前の霧江さんを狙ってくるかもしれない。特に牧場なんて躊躇なくやってのけるだろう。二十年前の霧江さんはまだ現代の霧江さんと違って神力と契約していないのだから、自分の身を守る術もない。


「しかし、だ」


 考え込む俺にウリエルが肩をすくませながら言った。


「霧江さんは明々後日に帰ってくる。たった三日だ。そこまで気負わなくていいだろう」

「まあ、確かにそうだな」

「慎重になるのもいいが、なりすぎるのもよくない。とりあえずはその黒服二人組と魔術式を書いていたし女の子のことは頭の片隅にとどめておくだけでいいだろう」


 ウリエルの言葉に俺は納得してうなづいた。少しばかり心配のしすぎだったのかもしれない。

 俺はウリエルに別れを告げ霧島神社をあとにすることにした。

 そうだ。二十年前の霧江さんが現代にいるのは三日間だけ。その短い間にやつらが霧江さんの正体に気付くことなんて考えられない。むしろ、この三日の間に彼らと接触することすらないかもしれない。俺は自分でそう言い聞かせながら帰り道を歩いて行った。

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