タイムリープ!?
「そういえば、今年だったわねぇ」
携帯電話越しに霧江さんはのほほんとした口調で言った。
「そんなのんきに言わないでください。こっちはめちゃくちゃ混乱してるんですから。それで、あの子は霧江さん本人に間違いないんですね」
「そうよ、愁ちゃん。私が保証してあげる。そこにいる女の子は正真正銘の霧島霧江。えーと確か、二十年くらい前の私じゃないかな?」
俺はもう一人の霧江さん、つまり二十年前の霧江さんの方を見た。彼女は先ほどからウリエルと色々と話し込んでいる。
まさか、本当にあの女の子が霧江さん本人だったとは。雰囲気や容姿もあまり似ていない。改めて観察してみても、彼女が霧江さんだとは到底信じられなかった。
「というか、霧江さん。なんでこのことを前もって言ってくれなかったんですか」
「私自身、どの年に来たかなんて忘れちゃってたし。それに……」
「それに?」
霧江さんはそこで一呼吸を入れた。
「知らないままの方がサプライズ感があって楽しいじゃない」
霧江さんの笑い声が聞こえてきた。相変わらずマイペースで、どうもこちらの調子が狂う。
どうやら霧江さんは少女時代にタイムリープをした経験があり、その時の記憶を持っているらしい。しかし、その時俺の頭にある一つの疑問が浮かんできた。
「ということは、霧江さん。俺とウリエルのことも、霧江さんはずっと前から知っていたってことですか?」
「もちろん。だから、本当に愁ちゃんが生まれてきた時とか、ウリエルちゃんが家に来た時は嬉しくてしょうがなかったんだから」
俺はウリエルを霧島家に初めて連れていった時のことを思い出す。
―――もちろん家でよければ泊まっていってちょうだい。困ったときはお互い様だもの。よろしくね、ウリエル・ソートハントちゃん
あの時、霧江さんは俺や由香が紹介していないにもかかわらず、ウリエルをフルネームで呼んだ。つまり、その時にはもう霧江さんはウリエルのことを知っていたということだったのか。
ひとまず回想は置いて、続けて俺は霧江さんに質問をぶつける。
「とりあえず、タイムリープをすることになった理由について教えてくださいよ」
「それは簡単よ、愁ちゃん。神力にお願いしたの」
「やっぱり」
俺はため息をつく。
「霧島家ではね、次代神主がやらなきゃならない形式的な儀式があるの。まあ、儀式って言っても、そんな仰々しいものじゃないんだけど。儀式の内容はというとね、代々伝わる神酒を飲んだ後、当代神主が神力の封印を一時的に解いて、その短い間に次の神主候補が一つだけお願いをするというものなの。もちろん、そのお願いだって好きにしていいっていうわけじゃなく、内容が大体決まってるの。神社の安寧だとか、町の平和だとかそんな感じで。
だから、神力に願い事をすると言っても、あまりにも内容が抽象的なもんだから、それが実際に叶えられるわけじゃないの。それに、ウリエルちゃんが言うには、願い事が叶えられるかどうかは願った人の魔力量とやらに縛られるっていう話だしね。だから、過去にも言いつけを破って、自分の願い事をした人もいるだろうけど、結局その願いは叶えられなかったっていうわけ」
「……ということは、霧江さんはその儀式の際に言いつけを聞かずに自分のお願い事をして、さらに偶然にも、その願い事を叶えるだけの魔力量をもっていたということですか」
正解、と霧江さんは嬉しそうに言う。
それにしても、霧江さんが俺たちと同じように魔力を持っているなんて驚きだった。いや、霧島家は神力を代々守るために作られた特別な家系らしいし、もしかしたら魔術の才能を持った人間が霧島家の初代だったのかもしれない。ウリエルも魔術が使えるかどうかに、少しだけ遺伝が関係していると言っていたような。そう考えれば、霧江さんに魔術の才能があったとしても不思議ではない。霧島由香には魔力が受け継がれなかったみたいだが。
「私だって、まさかタイムリープするなんて思ってもなかったのよね。神力なんてその時はまだ信じていなかったし、それに願い事の内容だってこの時代に来てみたいっていう内容じゃなかったし」
「ちょっと待ってください。そしたら、霧江さんはなんてお願いしたんですか」
「それは……。フフフ、そこにいるもう一人の私に聞いてみて。私の口からは言ってあーげない」
「……」
「やだぁ、愁ちゃん。機嫌を損ねないでよ。とにかくね、私たち明々後日の朝には帰る予定だから。帰ってきたら私が封印を解いて、もう一人の私に過去へ帰ってもらいましょ」
「今こっちにいる霧江さんは封印を解くことってできないんですか?」
「もちろん、封印は解けるわよ。でも、封印をかけるのはまだできなかったはずなのよね。先月のこともあるし、神力の封印を解除したままにするのもちょっと怖いから」
霧江さんが言う先月のことというのはもちろん、あの牧場風太郎が絡んだ事件のことだ。
神力を虎視眈々と狙う人物がいる以上、霧江さんがいない状態で神力の封印を解くことは避けた方がいい。
「確かにそうですね。じゃあ、とりあえず霧江さんが帰ってくるまで待っていればいいと。まあ、霧江さんとこうして話ができている以上、これからこっちの霧江さんに危ないことが起きるというわけでもなさそうですし」
「それはわからないわよ、愁ちゃん」
「どういうことですか?」
俺は霧江さんの意外な返答に驚きつつ尋ねた。
「私の記憶通りの出来事が起きるとは限らないと思うの。私も一回しかタイムリープを経験してないから確証があるというわけではないんだけど、歴史っていうものはもしかしたら簡単に変わってしまうかもしれないじゃない。だから、もしそっちにいる私の身に何か起こった時、もしかしたら今の私とか、あるいは由香や愁ちゃんにだって何かしらの変化が起こるのかもしれない。ひょっとするとこうして話をしている間にも、私たちが気が付かない所で歴史が変わってしまっているのかも」
突然真剣な口調に変わった霧江さんに俺は思わずたじろいでしまう。
「や、やめてくださいよ霧江さん。そんな急にSFチックなことを言われても」
「あ。由香が戻ってきたから、もう電話を切らなくちゃ。まあ自分で言っといてなんだけど、そこまで心配する必要もないから。とにかく、そっちの私をよろしくね。ウリエルちゃんにもそう伝えて。じゃあ、お土産をお楽しみにー」
そう言い残すと、霧江さんは一方的に電話を切ってしまった。
まだまだ聞きたいことがあったが、霧島家の旅行の邪魔をするのも申し訳ない。とにかく霧江さんが帰ってくるまで、平和に過ごしておけばいい話なのだ。歴史の改変とか大それたものを気にかける必要もない。
俺はウリエルたちのもとに近づき、彼女たちにさっき俺が霧江さんから聞いたことを要点だけまとめて話した。
「やはり神力が関係していたか」
ウリエルは納得した様子でうなづいた。
「おいおい、人間が一人タイムリープしてんだぞ。もうちょっと驚いてもいいじゃないか」
「……これでも、十分驚いている。すでに魔術の三大悲願のうちの一つを一か月前にやってのけたという実績はあるしな」
魔術の三大悲願とは、一つ目が、無から有を生み出すこと。二つ目が、タイムリープ。そして最後が、他者の人格を自分の都合の良いように変えてしまうことだ。最後の悲願については、一か月前に俺の願い事として実現されている。そのせいで由香が吐血する騒ぎに発展し、さらにそこを牧場につけこまれるという結果を生んでしまった。
しかし、ウリエルの言う通り、これで神力は魔術の三大悲願のうち、二つをやってのけたことになる。
「とにかく、こっちの霧江さんにはもう事情は聞いたのか?」
「それがだな」
ウリエルの言葉を遮るように突然霧江さんが会話に割って入ってきた。
「初めまして、水前寺愁斗くん。こっちのウリエルちゃんから話はよーく聞いたから。せっかく何かの縁でお知合いになったんだから仲良くしましょ!」
そういうと霧江さんはいきなり俺の手を握った。あまりの唐突さに俺は驚きを隠せなかった。
「えっと、霧江さん? 自分の置かれた状況を理解してます?」
「当たり前じゃない! 私って未来にタイムリープしちゃったんでしょ! いわゆる時をかける少女ってやつ!?」
霧江さんは目を輝かせながら答えた。
自分の置かれた状況をきちんと理解したうえでのこのはしゃぎよう。現代の霧江さんの話では確か、この時代に来ることを神力にお願いしたわけではなかったらしい。普通ならもっと慌てふためくものだと思うのだが。
そんな俺の思いとは裏腹に霧江さんは嬉しそうな表情で言葉を続ける。
「まさかお父さんが言ってた神力ってのが本物だったなんてね。てっきり冗談だと思ってたのに。でも、せっかくこの時代に来たからには思う存分楽しまなきゃ! いろんなとこにいったり、買い物したり!」
「霧江さん、落ち着いてください。普通、神力なんて馬鹿げたもの信じませんよ」
「いいじゃない、別に馬鹿げたものでも何だろうと。こうしてタイムリープなんて経験ができたんだから。気にしない気にしない。いや、むしろ感謝してるって感じかも!」
「……霧江さんって確か、O型でしたっけ」
正解、と霧江さんは笑いながら答えた。俺は天真爛漫な態度を見て、目の前の少女が本当に霧島霧江本人だということを確信する。やはり二十年前以上とはいえ、根っこの部分は同一人物だということだろうか。
会話のペースを乱されている俺を見かねて、ウリエルが霧江さんに質問を投げかける。
「とりあえず、願い事の内容を聞かせてくれないか?」
「願い事?」
ウリエルの言葉を霧江さんが反復する。
「霧江さんが神力にした願い事のことだ。タイムリープを願ったわけでもないのにこの時代にやってきた理由が気になるからな」
「ああ、そのことねぇ」
先ほどまで元気よくしゃべり続けていた霧江さんが急に歯切れ悪く答えた。
俺とウリエルがその様子を不審げに見つめると、霧江さんは困ったような表情を浮かべた。
「それがね、自分でもよくわからないの」




