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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
第二章
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魔術式、そして神力の原則

 タイ焼きを二人で食べた後、俺は妹を先に家に帰らせ、そのまま霧島神社に向かった。

 長い階段を上り境内に入ると、そこには竹ぼうきを持って落ち葉を掃くウリエルの姿が見えた。俺が近づくとウリエルは顔をあげ、不思議そうな表情を浮かべた。


「どうしたんだ水前寺。こんな時間帯に来るなんて珍しいな。なにか用事でもあるのか」

「あ、ああ。ちょっと聞きたいことが……」

「言っておくが霧島家は今いないぞ。旅行中だ」

「旅行中?」


 ウリエルが言うには、霧島家は今、霧江さんが商店街の福引で当てた温泉旅行券を使い、家族総出で出かけているらしい。ウリエルも誘われたがさすがに家族水入らずの旅行を邪魔するわけにもいかず、留守番という形で家に残っているそうだ。そう言えば、親父がそんなことを言っていたような気がする。平日のど真ん中に旅行なんて羨ましい限りだ。

 しかし、俺の用事は霧島家にではなくウリエルにある。

 俺は今日登下校中に見たことを話した。一か月前、俺の神力の願い事に巻き込まれた黒服の二人組。大通りにしゃがみ込み、チョークで地面に何かを書く少女。少女が残した、不思議な落書き。

 俺の話を聞き終えたウリエルは手をあごにやり、真剣な表情を浮かべた。


「あの牧場の部下か。確かに、そいつらがこの町に来た理由は気になるな」


 牧場風太郎。

 一か月前、神力を求めてこの町にやってきた男。自分の目的のためなら手段を選ばないやつで、実際、俺とウリエルは手りゅう弾によってやつに殺されかけた。霧江さんの存在もあってギリギリのところで追い払えたものの、神力を手に入れるためにきっと再び現れるに違いない。一か月前の牧場は、黒服の二人組が自分の監視役としてついてきただけに過ぎないと言っていたが、今現在どうなっているのかは不明だ。


「今は神力を扱える霧江さんもいないからな。封印がしてあるからと言っても、安心はできない。ところで、その二人組と一緒にいた女が書いてた落書きとはどういうものだ?」

「ああ、それか。なんか、アルファベットとか数字に似た記号がびっしりと何行も書かれてあって……」

「やはりな」


 俺が最後まで言うのを待たず、ウリエルは一人でにうなづいた。


「何なんだよ」

「見なくてもわかる。それは魔術式というやつだ。おそらく、その少女は牧場がいた組織に所属する別の魔術師だろうな」

「……魔術式?」


 俺は胡散臭そうなその単語に眉をひそめる。

 ウリエルはそんな俺の様子を気に欠けることもせず、「実践してみるのが早いだろう」とだけ言って、竹ぼうきの棒部分で土に何かを書き始めた。

 待つこと十分。ウリエルは魔術式とやらを書き終えたようで、顔をあげ俺の方を向いた。

 俺はウリエルが地面に書いたものを見る。確かにそれは今日俺が通りで見た落書きと同じ形式、同じ文字で書かれていた。違いといえば、文字の上に大きく十字架が書かれていないことくらいだろう。


「さて、水前寺。私は、以前お前に『物質移転』の魔術を見せたな」

「ああ」


 『物質移転』の魔術。手に持った、軽くて小さいものを瞬時に違う場所へ移動させる魔術。ウリエルは十円玉を使い、手品に見立てて実践して見せた。


「単なる『物質移転』では、移転できるものに限りがある。私が今持っている竹ぼうきは十円玉と比べても重くて大きい。単なる『物質移転』の魔術で竹ぼうきを移動させることは難しいだろう。そこで、魔術式の出番というわけだ」


 ウリエルは、先ほど書いた魔術式に目を向ける。


「これは、『物質移転』の魔術式だ。この上に竹ぼうきを置くとだな……」


 俺が見つめる中、ウリエルは竹ぼうきを魔術式の上に落とした。すると、地面に着地した瞬間竹ぼうきは一瞬にして消えてしまった。

 驚く俺に、ウリエルは用具箱入れを見てみろと言った。言われた通り俺がその中をのぞいてみると。そこにはさっきまでウリエルが持っていた竹ぼうきが収まっていた。


「これが魔術式の効果だ。簡単に言うと、魔術式は魔術を使う際の補助の役割を果たすんだ。複雑な魔術であれば、魔術式を使わないと実行できない。魔術師の力量にもよるがな」

「魔術は大したことができないとか言ってたわりに、こんな便利なことができんのかよ」


 俺は竹ぼうきをしげしげと見つめながら言った。


「毎度期待を裏切るみたいで申し訳ないんだが、実はこの魔術式も、それほど大したものではない。試しに、竹ぼうきを持ったまま魔術式の上に乗ってみてくれ」

「え? 俺がこの上に乗れば、俺も用具入れの中に移動しちゃうんじゃねぇの?」

「そうはならない」


 俺はウリエルの言葉に戸惑いながらも、竹ぼうきを持ったまま魔術式の上に立つ。

 その瞬間、俺が持っていたはずの竹ぼうきが消えた。しかし、俺には何の変化もない。俺は確認のため用具箱を開けてみた。するとそこには、さっきまで俺が持っていた竹ぼうきが収納されていた。


「わかったか? その魔術式はその竹ぼうきにしか効果が現れないんだ。それ以外、すなわちちりとりとかごみ袋には適用されない。さらに、だ。この魔術式は重さも移動距離も大したことなかったからこれだけ簡単に書けたが、もっと重いものをもっと遠くに運びたいとなると、その分式も複雑になってしまう。人間を遠くへ移転させるとなれば、倉庫一つ分のスペースが必要となるかもな」


 なるほど。俺はウリエルの説明を聞き、魔術式が言うほど便利ではないことが理解できた。竹ぼうきを用具入れに仕舞うためだけに、十分の時間をかけて式を書いたんだ。普通に自分で片付けた方が何倍も楽に決まってる。


「魔術式はむしろ、罠を張ったりする際に使われることが多い。その魔術師が書いていた魔術式もその類のものだろう。その式の効果はわからないが、上に立たなければ何も起こらない」

「なるほどな。まあ、問題はなんでそんな罠を張ってるかなんだけどな」

「神力を狙うにしては少し間接的すぎる。正直、私も見当がつかない。とにかく今は様子を見ておくだけでいいだろう」


 やつらも、牧場と同じように神力を狙っているのだろうか? 確かに、神力にはそれだけの力がある。会社ぐるみで狙いに来ても、何ら不思議ではない。

 俺は神力の力を目の当たりにした、一か月前を思い出す。ウリエルと黒服の男どもが突然、違う場所から現れたあの時のことを。

 そして、俺は前々から疑問に思っていたあることを思い出した。


「そういえば、なんであの時、黒服の二人組だけが瞬間移動して、牧場だけはその場に置いてけぼりにされたんだろう」

「ああ、それはだな。おそらく、神力が行使される際の原則に従っただけなんだろう」

「なんだよ、原則って?」

「前も言った通り、神力はすべてを可能にする力だ。となると、ある願い事を実現するための手段が何通りもあった場合、そのすべての方法で願い事を叶えることができるということになる。例えば、神力にリンゴが一個欲しいと願ったとしよう」

「随分、かわいらしい例えだな」


 俺が合いの手を入れると、ウリエルはコホンと恥ずかしそうに咳ばらいをした。


「わかりやすくするためだ。いちいちあげ足をとるな。とにかく、神力の手にかかれば、リンゴを一個調達する手段などいくらでもある。近所のスーパーに置いてあるリンゴを瞬間移動させたり、あるいは、何もないところからリンゴを生み出したり。そこの土からリンゴの木を生やすことだってできる。

 ではその際、神力はどの手段を取るのか。証明されたわけではないが、おそらくはあらゆる手段の中で、最もコストのかからない方法を取ると言われている。願い事をした人間の魔力量という制限があるのだからな。そうだな……。この霧島神社の神力にリンゴが欲しいとお願いをしたとすれば、おそらく母屋にあるリンゴが一個くすねられることになるだろうな」


 ウリエルの説明はなんとなく俺にも理解できた。わざわざ、一番手間のかからない方法を取ってくれるなんて神力は意外に人がいいと俺はぼんやりと考える。


「そして、だ。牧場が置いてけぼりにされた理由だがな。おそらく、牧場の魔力量が多かったせいだろう。前に言った、抵抗という概念を覚えているか? 『印象操作』の魔術が、使用した分より多い魔力を持つ人間には効かないとかいう、話だ。神力と魔力でまったく同じ作用が働くとすれば、魔力をある程度持つ人間を移動させるのは、魔力を持たない人間を移動させるのと比べてコストがかかりすぎる。神力が黒服二人組だけでもお前の願い事を叶えるのに十分だと判断するなら、牧場をわざわざ瞬間移動させる手間はかけないだろう。……まあ、お前の願い事の内容がわからない以上、なんとも言えないがな」


 ウリエルは俺の方をもの言いたげな目で見つめてくる。

 俺が中学生時代にした願い事。黒歴史とも言える願い事の内容を、俺はまだ霧江さんにもウリエルにも言っていなかった。もちろん、理由は明確だ。そんな恥ずかしい過去をぶちまける勇気など俺には持ち合わせていない。

 俺はウリエルの追求するような目をかわしつつ、質問を続ける。


「牧場の場合はわかった。でも、お前にもそれなりの魔力量があるんだろ? なんでお前が神力に瞬間移動させられたんだ? 別に他の女の子でもよかったはずじゃあ」

「だから、お前の願い事がわからないと答えようがない。まあ心当たりがないわけでもないんだが……」

 ウリエルは言葉を濁した。

「なんだよ、心当たりって?」

「実はだな。……一か月前にお前と初めて会った時、とっさに嘘をついてしまった事柄があってな。覚えているか? 瞬間移動する前にはこの町を散策していたと、私が言ったのを」


 俺は黒服の二人組から逃げきった後にした、ウリエルとの会話を思い出す。


「ああ、確かに言ってたな。町を歩いていて、気が付けば地面に倒れていたって」

「気が付けば地面に倒れていたというのは本当なんだがな。実はその前、私は町を歩いていなかったんだ」

「じゃあ、何をしてたんだよ」

「魔術式を書いていたんだ。『物質移転』を応用した魔術のな。そして、その魔術を使ってこの町に来るつもりだった。魔術式の上に立ったことまでは覚えている。そして、気が付けば地面に倒れていたというわけだ。だから実は最初、自分はお前の神力ではなくて、自分の魔術で瞬間移動したと思い込んでいたんだ。まあ、そのせいで水前寺が神力に関係していると気づけなかったんだが……」


 ウリエルは悔しそうな表情を浮かべる。

 そういえば、この霧島神社で牧場と対峙するまでウリエルは黒服の二人組が突然現れたという事実を知っていなかった。ウリエルがそれをもっと早く知ってさえすれば、牧場に対してももう少しうまく立ち回れたのかもしれない。

 しかし、俺はそこで一つの疑問が浮かんだ。

 先ほど、ウリエルは魔術式を使うことが、多くの場合において非効率であることを説明した。竹ぼうきを移動させるのに、わざわざ魔術式を使う必要はない。自分で片付ければいい話だ。しかし、ウリエルは自分の身体を移転する魔術式をわざわざ作り、それを使ってこの町に来ようとしていた。なぜ?

 魔術式の複雑さは竹ぼうきを移転させるのに必要な魔術式とは比べ物にならないだろう。電車や車を使った方が効率的だ。それでも、ウリエルは魔術式を使ってこの町にやってくる必要があった。その理由とはいったい。

 ウリエルは俺の考え込む様子に気付かないまま説明を続ける。


「これはあくまで私の仮説だが、私をこの町へ移転させようとしていた魔術を神力が利用したんじゃないだろうか。私が魔術に消費した分の魔力を、神力が願い事にかかるコストを最小にするために役立てたということだ。そうすれば、魔力量が多い私が神力に選ばれたということに一応の説明が……。どうしたんだ、水前寺? いきなり黙り込んで」


 ウリエルは俺の様子にようやく気付いたようで、怪訝そうな顔で俺を見つめる。

 この際ウリエルに俺の疑問をぶつけてみよう。そう思い、その疑問を口に出そうとしたその時だった。俺は霧島神社本殿の前で、俺と同じ年くらいの女の子が一人で立ちつくしていることに気が付いた。


「あれ、あそこにいる人って……?」


 ウリエルも俺の見つめる方向を見た。


「参拝客だろう。話に夢中で来ていたことに気が付かなかったな」


 確かに神社にやってくる人間はほとんどが参拝客だ。しかし、俺がここにやってきたときにそんな女の子はいなかった。それに俺とウリエルは鳥居と本殿を結ぶ通路のど真ん中で話し込んでいた。神社への入り口が一つしかない以上、俺たちがその少女の来訪を気が付かなかったということはありえるのだろうか。

 俺とウリエルが見つめていると、少女もこちらに気付いたようで、俺たちの方に駆け寄ってきた。少女は爽やかさを感じさせるショートヘアをしており、どこか垢ぬけた雰囲気を漂わせていた。少女は俺には目もかけず、ただウリエルをじっと不審げな目で見つめた。

 ウリエルもその唐突な少女の行動に若干困惑しているようだ。


「あなた誰? 巫女服なんか着てるけど。見たことないなぁ」


 少女は首をかしげながら、ウリエルに話しかけた。


「私は一か月前からここで住み込みのバイトをさせていただいているものなんだが……」

「え? うちはバイトなんて雇ってないはずだけど?」


 少女は困惑したようにつぶやく。

 俺とウリエルは互いに顔を合わせた。互いに言いたいことは同じだっただろう。この少女はいったい何を言っているんだ。

 俺は何も言えないでいるウリエルに代わって、少女に話しかけた。


「いやいや、混乱するのはこっちのほうだって。こいつは一か月前から霧島家でお世話になってるの。一か月以上、ここに来てないなら知らなくても当然だろ? それになんだよ、“うち”って」

「そっちの方こそ何言ってるの? 私の家でこの人をお世話しているだなんて、聞いてないし」


 俺は一層混乱を深める。


「ま、待ってくれ。なんかさっきから自分が霧島家の人間だっていう話しぶりをしてるぞ」

「私はれっきとした霧島家の人間なんだけど?」


 俺は自分の耳を疑った。隣を見ると、ウリエルも俺と同じく理解が追い付いていないことが見て取れた。

 少女はそんな俺たちに追い打ちをかけるかのように、次のような言葉を俺たちに言い放った。


「私は霧島家の長女、霧島霧江です。君たちの方こそいったい何者なの?」

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