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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
第一章
19/95

霧島霧江

 霧江さんは、突然自分に向かって走り出してきた俺を見て、何が何だかわからない様子でいる。俺は霧江さんの真上を見上げた。そこには、思った通り、落下していく丸い物体が確認できた。

 手りゅう弾だ。

 牧場は、俺が霧江さんを助けにいくことを見越したうえで、手りゅう弾を霧江さんの上空に『物質移転』させたのだ。おそらく、地上からの距離は、俺が霧江さんのもとにたどり着くかギリギリの時間にちょうど手りゅう弾が地面に着弾するよう合わせてあるに違いない。

 牧場にとってもそれはある種の賭けだっただろう。もし俺が霧江さんを見捨てられるほど冷酷だったなら、あるいはそうでなくとも、霧江さんの方へ駆けだすことを少しの間でも躊躇したならば牧場の計画は成功しない。しかし、だ。牧場の賭けは見事に成功した。ものの見事に俺は牧場に踊らされてしまったのだ。

 俺は叫びながら、霧江さんのもとへ走る。後ろからは、ウリエルの悲鳴にも似た声が聞こえてくる。

 俺はようやく霧江さんのもとにたどり着いた。しかし、もう着弾まで時間が残されてない。

 俺は霧江さんを抱きしめると、力の限り地面を蹴って、前方へジャンプした。そして、そのまま俺が霧江さんに覆いかぶさるようにして地面に倒れこんだちょうどその時。

 後ろから、コトッという、何かが地面に落ちる音が聞こえた。

























俺は恐る恐る目を開けた。

 目の前には霧江さんの顔があり、ちょうど俺と霧江さんは見つめあう形になっていた。 俺は目の前の霧江さんの顔をじっと見つめる。しかし、その顔はまさしく俺が良く知る霧江さんの顔で、怪我や火傷があるわけではない。


「やだ、愁ちゃん。そんなに見つめないでよ」


 俺は霧江さんに馬乗りになっていることに気付き、慌てて起き上がった。自分の身体を確認してみるが、土と汚れがついているだけだ。それに痛みも感じない。真後ろを振り返ると、そこには立ち尽くす牧場とウリエルがいた。

 しかし、俺はすぐにあることに気付く。肝心の手りゅう弾が見当たらないのだ。地面に倒れこむ時、手りゅう弾が地面に落ちる音を確かに聞いたはずなのに。それなのに、なんで俺は生きてるんだ? 


「何探してるの、愁ちゃん?」

「しゅ、手りゅう弾が……」

「ああ、なんだ。手りゅう弾なら、ほらここに」


 俺が振り向くと、そこには霧江さんが右手に手りゅう弾を握りながら、立っていた。俺は突然目の前に突き付けられた手りゅう弾に、思わず一歩後ろへ退く。


「な、なんで霧江さんが!? っていうか、危ない!」

「大丈夫大丈夫。これはもう爆発しないから」


 俺のおじけづいた様子がおかしかったのか、霧江さんは楽しそうに笑う。

 爆発しない? つまり、手りゅう弾は偽物だっていうことか? あの牧場が用意した爆弾にもかかわらず?

 混乱する俺のもとに、ウリエルが駆け寄ってきた。しかし、ウリエルも俺と同じくらいに状況が理解できていないようで、いつもの冷静さを失っていた。

 俺はウリエルに今さっき何が起こったのかを尋ねた。


「消えたんだ」

「な、なにが?」

「手りゅう弾だ。地面に着弾したその瞬間、手りゅう弾が消えた。そして、爆発することもなくなぜか霧江さんの手に……」


 ウリエルは真剣な表情で答えた。嘘はついている様子ではない。俺とウリエルがお互いに顔を見合わせ、困惑を一層深めたとき、突然、沈黙を保っていた牧場風太郎が大声で笑い始めた。

 笑い声はしばらく続き、ようやく落ち着いたところで、牧場は口を開いた。


「すばらしい。とてもすばらしいものを見させてもらったよ。えーと、ミス霧江でよろしいのかな? それが、そのでたらめな力こそが……。僕が探し続けていた神力っていうわけなのかな?」


 神力?

 俺は驚いて霧江さんを振り返る。ウリエルも同じ心境だったらしく、戸惑いの表情を隠しきれないまま、霧江さんを見つめている。


「ははは。そうだよねぇ。神力がこの霧島神社にある。それなのに、この神社を代々守り続けてきた人たちが、間抜けにもそのような力を知らないなんてのもおかしな話だからね。少なくとも当代神主が神力に関わっていることは当たり前。僕も慌ててたせいで、失念していたよ。けどまぁ、その神主が神力を自由自在に扱えるなんてね」


牧場の言葉に霧江さんは微笑みながら答えた。


「ふふ。私たちは代々この不思議な力が宿る神社を守ってるんですよ。あなたみたいな罰当たりな人間を追い払うのも、仕事の内。そのために、神様から少々力を分けてもらってるだけなんです」


 その表情には、絶対的な余裕がうかがえた。おそらく、牧場が何をしてこようと、それを神力によって握りつぶすことができるという自信の現れなのだろう。

 牧場もそれを薄々感づいているらしく、いかにも無念という表情を浮かべていた。


「いやぁ、もう一歩だったんだけどねぇ。くやしいなぁ。でも、さすがに神力マスターに喧嘩を売るほど、僕も馬鹿じゃないからね。今日はもう撤退するしかないじゃないか。最後の最後で失敗しちゃったけれど、神力のありかがわかったんだから結果オーライといっていいのかな? これから、どうにでもなるからね。ミス霧江が不在の時を見計らって来ればいいだけの話だし。」


 牧場は反省の色すら見せることなく、いけしゃあしゃあと話す。

 確かに、牧場の言う通りだ。霧江さんが四六時中神社を見張っておくことなんてできない以上、執念深い牧場ならば何度でもここにやってきて、いずれ神力の使い方を見つけてしまうだろう。


「霧江さん。こいつをこのまま帰らせちゃいけない。神力で記憶を消すなりしないと……」

「それなんだけどね、愁ちゃん……」

「それは無理だよ、水前寺くん。そうですよね、ミス霧江?」


 霧江さんもしぶしぶうなづく。


「どうして? 神力があればなんでもできるんじゃあ」


沈黙する霧江さんに代わり、ウリエルが俺の問いに答えた。


「いや、牧場の言う通りだ。もし、歴代神主が本当に神力を使い放題だったら、今頃日本は霧島家に支配されてるぞ。それに何の手順も踏まないで、神力を思いのまま扱えるなんてはちゃめちゃだ。おそらく、霧島家の人間は神力と何かしらの契約を結んでいるからこそ、そのように力をふるえるのだろう。神主が、つまり霧江さんが神力を行使するには何か制約があるに違いない」

「お嬢ちゃんの言う通り。手りゅう弾に対しては神力を行使できて、今現在僕に何もできずにいることを考えれば、おそらく神社への侵害に対してのみ力を使えるじゃないかな。あくまで僕の考えだけど」


 霧江さんは黙ったままだ。おそらく図星なのだろう。

 そしてそれならば、今現在神社に危害を加えようとしていない牧場に対し、霧江さんは神力を使えない。

 しかし。


「霧江さん。実は俺、あの神力の力を使えるっぽいんだ。多分、俺が神力とやらと契約をしていないからだろうけど。だから、今からでも俺が代わりに牧場を……」

「ふふ、そんなことしなくても大丈夫よ。というか、今はもうできないって言った方がいいかしら。神力は私がちゃんと封印し直したから、私以外にあの力を使うことはできないの」

「封印?」


間抜けな声をあげる俺をよそに牧場が納得した面持ちでうなづいた。


「なるほど、確かにそれほどまでに強大な力が野ざらしにされてあるわけがないからね。もし、水前寺くんみたいな部外者がうっかり願い事の方法を発見してしまえば大惨事になっちゃうんだよ。そりゃ、封印してないと。ま、今回は何らかの理由でその封印が解けていたと考えるべきだろうねぇ。」


 牧場は俺を小ばかにしたような口調で言った。霧江さんも牧場の言う通りだと俺たちにささやく。

 牧場はくるりと後ろへ向きを変え、右手をひらひらとふった。


「では、みなさん。牧場風太郎は一足早く帰らさせていただきます。こんなおどけた話しぶりだけど、実は内心悔しい気持ちでいっぱいなんだよ、まったく。あ、だけど最後に一つだけ、悪役らしく捨て台詞を残していこうかな。封印がかけられてるとか、お願いの手順を知らないとか、その程度の障害でこの僕があきらめるなんてことはないから。それだけは心の隅にとどめておくように。ごきげんよう。また近いうちに会いましょう」


 牧場はそう言うと、ゆっくりと出口へ歩いて行った。

 堂々と去っていく牧場の後姿を見ながら、俺は牧場の言葉を頭の中で繰り返す。

 また近いうちに会いましょう、か。

 しかし、なにはともあれ一見落着だ。そう俺が安堵のため息をつこうとしたその時だった。そもそも俺はいったい何のために、この霧島神社にやってきたのかを思い出した。


「き、霧江さん!!」

「何、愁ちゃん?」

「由香が血を吐いて倒れたんだろ!? 親父から聞いたんだ! それは、普通の病気のせいじゃなくて、神力のせいなんだよ! だから今すぐにでも封印を解いて、神力に願い事をしなくちゃ……」

「落ち着け、水前寺。由香は無事だ。そうだろう、霧江さん?」


 ウリエルは興奮する俺の肩に手をそえ、霧江さんに尋ねた。


「ええ、もちろん由香は無事。だって、私は神力マスターよ。症状を見れば一発でわかるし、神力を封印したからもう心配いらないわ。というか、愁ちゃん。確かに、貴明さんに電話でそのことを伝えたけど、何の心配もいらないから安心してねって言ったはずなんだけどなぁ」


 俺は自分の耳を疑った。


「え……?」


 俺は親父から由香のことを聞いた場面を思い出す。そういえば確かに、あの時の親父はいつも通りのんびりとした口調で俺に由香が吐血したと伝えた。親しい人間が倒れたんだ。そんな、悠長でいられるわけがない。

 おそらく、親父はそのあとすぐに別に大したことではなかったらしいと言うつもりだったのだろう。にもかかわらず、俺が最後まで話を飛び出してしまったということだ。

 俺は由香が無事であるということがわかると、体中の力が抜けその場に座り込んだ。これで本当の一件落着だ。


「それにしてもさっきの愁ちゃんかっこよかったわよ。ジェームズボンドみたいで」


 ははは、と俺は霧江さんの茶化しに力なく笑いながら、地面に仰向けになる。寝っ転がって見た夕暮れ時の空は、いつも通り、気の抜けた色をしていた。それをぼんやりと眺めながら、俺は小さな声でつぶやく。今日もこの町は平和だ、と。

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