絶体絶命
そのウリエルの叫び声と同時に、牧場の目の前に、顔面を覆うような形で四角い箱が出現した。
由香の弁当箱だ。
手に持っていた弁当箱を、ウリエルが『物質移転』の魔術で牧場の眼前に移動させたんだ。これにより牧場の視界が遮られ、そこに一瞬の隙が生まれる。俺がどこにいるかわからなければ、一つしかない手りゅう弾を不用意に投げることも、まして魔術で移転することもできないからだ。
俺はウリエルの言葉とともに走り出していた。
どこへ?
本殿までは二十メートル。視界を遮った程度の隙では、決してそこまでたどり着けない。となると、目指すべき方向は……
―――おそらくお前が持ってるものは相当な威力があるのだろう。そんなものを、すぐ隣にいる水前寺の近くで爆発されては、私も巻き込まれてただでは済まないからな
そう! 牧場がいる方向だ!牧場も俺が近くにいる状況で、爆弾を爆発させるような真似はしない!
俺は一瞬の隙に牧場との距離を詰める。
弁当箱は重力に引っ張られて落下をはじめ、すでに牧場は自分の視界を回復している。
牧場は自分の方向へ駆け寄ってくる二人を認識し、俺たちの意図を瞬時に理解したのか、すぐさま俺たちと距離を取ろうと後ろへ走り出そうとした。しかし、あまりに突然の牧場の判断に両足はついていけなかったようで、思いがけず足がもつれ、牧場はよろめいてしまった。しかし、牧場もなかなか冷静で、すぐさま体勢を立て直し、後ろを向いて走り出そうとする。
しかし、俺はその幸運によって生まれたチャンスを見逃さなかった。
そのよろめきのおかげで、俺は手が届く範囲まで牧場に迫ることができていた。そして、後ろを振り向いた牧場の右肩を強くつかみ、思いっきり引っ張る。そして、牧場の体勢が再び崩れたところで、俺は軸足となって身体を支えていた牧場の右足を俺の左足で思いっきり払った。軸足を払われた牧場は、そのままバランスを崩し、後ろへ大きくのけぞる。
牧場は自分が爆弾を抱えているという事実をきちんと覚えていたようで、両手で爆弾に衝撃が伝わらないように真上に掲げ、その結果、受け身を取ることができないまま背中から思いっきり倒れこんだ。
鈍い音が響く。牧場は、痛みのあまりうめき声をもらした。
俺はそのまま、牧場に馬乗りをし、牧場が立ち上がれないようにしてやった。
形勢逆転だ。
「ははは、いやぁ参ったね水前寺くん。まさか君が柔道に精通していたなんて」
「いや、今のは柔道の技じゃない」
俺は親友、早川翔の顔を思い浮かべながら言った。
「今のは、早川式柔術っていうやつだ。……とにかく、爆弾を渡せ」
後ろにはいつまにかウリエルも立っており、いくら高校生とも言えど、倒された状態で二人を相手をするのは難しいだろう。
しかし、牧場は最後まで足掻くつもりらしく、取られないように爆弾をぎゅっと胸に抱いた。正直、牧場を後ろに倒したときに爆発を防ぐために『物質移転』の魔術を使うと予想していたが、意外ダニも牧場は爆弾を手放さなかった。
俺は牧場の諦めの悪さに呆れながら、なんとか手りゅう弾を奪おうとする。衝撃を与えないよう慎重に取り上げようとしたが、牧場の力は意外と強く、簡単にはいかない。そこで、二人がかりでいくしかないと思い、ウリエルに協力を求めようとした。
しかし、その時だった。
「ふ、二人とも何してるの!?」
俺は聞き覚えのある声に驚き、声のする方に顔をあげた。
すると、およそ十五メートルほど離れたところに霧江さんが立っていた。慌てて飛び出してきたのか、霧江さんは部屋着にサンダルといういでたちで、俺が男に馬乗りになっている状況に混乱しているのか、そこを動けずに固まっていた。
「き、霧江さん……?」
「へぇ、あの人って、水前寺くんの知り合いなんだ」
お前には関係ない。そう言って、俺は牧場を睨み付ける。
しかし、その時の牧場は、二日前、俺の部屋で見せたものとまったく同じ得体のしれない笑みを浮かべていた。その邪悪な気迫に気圧され、俺は自分が優位な状況にもあるにもかからわず、牧場という男に一瞬本能的にひるんでしまう。
「ねぇ、水前寺くん。君って、走るのは早い方?」
「な、なにを言ってるんだ……」
「あの人との距離は目視でおよそ十五メートル。つまり、平均的な高校生なら三、四秒といったところかな?」
「待て……。お前、まさか……」
顔面蒼白になった俺を愉快そうに眺めた後、牧場はもったいぶるかのように言葉を発した。
「というわけで、水前寺くん。せいぜい、全力で走りなよ」
その言葉と同時に、牧場の手から手りゅう弾が消えた。
「クソッッ!」
俺は反射的に、霧江さんの方向へ全速力で走り出した。




