種明かし
牧場は俺たちから少しだけ距離を置いたところで立ち止まり、いつもの不気味な笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「やだなぁ、水前寺くん。どこにいようと、僕の勝手じゃないか。それに、君の方こそひどいよ。僕があれだけ探してた神力のありかを黙ってたなんて」
「な、なんで、この場所がわかったんだ? それにお前はさっきまで家にいたはずじゃあ……」
「水前寺くん、学ランの右ポケットを探ってごらん」
「はぁ? 何言ってんだ。ここのポケットには何も入れてない……」
しかし、俺がポケットに手を突っ込むと、自分の手に何かが触れた。
そっと取り出すと、それはプラスチックでできたカードのようなものだった。スマートフォン程度の大きさと厚さだが、随分軽い。学ランのポケットなんて日頃から何も入れていないし、気に欠けることなんてめったにない。こんなものが入っているなんて、気づきもしなかった。
「なるほど、盗聴器か」
「と、盗聴器?」
「ああ。もしかしたら、発信機の機能もついているかもな」
そばで見ていたウリエルがそうつぶやくと、牧場は嬉しそうにうなづいた。
俺は先ほどのウリエルとの会話を思い出す。
確かに俺はウリエルに対し、神力が霧島神社にあると言った。それを聞かれていたならば牧場が神力のありかを知っていても不思議ではない。そして、俺が家を出ていった後をすぐに追いかけていけば、ウリエルと俺が話をしている間に先回りをして、この神社に待ち伏せることだって不可能ではない。
「だ、だけど、いつ俺のポケットに入れたんだ? 牧場にこの学ランを触られた覚えなんてないし。それに、どうやってこれを手に入れたんだよ」
「牧場は、魔術師だぞ。『物質移転』の魔術を使ったに決まってるだろう」
「それでもだ。その魔術は自分が手に持ってるものにしか、使えないんだろ? こんな変なもの持ってたら俺もさすがに気づくはず……」
しかし、俺はその瞬間、今朝の玄関での様子を思い出した。
財布をにやつきながら話しかけてきた牧場。あいつはあの時、両手をポケットに突っ込んでいた。左手に俺の財布を持っていたのなら、右手には……。
「水前寺くんも気づいたかな。そう。僕はちょうど今朝、君のポケットに入れたんだ。そして、いつ手に入れたのかについてだけど、それは昨日、丸一日かけて僕が手作りしたんだよねぇ。いやぁー、朝早くから始めてなかったらこのチャンスを逃していたねぇ。くわばらくわばら」
「違う、そういうことじゃなくて……。いや、それよりのも無一文のお前になんでそんなことができたんだよ」
俺の言葉に牧場は心底驚いた表情を浮かべた。
「あれぇ。もしかして、水前寺くん、そのことまだ信じてたの? やだなぁ、思ったよりも水前寺くんって純粋なんだね。僕がお金と携帯を部下に預けていたって話。あれね、ウ・ソ。
だってさ、考えてもみてよ。女性ならそういう小物を全部バックに入れていることは当たり前でもさ、僕たち男性がバックに入れておくことってある? ましては携帯まで? ふつーは、胸ポケットとか後ろポケットに入れとかない? 水前寺くんだって、実際そうしてるじゃないか。あ、でも、部下と合流していないっていうのは本当。まあ僕が合流しようとしていないからだけどねぇ」
俺は後ろポケットの財布を触った。
確かにそうだ。牧場の非常識ぶりに惑わされていた部分もあるが、先にウリエルが財布やら携帯をバックごとなくしていたことが先入観となって疑問に思わなかったのかもしれない。
だがしかし、いやそれならば一層より根本的な疑問が生まれてくるのだ。
「で、でも、それじゃあ……」
「おや、水前寺くん。君はこう言いたげな顔をしているね。なんで、そんなわけのわからない嘘をつく必要があったのか、と」
「……」
「図星っぽいね。とりあえず、結論から言わせてもらうと、それは神力に関係するであろう君に取り入るためだよ。アハハハハ」
牧場はヒステリックに笑い始めた。
そう、盗聴器を仕掛けたことも、そして俺が家を出ていった後、すぐに牧場が俺を追跡したことも、ある前提が成立しなければありえない行動なのだ。
つまり、牧場風太郎が俺と神力に何かしらの繋がりが存在するという確信を抱いているということだ。
しかし、盗聴器を準備していることから、すでに牧場は昨日の時点では確信していたと言える。それならば、一昨日の時点で? いや、そんなことありえるのか。牧場が言うには、俺に取り入るために嘘をついたらしい。あいつが一番最初にその嘘を俺についたのは、俺たちが最初に出会った時だ。
つまり、その時点で俺が神力に関係していると確信したというのか? しかしどうやって? 自分を偶然助けてくれた人間が神力に関係しているだなんて、あまりにも都合が良すぎやしないか?
「ひぃひぃ。どうやら、水前寺くん、混乱しているみたいだね。まあ、種を明かせば、そんな大したことはないんだけどね」
牧場はおなかを押さえながら、俺に言った。
「三日前の午後、町を調査中だった僕と部下二人は突然なにかしらの原因でばらばらになった。いや、言葉が正しくないな。僕はそのままで、部下二人が突然どこかにワープしたんだ。そう、君のところにね」
「なんだって?」
今まで黙っていた、ウリエルがそこで声をあげた。
「す、水前寺……。それは本当なのか?」
「あ、ああ。多分。お前に気を取られてきちんと見てなかったんだけど、確かにあの二人は突然あそこに現れたんだ」
「人間二人、いや私を含めて三人を同時に『物質移転』だと……。しかも、送り出すのではなく、引き寄せる形で……。そんなでたらめ、現代の魔術では絶対に不可能だぞ」
そういえば、俺はウリエルにあの二人が突然現れたということを話していなかった。
俺は三日前の光景をなんとか思い出そうとした。ウリエルを起こした後、ふと顔をあげると、さっきまでいなかった黒服の二人組がいて、そしてその一方は……。
「そうだ、思い出した。黒服のうち片一方は、電話をかけていた。もし二人が突然どこかにワープして、すぐそばに一緒にいるべきもう一人がいないとなったら、やることは一つ……」
「そう、その一人ははぐれた僕に電話をかけてきた。そして、何が起こったのかを詳しく教えてくれたよ。なぜか、途中から走りながらだったけどね。
僕が手にした主な情報は二つ。彼らが突然別の場所にワープしたということ。そして、そのすぐそばに高校生くらいの男女がいて、なぜか自分たちが彼らを追いかけているということ。
僕も最初二人がワープしたなんてありえないと思ったんだ。そこのお嬢ちゃんが言ったように、そんなことは現代魔術では不可能なんだ。なにか特別な仕掛けがあるのかと思って、二人が飛ばされたあたりを調べたけど何にもなかったしね。だけど、すぐに考え直した。あるじゃないか、そのような不可能を可能にする力が。そう僕がまさに探している神力さ。
そして、その飛ばされた先にいた男女、彼らのうちどちらかがその神力を使ったのではないかと考えた。絶対の保証はないけれど、その可能性はかなり高いからね。だから僕は二人の服装を細かに聞いた後、すぐに電話を切り、そしてすぐに彼らからの電話を着信拒否にした。
というのもねぇ、僕は一応組織に属してはいるんだけど、研究成果を組織に奪われたくなかったんだよね。そして組織側も馬鹿じゃないから、そのことは薄々感ずいてるっぽい。実際、部下二人だって、助手という名目でついてきたんだけど、まあ完全に僕の監視役だよね。だからこれ幸いにと彼らをまいてやったってわけさ。まあ、おそかれはやかれどうにかするつもりだったけども」
「ま、待て。その二人がいないと、その男女の外見だってわからないままのはず!」
俺は牧場の言葉を遮った。
「話は最後まで聞いてくれよ、水前寺くん。とにかく、僕は二人からその逃げた男女の特徴を聞いた。その情報から、僕はまず男の子の方を探し出すことにした。つまり、ひとまずは女の子ではなく男の子の方が神力の行使者であるという仮説を立てて、行動することにしたということ。
なぜかって? なんでも女の子の方はなぜか倒れていたそうだし。むしろその子の手を握って逃げ出した男の子のほうが怪しいからね。それとそっちの方が見つけやすそうだったってのも理由の一つ。
その時、女の子は私服だったけど、君は学校の帰りで制服を着ていただろう? だから、この辺の高校を調べれば少なくともその男の子が通っている学校はわかるはず。簡単だったよ。高校の数自体が少ないし、それに今時高校で学ランを採用しているところも少ないからねぇ。
とにかく、実際に僕はすぐに高校を突き止め、そこの学生の多くが通る通学路を把握した。つまり、そこを張っていれば、いつか君と巡り合えるというわけ」
確かに、俺と牧場が出会った道は、学生の大部分が通る道だ。しかし、それゆえにあの道は通学時間帯にはたくさんの人が行き来する。一人一人の顔を目で追っていくだけでも大変だ。それに俺の顔がわからない以上、牧場の方から見つけようがない。
あの日のように俺の方から、倒れている牧場へ接触しようとしない限りは。
「確かにね。顔もわからないんじゃ、探しようはない。君の身体的特徴もありふれたものだったし。しかしね、君が神力の行使者だった場合、有益な情報が一つ生まれるんだよ。
君は知らないかもしれないけど、神力を使うにはね、願い事を実現させるだけの魔力量を行使者が持っていなければならないんだ。したがって、もし君が行使者ならばそれだけの魔力量を持っていることになる。そしてだね、水前寺くんは知らないかもしれないけれど、それだけの魔力量を持っている人間を見極める方法があるんだよ。ある魔術量以下しか持たない人間と、それ以上の魔術量を持つ人間を見極める魔術がね」
牧場の言葉を聞いた瞬間、牧場と初めて出会った時の光景が頭の中に立ち現れた。
多くの高校生とともに、通学路を行く俺。ふと横を見ると、自販機のそばでぐったりと横になっている男。周りの人間が何食わぬ顔を通り過ぎていくなか、おせっかいにも俺は自販機で水を買い、男に手渡した。
―――いやぁーー、助かったよ青年。朝早くからここで倒れていたんだけど、皆僕を一瞥すらしないで通り過ぎていくんだもの。君が僕を気にかけてくれた最初の人だよ
俺はそのセリフを思い出すと同時に、牧場が何をしたのかを悟った。
「『印象操作』の魔術!」




