神力はどこに?
長い階段をのぼりきり、俺は霧島神社の境内に入った。すると、本殿へとつながる石畳の通路を竹ぼうきで掃除している霧江さんの姿が見えた。霧江さんは病弱な身体で母屋とか本殿の中にいることが多いのだが、外で掃除をしているところを見るに今日はどうやら体の調子がいいようだ。
霧江さんは俺に気が付くと、にっこりと笑い俺に大きく手を振ってきた。俺は霧江さんのもとへ近づき挨拶をかわした。
「こんにちは、愁ちゃん。ウリエルちゃんなら、さっき出かけていったけど?」
「あ、いやウリエルに会いに来たわけじゃないんすよ」
「ははーん。さては、由香に会いに来たのね。さすが幼馴染兼未来の婿養子! これで霧島神社の将来も安泰ね。なんたって、愁ちゃんが跡を引き継いでくれるんだもの」
霧江さんは嬉しそうな表情を浮かべ、両手でほほを抑えながらまくしたてた。俺は慌てて霧江さんの言葉に口を挟む。
「勝手に話を進めないでください」
「はぁ、ずっと前から二人のカップル成立を今か今かと待ち望んできたかいがあったわ。幼馴染同士がくっつかないわけがないもの。そうよね、きっとそう」
霧江さんは俺の話を聞かず、自分の世界に入っていったようだ。
霧江さんは昔からなぜか俺のことを異常なほど気に入っており、すきあらば霧島家の婿養子になって欲しいといつも言い寄ってくるのだ。
「ごめんねぇ、愁ちゃん。一昨日までは倉庫の掃除を頼んでたから、由香もこの時間には帰ってきてたんだけど。ちょうど一昨日で終わっちゃってね。愁ちゃんが来るってわかってたら、私が倉庫を荒らしてでも掃除を引き延ばしたんだけど」
「もうそろそろ、空想の世界から帰ってきてください。俺たちは今そんな関係じゃないですから。……というか、由香に彼氏がいるの知ってるでしょ」
「ああ、早川君でしょ。知ってる知ってる。彼もなかなかの好青年よね。でも、スペックで負けていても大丈夫よ、愁ちゃん。なんたって、愁ちゃんは由香の幼馴染なんだから。初恋の思い出にはどんな青春の過ちもかないっこないのよ」
「勝手に由香の初恋を俺にしていいんですか」
霧江さんの幼馴染信仰にはある種の狂気すら感じられる。あと早川にスペックで負けていると面と向かって言われたことに、少しだけ傷ついたことは伏せておくことにした。
「そうに決まってるわよ、絶対。愁ちゃんも初恋の相手は由香だし」
「決めつけないでください」
「じゃあ、誰? もしかして私?」
「秘密です。そういう霧江さんは誰だったんですか」
「私の初恋の人?」
話をうまくそらそうと、俺は苦し紛れに質問した。
「やだなぁ。そんなの愁ちゃんに決まってるじゃない。フフフ」
霧江さんは心底楽しそうに笑った。この人はいつも適当なことを言って、俺や由香をからかうのが趣味なのだ。
「まあ、楽しいおしゃべりはこのくらいにして。私は夕飯の準備もしないといけないし、母屋に帰らなくちゃ」
霧江さんは竹ぼうきをすぐそばの用具入れに片付けた。
「あ、そうだ。霧江さん。ウリエルのこと、助けてもらってありがとうございました」
「なあに、愁ちゃん。今日はわざわざそのことを言いに来たの? そんなに気を使わなくても大丈夫よ。お母さん譲りの人助け癖は知ってるから。私もできる限り手伝いたいって思ってるのよ。もうバシバシ私を頼りにしなさい。あ、でも無茶だけはしちゃだめよ。貴明君とあずさちゃんがいるんだから」
「……霧江さんもそんなに身体が丈夫じゃなんですから、そんなに無理はしないでくださいね」
すると霧江さんはつやっぽく笑い、俺の額を人差し指で軽く押した。
「おませさんなんだから、愁ちゃんは。子供が大人の心配なんてしなくていいの。あなたたち子供の仕事は自分のことを一生懸命考えることでしょ」
それだけ言うと、霧江さんはじゃあね、と手を振って母屋に帰っていった。
俺はその場で少しだけ立ちすくんでいたが、なぜ自分がこの霧島神社に来たのかということをはっと思い出した。ぼーっと突っ立ってる場合じゃない。俺は気持ちを切り替えて、霧島神社の本殿前に歩いて行った。
賽銭箱の前に立ち、周囲に誰もいないことを確認する。夕暮れ時ということもあり、参拝客は一人もいない。霧江さんは母屋から出てくることはないだろうし、急に現れるとしたら由香かウリエルくらいだろう。彼女らが帰ってくる前に用事を済ませなければならない。
俺は後ろポケットから財布を取り出した。
財布の中身は、平凡な高校生らしく貧相なもので、万札はおろか千円札すらない。俺はその事実に若干落ち込みながらも、五円玉を一枚だけ取り出し、財布を元に戻した。
取り出した五円玉と目の前の賽銭箱を交互に並べながら、俺はある馬鹿馬鹿しい考えについて思いめぐらす。
一昨日の出来事。つまり、ウリエルが突然空から落ちてきて、謎の二人組に追いかけられたというふざけた出来事。
ウリエルは直前まで別の場所にいたと言っており、またその二人組との関わりもないらしい。その二人組はおそらく牧場の部下で、牧場の言うことを信じるのなら、一瞬で違う場所から移動してきたことになる。そうだとすれば、あの二人組に俺たちをいきなり追いかける理由なんてない。もちろん牧場の話を信用したら、の話ではあるが。
事実が明らかになればなるほど理解困難になっていくこの出来事。しかし、俺にはそれをを明快に説明できる一つの心当たりがあった。いや、心当たりなんてものですらなく、俺の勝手で恥ずかしい思い違いである可能性が高いのだけれど。
それは、俺が中学生の時にこの神社でお願いしたこと。つまり、悪の組織から狙われた黒髪の美少女が突然空から降ってきますように、という今から見れば痛々しいこと極まりない願い事についてだ。もちろん初めは単なる偶然だと考えていたし、その時はそんな願い事もしたなあ、と感慨にふけった後、すぐに忘れてしまった。
しかし、ウリエルと牧場の話したあの言葉がきっかけとなって、その記憶が再び頭の中に現れてきた。
神力だ。
自分の魔力量の範囲内であれば、どんな願い事も叶えてくれるというその力。そんな力が実際にあれば、俺の中学生の願い事なんて造作なく叶えてくれるだろうし、ウリエルの話を聞く限り、牧場の魔術に引っかからない程度の魔力量が俺にはあるらしい。
そしてこれらを踏まえたとき、ある一つの仮説に思いいたる。ひょっとして、この霧島神社の本殿が神力に関係しているんじゃないのか、と。
……ここまで考えてみて、俺は自分の頭のお花畑さ加減に嫌気がさしてきた。
そんなわけあるはずがない。牧場とウリエルの話そのものがきな臭いにもかかわらず、それを前提として物事を考えること自体間違っている。
それに、仮に神力が存在するとして、二人が探しものがこんなちっぽけな神社にあるわけがない。加えて、その当時ではなく、何年も後になってから中学生時代の恥ずかしい願い事が叶ったったという事実はどう説明すればいい。つじつまが合わなすぎる。
俺はそこで考えを止める。確かに馬鹿げた話だ。しかし、、試してみるだけならすぐに済むのではないだろうか。むしろ確かめてみることで、この際はっきりさせておいた方がいいのかもしれない。
俺はそう思いながら、五円玉を賽銭箱に投げ入れた。そして、手を合わせ、目をつぶる。ところで願い事はどうしようか。どうせなら汎用性のある願い事でも叶えてもらおうじゃないか。
「金だ。神様。とりあえず、このひもじい高校生にお金を恵んでくれ」
俺は声を出して、できる限り気持ちをこめてお願いした。中学時代を再現するつもりで。
そして俺は、閉じていた目をゆっくりと開いた。




