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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
第一章
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神力とは?

 翌日。


 牧場に対する警戒をよそに、いつもと同じ平和な朝を迎えた。朝食中も牧場は親父と楽し気に談笑するだけで、特におかしなふるまいをすることもなかった。しかし、牧場は部下を探して回ると言って、俺たちより早く家を出ていこうとしたとき、親父はもし見つからなかったら今日も家に泊まるといいなんてことを言いだしたのだ。もちろん牧場は満面の笑みでそうすると答えた。つまり、牧場が部下を見つけられなかった場合、牧場は再びこの家に戻ってくることになる。

俺はそのことを想像して軽い頭痛を覚えた。しかし、結局は何も起こらずに済んだのだ。変に肩に力を入れていた自分が急に馬鹿馬鹿しく感じられてしまう。俺はため息をつきながら、いつも通り家を出て高校に向かうことにした。



 終礼後、俺は誰よりも早く自分の荷物をまとめて高校を後にし、急ぎ足で昨日ウリエルが待っていた場所まで向かった。昨日より十分ほど早く到着したが、ウリエルはすでにそこにいた。俺が小走りで駆けよると、ウリエルは顔を上げ、俺の方を振り向いた。


「どうした、水前寺愁斗。今日は早いな。それにどうした、そんなに慌てて」


 昨日と異なる俺の様子に驚いたのか、ウリエルはいぶかしげに尋ねた。


「昨日お前と別れた後に色々あってな。事情が変わった。魔術と神力について、もう少し詳しく話を聞かせてくれ」

「何があった?」


 俺は昨日の出来事についてかいつまんで話をした。牧場風太郎が家に泊まりに来たこと。そして、そいつがウリエルと全く同じ魔術を使い、しかも神力を探しているということについて。一通り話を聞いたウリエルはじっと考え込む仕草をした。


「……牧場風太郎か。確かに怪しいな」

「お前もそう思うだろ? まったく、それなのに親父と来たら簡単にそんなやつを気に入りやがって。挙句の果てには、家に泊まれなんて言い出すしな。妹だって胡散臭さに気付いたのに」

「いや、お前の親父はまったく悪くないぞ」

「はい?」


 突然のウリエルの言葉に俺は間抜けな声を上げてしまった。どういうことかと俺が追求すると、ウリエルは当たり前のような口調で答えた。


「魔術だ。その牧場風太郎とやらは魔術を使って、お前の親父さんに取り入ったんだろう」


 魔術。ウリエルの唐突な一言に俺は思わず耳を疑った。


「待て。どういうことだよ、魔術って。大したことしかできないってお前言ってなかったか?」


 ウリエルは首を横に振った。


「まあ、それは嘘ではない。しかし、それを可能にするある魔術があってだな。『印象操作』と呼ばれる魔術だ」

「『印象操作』の魔術?」


 なんだかまた胡散臭いものが出てきたようだ。昨日牧場が言った『物質移転』の魔術とやらと同じものなのだろうか。


「種明かしをすれば、それほど大したことじゃなんだ。その言葉通り、魔術を自分にかけて相手が自分に持つ印象を操作するというものなんだ。人間の思い込みを利用した魔術と言った方がわかりやすいかな。自分を好青年に見せたり、手間をかければ全く違う人物だと相手に思わせることだってできる。さらには極端に自分の印象を薄くすることで、相手に自分の存在を認識できなくさせるようなことだってできるんだ。おそらく牧場風太郎は自分が好青年かなにかに思われるよう自分に魔術をかけ、それに親父さんがまんまとひっかかったんだろう。私たち魔術師が初対面の人間に対して行う常套手段だ」


 ウリエルの話を胡散臭いと思いながらも、その話をどこか真に受けている自分がいた。俺はそれを打ち消すように、頭に浮かんでいた疑問をウリエルにぶつけた。


「それならなんで、俺と妹はそれに引っかからなかったんだ? 俺から見れば牧場は最初から胡散臭い雰囲気をにじみだしていたぞ」

「それを説明するには、魔術の基本理論から話さなくてはいけない。魔術には抵抗という概念があってな、『印象操作』の魔術はこの抵抗を最も敏感に受ける魔術なんだ。おそらくお前と妹はその牧場が消費した量以上の魔力を……」

「ス、ストップ! 話がおかしな方向に進んでるぞ。なんだよ、魔力とか抵抗って……」


 ウリエルは俺の制止を聞き、改めて魔術についてわかりやすく話し始めた。


「魔力は、魔術を使うための体力みたいなものだ。使えば減って、休めば回復する。その絶対量は生まれ持って決まっている。一方、抵抗という概念は少し説明が難しい。ざっくりいうと百だけの魔力を使った魔術は、百以上の魔力を持つ対象には効かないということだ。今回の件において、牧場が百だけの魔力を消費して『印象操作』の魔術を行ったとしよう。お前の親父さんは百以下の魔力量しか持っていなかったから牧場の魔術に引っかかり、一方、お前と妹は百以上の魔力量を持っていたから引っかからなかったということだ」

「は、はあ」


 なんかうまく言いくるめられてしまったような気がする。しかし一方で、矛盾をごまかすために即興で適当な概念をでっちあげたに過ぎないと考えることもできる。正直いろいろと胡散臭いと思いつつも、俺はとりあえずウリエルの言うことを信じることにした。


「大したことないとは言いつつ、そんな便利な魔術があったなんてな。他にもいろいろとできるんじゃないのか?」


 しかし、ウリエルは肩をすくませてため息をつくだけだった。


「そんなわけないだろう。可能性は計り知れないが、今現在できることは少ない。圧倒的に基礎理論が追い付いていないんだ」


 そういえば牧場もそのようなことを言っていた。しかし、こんな便利なものなら多くの人間が嬉々として研究に励みそうな気がする。そのことについてウリエルに聞くと、それは違うと否定された。


「よく使われる例えだが、科学技術について考えてみればいい。なぜ科学が現代においてここまで発展したかわかるか?」

「そりゃ、アインシュタインやらの天才のおかげじゃないのか?」

「そうじゃない。科学が発展した理由、それは誰がやっても、また何回やっても同じ結果が得られるという特徴のおかげなんだ。子供だろうが老人だろうが、天才だろうが間抜けだろうが、同じ条件下でボールを下に落とせば、同じ速度でボールは下に落ちる。つまり、誰もが科学を研究でき、基礎理論や発展のための経験や情報がとんでもないスピードで蓄積されていく。その点魔術は違う」

「なるほど……。昨日牧場が言ったように、選ばれた人間しか魔術を使えないとなると、魔術の研究に取り組める人数そのものが少なくなる。それに魔術を使うのに魔力が必要だとすると、一日に何百回も繰り返し魔術を使えないことになる。そこが魔術発展の枷になるわけか」


 ウリエルはそうだ、といってうなづいた。


「天才に魔力が宿りやすいというなら話が別だが、どうやらそういうわけではないらしい。お前と妹が同じく魔術の才能を持って生まれたというように、遺伝が少しだけ関わってくるということだけはわかっているがな。とにかく、魔術を使えてかつ理論研究ができるほどの才識あふれる人間なんて本当に少ない。魔術を使える人間そのものの数が圧倒的に少ないんだからな。

 そういう理由で、魔術は科学に比べてなかなか発展してこなかった。発展速度が遅いことに業を煮やした魔術研究者の間では、発展を目指すのではなく、数少ない既存の理論をベースとした実務的な魔術研究が盛んになっているくらいだ。ちなみにその流れで開発された一つが、この『印象操作』という魔術。私もこの魔術にはだいぶん世話になっている」


 話のスケールが壮大になってきた。正直、ぎりぎり話についていける程度だったが、俺はわかったふりをして適当にうなづいた。しかし、それと同時に俺は一昨日の違和感についての記憶がよみがえった。


「……待てよ。一昨日泊まらせてくれるよう頼みに行った時も、その『印象操作』の魔術とやらを使ったんじゃないだろうな」


 ウリエルという変な名前の人物を泊めてくれと頼んだ時、人見知りの由香があっさりと承諾してくれたこと、また由香がウリエルとすぐに打ち解けたことを思い出す。細かいことは気にしない性格の霧江さんはまだしも、由香があんな対応を取ることにその時はかなり驚いたものだった。あれが印象操作によるものだとすれば合点がいく。


「正解だ。まあ、人を傷つけるわけでもないし、あの時変に拒絶されても後々面倒になっただろう? ……それよりも意外だな。昨日はあんなに私の言うことを信じようともしなかったお前が、今さら信じる気になったというのが」

「こんな偶然が続けば少しくらいは信じる気持ちになる。だけど、完全に信じたわけじゃないぞ。とにかく、魔術についてはもういい。問題は牧場が探しているという、神力についてだ。牧場は昨日、っどんな願い事も無制限に叶えてくれる力だなんだとか言っていたが」

「無制限に叶えてくれるだって?」


 ウリエルは半ばあきれた表情を浮かべて言った。ウリエルの反応に俺は戸惑う。昨日の牧場の話りでは、そういう意味だったはず。牧場は俺をからかうために、くだらない嘘をついたのだろうか。


「なんだ。そうじゃないのか」

「いや、待て。まあでも、その答えも当たらずも遠からずといったところかもしれないな」

「どういうことだよ」

「確かに、なんでも叶えること自体はできるんだがな……。あくまで可能性の話なんだ」

「……もっとわかりやすく話してくれ」

「実は、神力というのは結構魔術と同じところがあってな。それを使う際には、魔術と同様に魔力を消費すると言われている。つまり、自分のキャパシティーを超えない範囲の中でならどんな願い事でも叶えることができるということに過ぎないんだ。」


 俺はそれを聞き、今までの期待感が真正面から裏切られたように感じられた。昨日あんなに牧場が興奮して話していた神力とはその程度のものなのか。牧場はそのようなもののために自分のすべてを投げ打ったということになる。俺の率直な感想をウリエルに述べると、ウリエルは少しだけ興味深そうに俺の顔を覗き込んだ。


「本当にそう思うか?」

「いや、だってそうだろう。自分の魔力量の範囲でしか願い事ができないなら、日本征服どころか、億万長者になることだって無理だ」

「何言ってるんだ。地球を一瞬で破壊するならともかく、なんでもできるというならば工夫しだいで様々なことが可能だぞ。億万長者になりたいなら、一等の宝くじを完璧に作り上げれば済む話だし、日本を乗っ取りたいのなら、総理大臣やらに自分が成り代わればいいだけの話だ。魔力の消費が少なくて済む行動を取ればいいだけの話だ。それに一回のお願いでは駄目だとしても、魔力が回復してからまた願い事をすればいい。要は使い方次第ということだ」

「魔術じゃ、そんなことはできないのか」

「無理だ。少なくとも今のところはどっちもできやしない。可能になるのは今の発展スピードからしても、何百年も先になるだろうなそしてその時にはもっと科学が発展していそうだ」


 牧場は何のために神力を探しているのかという質問に対し、「思い通りの世界」という言葉を交えながらはぐらかした。一回の願い事だけで、そのような世界を実現することはできない。しかし、少しずつ。誰にも気づかれないようなゆっくりとしたスピードでなら可能なのかもしれない。そして、牧場風太郎という男はそれをやってのけるだけ能力を持っているように俺には思えた。もちろん何の根拠もない推測に過ぎないけれど。

 そして、ウリエルの話を聞いているうちに俺の頭にはある疑問が浮かびあがってきた。

 昨日、牧場は誇らしげに自分が神力の権威であり、研究が全くなされていないこの力について自分ほど詳しいものなどいないだろうと言った。

 しかし、実際それは違っていた。牧場風太郎ほどではないのかもしれないが、目の前にいるウリエルという少女は神力についてかなりの知識を持っている。もちろん、牧場のことを単なる承認欲求にまみれた大ウソつきだと考えることもできる。しかし、昨日の様子、そしてあの本のことを考えれば、牧場が本当のことを言っていたように思えなくもない。

そして、仮に牧場の言葉が真実だとして。

そこまで神力について知っているお前はいったい何者なんだ、ウリエル。


「とりあえず、話はこれで終わりにしよう」


 ウリエルのその言葉に俺ははっと我に返った。


「そ、そうだな、お前の荷物探しもあるし」

「そのことだがな。さすがに毎日お前に付き合ってもらうのも悪いし、今日は一人で探してみることにするよ。だいぶこの町の地理にも詳しくなったし」


 別に遠慮する必要はないと思うのだが、本人の気配りを無下にはねつけるのも悪い。俺は困ったことがあれば、家に電話してくれとだけ告げてウリエルと別れた。

 その後しばらく歩いてから、ウリエルに牧場風太郎に気を付けるよう言っておくべきだったかなと思い返した。しかし、ウリエルなら俺が言わなくともそのことにはきちんと気を付けるだろうし、またわざわざそのことを言いに来た道を戻るのもおっくうだった。

 それに俺にはこれからやるべきことがあった。それは自分のもやもやとした予測を確かめること。

 俺はウリエルの姿が見えなくなったことを確認してから、一人、まっすぐ霧島神社へと向かった。

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