暗愚
降りしきる雨音が、私の耳を打つ。数日前より偉大なる陽の光を遮っていた暗澹たる雲は、先程漸く口火を切るように囁き出した。遠くにある窓の向こうには、小雨に沈む中庭がある。天より降り注ぐ雨は、細やかに石像を濡らし微かに弾け飛んでいた。決して清かな調べではないが、それに気が付くほどに、この空間は音を無くしていた。密やかに届くそれさえも、私を蔑む彼らの悲鳴に聞こえた。
煌々と照る光の魔力を蓄えた魔石は、磨き抜かれたシャンデリアの中心で変わらぬ輝きを放っている。ふんだんに取り付けられたクリスタルガラスを通して屈折した光は、ばらばらに砕けて、真珠のような煌めきを部屋中に撒き散らしていた。遥か頭上とはいえ、それらが六つも浮かべば、部屋はまるで昼間のような明るさに満ちた。風魔法で高度を調整されているシャンデリアは、ゆったりとその場で鎮座し、変わらぬ眩さを放っていた。
改めて、深く坐り直す。豪奢な椅子の真紅のクッションは、のんびりと膨らみ、音も立てずに萎んだ。私は一つ呼吸を置いて、顔を上げた。そして、いくらか低い位置で頭を垂れる旧友を眺める。
片膝を付き、大理石の床まで額を落とす奴は、一見すると忠誠心の篤い男に見えるだろう。事実、凜とした佇まいのこの男からは、数十年前確かに剣を捧げられていた。彼は時に厳しく時に励ますように、鋭い眼光で私を射抜きながら、傍に控えてくれていた。
それが、今はどうだろう。この男は、目の前で忠誠の礼を捧げ続けている。しかし、草臥れたマントが覆うその背中からは、抑えきれぬ失望の念が立ち上っていた。強過ぎる光が生み出す黒々とした影は、彼の半身を飲み込んでいる。シャンデリアから落とされた拡散反射の残骸さえ、男の闇に触れることを厭い避けているように見えた。
淡く反射する床越しに、奴と目が合った。ああ、これはきっと、彼の最後の賭けなのだろう。そして鼻先に突き出されたのは、私が選べる最後の選択肢であった。
どちらを選択するのか。そのような問いは野暮である。それは、濃霧の中で十数える間に離した蝶を捕まえられるか否か、問うようなものであったからだ。本物の手遊びの場だったなら、オッズはとうに振り切れていたことだろう。それでも彼は、私に賭けた。奴は絶望に身を浸しながらも、青い頃の私の面影を探すように賭けたのだ。捨てきれぬ一抹の望みをその目に宿していたのは、私が未だ明言をしていなかったからだ。――実に、愚かしいことである。
今更わかっても、遅過ぎる。漸く気が付いた私は、逃れられない罪を明示すべく、決まりきった答えを音に出した。
「全軍、コンフィアンサを迎え討て。決して川を越えさせるな」
これが愚かな命だとしても、退路は既に塞がれていた。
済まない、ギーメル。済まない、クシフォス。
心の内での謝罪は、まるで意味を成さない。ただ、無知という罪を犯した己の免罪符として、胸に抱いていたかった。
クシフォスは、依然として顔を伏せている。しかし、口の端を歪めながら、せせら笑っていた。奴の顔に落ちた影は色濃く、私をも蝕んでいった。