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傀儡の旧王とゼロの犬

 ああ、嘆かわしい。所詮はこの程度だったのだ。一つ、声が聞こえた。全くだ、と同意したところで、それが己の心から生まれたものだと気が付く。

 ぐずぐずと渦巻く怨憎(おんぞう)妬心(としん)疎斥(そせき)。それらは(ない)交ぜとなり、身体を蝕んだ。徐々に浸透する負の霧は、まるでとどまることを知らない。

 これもまた、一つの側面だ。もう一面は美しかろう。もう一つ、声が聞こえた。それもそうである。頷いたところで、それはやはり己の内から生まれたものだと気が付いた。

 細く棚引く喜び、希み、慈しみ。それらは緩やかに交わり、柔く身体を包み込む。ふんわりと取り巻く正の糸は、優雅にたおやかに伸びていた。

 されども。おもむろに頼りないそれを辿った。ぷつりぷつりと途切れる糸は、今にも潰えてしまいそうだ。霧に(うず)もれ、顔すら出せないものもある。眺めている傍らで、霧へと変わったものもある。

 要の大樹に果実が実っていた頃は、糸も大きな綱となり、逞しく波打っていたものを。それも朽ち果てた後は、見る影もない。その朽ちた訳すら、正しく知る者は既に居なかろう。

 ああ、嘆かわしい。今一度湧いた想念を認め、天を仰いだ。


 その時は、前触れもなく訪れた。

 激しくも神々しい光が晴天を迸り、世界は眩く染め上げられる。しかし、それは次の瞬間けたたましい崩壊の音と共に消え去った。一拍遅れて表に飛び出した人々は、残響の染み渡る広場から、聳え立つ城に目をやった――はずだった。

 呆然と立ち尽くす門番の先にある広大な土地には、瓦礫が山のように積まれていた。国の象徴でもある、堅牢にして豪奢な王城は、まるで槌に殴られたガラス細工のごとく、見るも無残に崩れ去っていたのだ。二十二全ての王城が、光と共に等しく瓦礫となっていたことを人々が知るのは、暫く後のことである。

 たった一瞬。世情がひっくり返るのは、それだけで充分だった。追い討ちをかけるように、大混乱へ陥る世界へとまた一つ闇が落とされる。

 王城が堕ちた後、どの国にも属さぬ神殿都市へと、一頭の犬がやって来た。その犬は大神殿の祈りの間へと降り立つと、大司教へとこう告げたという。

「偉大なる我が主は、無意味に殺し合う人間どもの愚かさに失望なされた。蹂躙(じゅうりん)された自然や人間どもの性根へ根付いた愚かさは、既に手の施しようもない有り様だ。それ故、主は全てを創り変えることをご英断なされた。

 今あるこの世は要らぬもの。せめて己の手で終焉(しゅうえん)を手繰り寄せるが良い」

 犬が去って間もなく、各国の瓦礫から人影が次々と立ち上がる。その姿は、城と共に消え去ったはずの王のものだった。しかしその身体は崩落した居城によりひしゃげ、口から漏れ出るものは、吐息とはかけ離れた――禍々しい白い霧だった。蘇った(かばね)の王たちが吐き出す霧は、瞬く間に王都を覆い尽くし、生きとし生けるものを次々と魔物へと変えていった――。

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