第六十七話 『髪の歪みは心の歪み』
ここで改めて樋田と晴の目的を再確認してみようと思う。
それは端的に言えば天界、及びそれに付随する諸勢力を殲滅することだ。
晴曰く、本来人類の管理とその存続保障を目的に開闢されたはずの天界は、数ヶ月前に勃発した泰然王の変以降、徐々に人間界へ過剰に干渉する姿勢を強めているらしい。
当然天界の天使連中にこの星が支配されるなんて事態は許容出来ないし、加えて既存の物理法則を歪める『天骸』が人間界に持ち込まれることも可能な限り阻止しなくてはならない。
しかし、樋田と晴の二人だけでそれだけの大事を成すのは時間的にも戦力的にも不可能である。
そこで二人は先日、自分達と同じく天界打倒を目的とする同志と手を結ぶことにした。
その相手こそが普段は晴が学生として通っている綾媛学園、及びそれを率いている人類王なる堕天使であるのだが――――、
「おーいヒダカス腹減った。パラグアイがヤバい。ミシミシ早く作れー」
「うるせぇぞ穀潰しがッ!! たらたら文句言ってる暇あんなら、テメェで配膳くらいしやがれッ!!」
綾媛学園での一件から月を跨いだ六月六日。
人類王と共闘の約束をしてからもう二週間も経つというのに、今日まで向こうから一向に音沙汰がないのである。
よって最近は特にこれまでのような非日常に巻き込まれることもなく、近頃の二人の生活は最早一般的な学生のそれと変わらないものと化していた。
実際に本日の樋田は普通に朝起床し、普通に朝の身支度を済ませ、普通に朝食の準備をしている最中である。
「てか、まだ六月だというのに最近ちと暑すぎはしないか? ここまで暑いと熱中症を発症してしまう危険があるので、ワタシのようなか弱いオニャノコは学校をお休みした方がいいかもしれない」
「うるせえ黙って行け。そして倒れて死ね」
そんな争いとはかけ離れたユルい毎日の中で、我が家のエンジェルクソニートこと筆坂晴はもう完全に腑抜けていた。
ここ最近の晴はメンドくさがりながらも毎日学校に行っては、放課後には松下達としこたま遊んで家に帰ってくるだけの日々を繰り返している――と、最早こんなの天使でもなんでもないただの一般的な女子中学生である。
こうして思い返してみると、もう長い間、彼女の口から『天骸』や天使といった異能がらみのフレーズを聞いていない気がする。
「ケッ、これだからお利口ちゃんは……あっ、そうだカセイ、今年の夏はこうもクソ暑いことだし海行こうぜー海ィ。ここ最近イベント無くて暇なんだがー、そんなワタシに娯楽を提供するのも保護者代理人たるオマエの責務だと思うんだがー?」
「っせえな、んなもんモジャモジャ達と行ってくりゃいいだろうが……ってサオリンヌが来れねえならあのクソレズも話にゃのってこねえか」
「あぁ、正にオマエの言う通りであった。折角このワタシが誘ってやったというのに、あの陰毛頭ときたら『はあ、なんでこの松下が紗織のことほっぽいてまで、筆坂さんなんかと遊びに行かなきゃならねぇんですかねえ。そんなのあの変態ロリコンクソ野郎と一緒に行きゃいいじゃないですか?』とかほざいてきてな……」
「あのガキ、影でんなこと言ってんのかよ。人間性の歪みが髪質に現れていやがるな」
樋田は適当にそんな軽口を叩く傍ら、海に行きたいという晴の提案についてぼんやりと思考を巡らせてみる。
正直、しばらくこの平和な日々がまだ続くのならば、彼女を海に連れていってやるのもやぶさかではない。
一見すると晴は樋田に甘えてばかりのようだが、実際はその逆で、樋田はこれまで何度も晴に助けられてきた。以前からそれらの借りを返してしまいたいと思っていたことであるし、海に連れて行くぐらいで晴が喜ぶなら安いものである。
「海か……」
そんなことを思い浮かべながら樋田はボソリと呟く。しかし、それを聞いた晴は急に人を揶揄うような小悪魔じみた笑みを浮かべると、
「およ? オマエ今もしかしてワタシのポロリでも想像していたのか? キャー、ヒダカス君のえっつぃ。ひぎぃ、らめぇ、いくぅ♡」
「欠片も想像してねぇ。つーか後期高齢者が盛ってんじゃねぇよ。テメェはまずポロリの前にポックリに気を付けやがれ」
「うーわ、何上手いこと言ったみたいなドヤ顔してんだコイツッ!! 全然面白くないわ、つまんねつまんねぇッ!!」
ひとまずこの話題はここでおしまい。
いつまでもアホみたいなことをギャーギャー喚いてる晴をガン無視し、樋田はチャチャっと朝食の準備を終える。
具体的に言うと冷凍ご飯をチンしたり、昨日スーパーで買った唐揚げをチンしたり、あとは副菜として冷凍食品のナムルっぽいものをチンしたりした。
我ながらあまりにも食生活が雑すぎる。
どうにかしてそこでゴロゴロしてるだけのカスを、未だ見ぬ家事完璧系ヒロインちゃんとトレード出来ないものかと樋田は割と本気で考えてしまう。
「クッハッハ、いっただきまーすッ!! うま、唐揚げうまッ!! ワタシこれハンバーグとカレーの次くらいに好きだぞ」
「ガキか。なんでそこだけ見た目相応なんだよ」
そうしてようやく朝食の準備が終わると、晴は先程までダラダラしてたのとは打って変わり、勢い良く飯にガッついていく。
そんな彼女の姿に微笑ましい気分になる樋田であるが、彼はそこでふと何かを思い出したようにスマホを取り出し――――ハァと長い溜息をついた。
「……うーわ、まさかと思ったら冷食の特売日昨日までだったのかよ。完全に今日の帰りに寄ればいいって思ってたわ」
「ハッ、別にそんぐらい大して変わらんだろう。男ならばそんな細かいことをネチネチと抜かすな」
「テメェは鶏か? 誰がギャンブルでヒトの貯金溶かしてくれたせいだと思ってんだよ」
「フッ、短期的な視点でモノを見るのはよせ。なに、確率はそのうち収束する」
「なんであんだけボロ負けしたくせに、これからも賭け事続ける気満々なんですかね……」
樋田はそんな晴の刹那主義すぎる生き方に呆れつつ、ふと自らの左目に手をやる。そして、一度とっ散らかった話題を元の軌道に修正しようとし、
「それにしても、時間を操る力とかいいつつ結構不便だよな、この左目。こういうときにちょっくら昨日まで時間巻き戻せたりしたら、多少は日常生活でも役に立つってのに――――うん?」
しかし、そこでふいに言葉を切る。
樋田が晴の方をチラリと見ると、彼女はいつのまにかなんだかコメントに困る微妙な顔をしていた。
「オイ、なんだよその顔。なんか文句あんのか?」
「いや、もうあれから二ヶ月も経ったというのに、コイツはまだ『燭陰の瞳』の本質を理解出来てないのかと思うと、なんだか居た堪れない気持ちになってな……」
「それ、テメェがあんときフワフワした説明しかしてくれなかったせいだと思うんだが」
実際樋田はこの『燭陰の瞳』という力に関して、二ヶ月前に一度されたこと以上の説明はほとんど受けていない。加えてそのときの説明に関しても、時間の矢云々以降の下りについてはほとんど理解出来ていないに等しい。
しかし、晴もそこでようやく自らの説明不足を自覚したのか、改めて『燭陰の瞳』について説明してくれることと相成った。
「まぁ、オマエもそろそろ術式というモノのなんたるかを理解してきた頃合であろうし、もう少し踏み込んだ話をしても良いだろう。まずはそうだな……どうやらオマエは普段その力を使って『時間を巻き戻している』と思いこんでいるようだが、正しくは『時間を加速させている』のだということは理解出来るか?」
「……ハア?」
説明してくれると言いつつ、いきなり訳の分からないことを抜かしてきた晴に、樋田は思わず小首を傾げてしまう。
確かに樋田はこれまで晴のいう通り、時間を巻き戻す力だと思って『燭陰の瞳』を使ってきた。あるときは五秒前に時間を巻き戻すことで致命傷をなかったことにし、またあるときはこれまた時間を巻き戻すことで、敵が一度唱えたはずの詠唱を無効化したこともある。
しかし、それらはどれも明らかに時間を巻き戻すことで引き起こされた現象であり、晴の言う時間加速などという手法が使われているとは思えない。
そもそも樋田はこの左目にそんな使い方があることを、今晴に言われるまで知りもしなかったのだ。
「まぁ、いきなりそんなことを言われても普通は混乱するか……そうだな。じゃあ例えば、正に今松下とかいうカスが突然全身爆発して死んだとする」
「あまりに遅すぎる、惜しまれぬ死だった――うん、スカッとするいい例えだな」
「スカッとするのには同意だが黙って聞け。ここから一度死んだ松下を生き返らせるためには、『燭陰の瞳』の力で彼女がまだ生きている五秒前の状態に戻す必要がある。しかし、別に『燭陰の瞳』は現在の松下の状態を、五秒前の松下の状態まで巻き戻しているわけではない。むしろ実際はその逆で、この場合は五秒前の松下の時間を加速し、現在の時間軸まで追いつかせることによって、現在の松下を上書きしているのだ。つまりは現在の状態を五秒前の状態に巻き戻しているわけではなく、五秒前の状態を現在の時間軸に持ってきているというのが正しい。これで結果的に松下は五秒前の状態に戻り、忌まわしくも生き返ることになる」
「……えぇ、マジかよ。死ねば良かったのに」
樋田はそんな適当な相槌を打ちつつ、そこでふと湧いた疑問について尋ねてみる。
「で、なにが悲しくて態々そんな回りくどいことしてんだ? 時間を操るだなんて大層な看板を掲げてんなら、素直に時間を巻き戻せばいいだけの話だろ」
「良い質問ですね。だがしかし、ここで前話したとある原則がネックとなるのだ。さて、ちゃんと覚えているかな〜ヒダカスくぅぅん?」
「確か術式によって引き起こす現象が、現実世界において実現性が低いものであるほど、発動に使用される『天骸』の量は増大する。逆に言えば、それに見合うだけの『天骸』が手元にあれば、理論上ありとあらゆる可能性を引き出すことが出来る……とかそんなだったか?」
「そういうことだ。オマエは時間を巻き戻す方が手っ取り早いと言うが、前提としてこの世界において時間遡行は決して起こり得ない現象だ。少なくとも今はそういうことになっている。逆に時間の加速については決してあり得ないことではない。滅茶苦茶な理論だとは思うが、松下以外の全物質が光速で移動すれば、相対的に松下の時間は加速することになるしな」
「いや、それ結局ほとんどあり得ねえようなもんじゃねぇか……」
「だが、ほとんどあり得ないだけで決してあり得ないわけではないだろ? それだけ『限りなくあり得ない可能性』と『決してあり得ない可能性』の間には果てしなく大きな差があるのだ。個人が有する程度の『天骸』で『燭陰の瞳』の力を使うには、よりあり得る時間加速の手法を用いた方が遥かにコスパがいい。まぁ、それこそ手元に溢れんばかりの『天骸』があるならば、素直に時間遡行を行うことも可能なのだろうがな」
晴はそこまで言い終えると、一度何かを切り替えるように飲み物を口に含む。
そうして改めてこちらに視線をやると、彼女はまるで子に小言を言う母のような調子でこう付け加えた。
「オマエも分かっていることだとは思うが、前回の戦いでオマエは簒奪王から奪った余剰な『天骸』を全て使い切った。当然これまでのような『燭陰の瞳』に頼り切った戦い方はもう出来ん。今のオマエならば一日に発動出来る回数は精々五回……いや、三回ほどと見なした方がいいだろう。『燭陰の瞳』無しでも最低限は戦えるようにならんと、これから先の戦いを生き残ることは難しいぞ」
「そうだな。もう軽率に自爆芸すんのは控えることにするわ。そんためにも『統天指標』の方を基軸にした立ち回り方を考えたほうがよさそうだ」
恐らく晴がこの一連の話の中で一番言いたかったのは、今の忠告であるのだろうと樋田はなんとなく悟る。
彼女は一見適当で自己中なように見えるが、実際はこのように割と心配性なところがある。だからこそ彼女に無用な心配をかけてはならないと、樋田は素直にその忠告を胸刻む――――と、丁度そんなときであった。
「へぇ、なるほど。その目の力ってそういう理屈だったんですか……あっ、この唐揚げ美味そうですね。一ついただいちゃいましょうッ!!」
「「は?」」
突然隣で湧いた謎の声に、樋田と晴は同時に目を丸くする。
慌てて声の方に視線をやると、一体どこから湧いたのか松下希子がちょこんと樋田家の食卓に参加していた。しかも彼女はそこでおもむろに懐から割り箸を取り出すと、
「ふっふっふ、無音殺傷法ッ!!」
そんなふざけたことをほざきながら晴の唐揚げを盗み食いしようとし――――案の定、横から樋田に割とガチで蹴っ飛ばされた。
少女の軽い体はゴロゴロと床の上を転がり、近くの家具に顔面から激突する羽目となる。
「痛った痛ったッ!! ちょっ、いきなりなにすんですかッ!?」
「……陰毛頭ァ、テメェ一体何しに来やがった。事情は聞かねえ、今すぐ出て行け。さもなくばお前は唐突に全身爆発して死ぬことになる」
「いや、ちょっと待ってくださいよッ!! 松下はただ二人にお伝えしたいことがあるだけでして――――」
「ほぅ、人殺しのくせに口応えとは生意気だな。オイ、カセイ。玄関からライターを持ってこい。コイツの頭から生えてるスチールウールに火をつけてやる」
「なんでちょっと癖毛なだけでそこまで言われなきゃいけないんすかッ!? てか、お二人共松下に対して当たり強すぎやしませんかねッ!?」
そう被害者面して喚くモジャ毛に対し、樋田と晴は自業自得だと一言で切り捨てる。
確かに綾媛学園での一件はあれでひとまずハッピーエンドとなったが――――それはそれでこれはこれである。
樋田も晴も恩を仇で返してきたコイツをそう簡単に許してやる気は毛頭ない。
そのまましばらくカス下をゲシゲシ足蹴にしたあと、樋田と晴はようやく彼女の話を聞いてやることにした。
「で、話ってなんだよクソカス下」
「ほらほらさっさと答えろクソカス下」
「痛ってぇ、もう完全にノリがヤクザじゃねぇですか……ごほん。まぁ、端的に言うと色々と上から言伝を頼まれましてね。ほら、お二人はウチら綾媛学園と、対天界を目的に協力関係を結んだじゃねぇですか?」
「確かにそうだが……あぁ、なるほど。ようやくそのときが来たというわけか」
「察しが早くて助かります。先日の約束に従って、我ら綾媛学園は貴方方二人に共闘を要請します」
正に噂をすれば何とやらというヤツだ。
共闘、その言葉が出た途端晴の表情はキリリと引き締まる。
「で、何用だ? 綾媛が動くということは大方天界絡みで何かあったんだろうが」
「いや、今回は別に天界絡みってわけじゃねぇです……まぁ、見方によっちゃある意味天界絡みとも言えるんですがね」
「御託はいい。とっとと本題に入れ」
晴の急かすような言い方に、松下は一度口をつぐむ。そして二人に心の準備をする間を与えると、おもむろにこう切り出し始めた。
「分かりました。率直に言いますと、今この東京ではダエーワが大量に発生しているんですよ」
「はぁ、ダエーワだと? こりゃまた突拍子のない……もしや嘘松下か?」
「嘘松下じゃねえです。確かに信じられないかもしれねえですが、実際ヤツらの存在はこちらでも確認済みです。ちなみに今はまだそこまで目立っちゃいねぇですが、既に市井の人間への被害も出ています。どうしてもってんなら、ウチの隻翼が撮ったヤツらの画像とか見せますが?」
「いや、いい。少し面食らっただけだ。しかし、それにしてもダエーワとはな……」
当然つい最近異能側の世界と関わりはじめた樋田には、二人が何を話しているのかさっぱりである。
しかし、晴がここまで眉間に皺を寄せているということは、やはりこの街で何かかなりマズいことが起きているのだろう。
「んで、そのダエーワって一体なんだよ?」
このままでは完全に話に置いていかれる。
そう思って樋田がおもむろに質問すると、すぐに晴が答えてくれた。
「キリスト教に悪魔っているだろ。端的に言えばあれのゾロアスター教バージョンだ。ゾロアスター教は古代ペルシアで勃興した一神教なのだが、その最大の特徴は徹底した善悪二元論にあってな。ゾロアスター教の経典である『アパスターク』において、この世界は生命と光を司る至高神アフラ=マズダと、死と闇を司る大魔王アンラ=マンユ――即ち善と悪による対立の舞台であると考えられている。そして、ダエーワとはその悪の親玉であるアンラ=マンユに仕える悪魔達の総称だ」
「ん、でもそれって大昔の人間が頭ん中で作り上げた神話の話なんだろ。それともこの現実世界に悪魔なんてモンがマジで実在しやがるのか?」
「いや、この世界における超常存在はワタシ達天使だけだ。ダエーワを含め、ありとあらゆる空想上の生物は当然実在しない……本来はそうであった」
「本来?」
「本来存在しなかったものも、新たに作り出すことは可能ということだ。そもそもこの世界における悪魔やら吸血鬼やらの超常生物は、天界最古参のジジババ共が使い魔として生み出した天使の亜種でな。昔は天使絶対数が少なかった一方、天使同士のガチ戦争は多かったゆえ、手軽な戦力の増強手段としてその手の術式の重宝された時代があったのだ」
晴はそれで樋田への説明は充分だと判断したのか、再び松下の方へと向き直る。
「して、ダエーワは具体的にどの地域にどれだけの数が出現しているのだ? あと、分かっている範囲で構わぬゆえ、悪魔共が用いる術式の体系についても知りたいのだが――――」
「あーあー、ちょっと待ってください」
しかし、そこで松下は晴の質問を遮るように両手を突き出して言う。
「ぶっちゃけ松下も今回の一件について隅から隅まで把握してるわけじゃねぇんです。ですから、あとの細かい話は学園に来てからあのロボット女にでも聞いて下さい。話は事前に通しておくので」
「……そうか。ならば仕方あるまい。そうと決まれば疾く学園の方に向かうとするか――――」
「あぁ、あともう一つだけ伝言があるんですが」
半ば腰を浮かしかけた晴は、そのまま続けろと目で促す。
「恐らく今回先輩と筆坂さんには別々に行動してもらうことになると思います。感知タイプの筆坂さんは松下と一緒にダエーワの搜索を担当し、そして先輩には松下達が発見したダエーワを駆除するための遊撃隊に加わってもらう予定ですから。もちろん先輩の方にもあとでウチの人員が一人向かうことになっていますので、具体的な話はそちらから聞いてください」
そして最後に「それでは、また」と一言付け加えると、松下は早々に『虚空』を用いてどこかへと消えてしまった。
あとに残った二人は、急に静かになった部屋の中で揃って顔を見合わせる。
「なぁ、晴。今の話どう思う?」
「……正直胡散臭さは感じた。特にもっともらしい理由をつけてワタシ達を別れさせた辺りが」
「だよな……まぁ、確かにアイツの言うことがマジなら筋は通ってんだけどよ」
一応共闘という形をとってはいるものの、正直樋田は綾媛学園のことを全く信頼してはいない。
元々奴等はいくらその目的が天界に対抗するためとはいえ、何の罪もない女生徒達を戦いのための駒に変えてしまうような連中なのだ。
樋田達を味方に引き込んだのも、もしかしたら油断したところで寝首を掻くための方便――とまでは言えなくとも、何かロクでもない目的のために利用しようとしている可能性は多分に考えられる。
「まぁ、とりあえず話だけは聞いてみるとしようぜ。異能絡みの事件でパンピーに被害が出てるってんなら、確かに俺達も見逃すことは出来ねぇさ」
「そうだな、現時点では様子見が妥当だろう。しかし、警戒は怠るなよ。何か妙なところがあれば、すぐワタシに連絡しろ。場合によっては向こうがこちらを裏切るより前に、ワタシらの方から連中を裏切ってやる」
これでひとまず話はまとまった。
とりあえずは松下の言う通り、それぞれの担当者から細かい話を聞くべきであろう。
樋田と晴は手早く学校に行く準備を終えると、そのまま同時に玄関の外へと出る。
そしてその別れ際、晴は思い出したようにこんなことを言い出した。
「それにしても、オマエの方には一体どんなヤツが来るのであろうな」
「そもそもの知り合いも少ないってのに分かるわきゃねぇだろ。まぁ別に戦力になってくれんなら誰だって構やしねぇさ」
「ふふっ、女子校だしワンチャン美少女来るかもとか期待してたり?」
「……なに、お前って常におちゃらけてないと死ぬの?」
そう、まるで興味などないかのように吐き捨て、樋田は足早に自らが通う高校への道を急ぐ。
誰であろうと構いはしない――ここでそんなフラグじみたセリフを吐いたことを、数十分後に後悔することになるとも知らずに。




