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第五十九話 『霊肉不二』


「私の相手はアンタってわけね。可哀想に、時間稼ぎの生贄にされるなんて心の底から同情するわ」


 時は樋田可成ひだよしなりが『神の歌(サンダルフォンアーツ)松下希子(まつしたきこ)を撃破したその凡そ十五分前。

 『叡智の塔』の上階へと向かった彼等二人とは別に、メインシステム制御室前の通路では、今正にもう一つの死闘がその幕を上げようとしていた。


 通路の陰から挑発気味に黒星を構えるは、群青の瞳を有し、観測と解析と再現を司る量産天使(ホムンクルス)アロイゼ=シークレンズ。

 対してそのアロイゼを敵意の視線で睨みつけるは、赤いガーネットの瞳を有し、南方と火と裁きを司る『神の炎(ウリエルアーツ)秦漢華(はたのあやか)の姿である。


「ハッ、尻の青い小娘風情が随分と大きく出たものだ。勘違いするなよ。ワタシは初めからキサマを殺すつもりでここまで来たのだからな」


 売り言葉には買い言葉と秦を挑発するアロイゼであるが、それで当の唐辛子頭が何か暴言を吐き返してくることはない。

 寧ろ彼女はその顔に怒りの色を浮かべつつも、期待外れとでも言わんばかりに長く思い溜息をついた。


「……まあ、いいわ。雑魚の癖に楯突くってんなら、お望み通り最短コースで消し炭にしてあげる。こんなところでウダウダしてるうちに、ウチの馬鹿な後輩が血気に逸ってアンタの連れを殺しちゃうかも分からないしね」


「フンっ、杞憂の極みだな。あのような自分の心すら騙し切れぬ未熟な小娘に、うちのカセイが敗北するはずがないだろう」


 即答。そして断言。

 それがまるで当然のことであるかのように言い切るアロイゼに、三つ編みの天使は腹立たしそうにチッと舌を打つと、


「……随分と言い切るのね。いくら考えが浅くて、メンタルも貧弱な中坊だとは言っても、あのモジャモジャだって一応綾媛百羽(りょうえんひゃっぱ)の第五位なのよ。正真正銘卿天使クラスの隻翼に、ちょっと術式齧っただけの人間が敵うとは思えないのだけれど」


「ああ、確かに別段根拠はない。ただワタシがそう信じているというだけだ。だが、あの男は面白いぞ? 最低最悪最低辺の人種でありながら、最高最良最頂点の生き方を目指すあの様は、滑稽と言えばそれまでだが、それはそれで人間らしい。それにワタシはアイツに一度命を救われているしな。そんなヤツに信じろと言われれば、こちらはもう黙って信じるしかあるまい」


「いっ、命を救われたってそんな……」


 それまでクールを貫いていた秦漢華はそこで僅かに動揺を見せ、そして何故かやけに怖い顔でこちらを睨みつける。


「ねぇ、アンタとアイツって一体どういう関係なわけ……?」


「はあ?」


 突如秦の口から溢れた何の脈絡もない質問に、普段は老獪なアロイゼも思わず目を見開いてしまう。

 アイツとは恐らく話の流れ的に樋田可成のことなのだろう。確かカセイはこの唐辛子女と校門で出会ったとき、普通に初対面のような反応をしていたはずだが――――もしや秦の方は秦の方であのヘタレチンピラと何かしら関わりでもあるのだろうか。


 しかし、分からないことを考えても仕方がない。それでも取り敢えず返事くらいはしてやろうと、アロイゼは何の気なしに口を開くと、


「……別にそう特別な仲ではないぞ。ただ互いに年頃の男と女なのに、何故か同じ屋根の下で一緒に暮らしちゃってる程度の関係だ。さてさて一夜の過ちはいつの日か、童貞の理性に乞うご期待」


「………………あっそ、別に興味ないんだけど」


「いや、キサマが聞いてきたんじゃろうがッ!?」


 何やら様子のおかしい真っ赤な髪の天使さんであるが、それでも小さな声で何かブツブツと呟くうちに、ようやく心の整理がついたようである。


「……あぁ、本当に最悪な日ね。今日は」


 しかしその直後、晴は自分の背中に何か冷たいものが走るのを感じた。

 もう、おしゃべりは終わり。まるでそう宣言するかのように、秦の纏う不気味な赤黒い『天骸(アストラ)』が、いきなり力強く吹き荒れ始めたのである。


「……確かにアイツもアイツでムカつくけれど、やっぱアンタはそれ以上に気に入らないわ。もう色んな意味で爆発しそうだから、さっさと始めさせてもらってもいいかしら?」


 赤髪の少女はそう吐き捨て、再びギロリとアロイゼの方を睨め付けると、


「ふふっ、アンタが人じゃなくて天使であることに心から感謝するわ。だって、天使なら手加減なしでブッ殺そうとしても手を汚さずにすむからね」


 これが戦闘開始の合図と言わんばかりに、その瞳からこれまでより更にドス黒い敵意が迸る。然して、戦いの幕が切って落とされたのは正にその直後のことであった。



「だから、安心して敗北しなさい」


「なッ…………!?」



 アロイゼが僅かに瞬きをしたその瞬間、彼女の視界内から秦漢華の姿が突如として消失したのである。

 いや違う。正確には晴が一度瞼を閉じたその僅かな隙を突き、炎の天使は二十メートルの距離を瞬時に詰め、その懐へと入り込んだのだ。


 つい先程まで遥か遠くにいたはずの敵が、気付けばすぐ目の前、手を伸ばせば届く距離に迫っている。

 続けて秦の上体から放たれるは、樋田のものと比べても軽く数倍のキレを誇る刺突が如き正拳だ。晴はそこから逃げるように身を捻り、なんとかその一撃を紙一重で回避する。


 だが、そのあまりにも鋭い拳は確かに量産天使の頬を掠めていた。拳を包み込む風圧に当てられただけで、そこにビッと一本の赤い線が走る。


 ――――ふざけッ、こんなのまともに食らったら冗談抜きで頭が飛ぶぞッ……!!


 豊富な戦闘経験を有し、これまで数々の修羅場を潜り抜けてきた晴であっても、これには思わずブルリと悪寒を感じずにはいられない。しかし、そんな彼女の嫌な予感は直後、すぐに現実のものとなった。


「……避けられたと、本気でそう思っているのかしら?」

「――――――――――ッ!!!!!!!???????」


 ()()()()

 鼻頭に強烈な一撃を叩き込まれると同時に、グチャリというとても人体が発してはいけない嫌な音が生じる。


 晴が反応出来なかったのは仕方がない。

 その一撃を目で捉えることすら出来なかったのも詮方ない。

 秦は渾身の正拳を躱されたと見るや、即座にその腕を引き、横に逃げようとした晴の顔面に追撃の肘鉄を放ったのである。


「……ア、ギッ」


 ただの一撃で原型が分からなくなるほどに鼻が砕けた。

 ただの一撃でまるで天地がひっくり返ったのかと思うほどに脳が揺さぶられた。


 そして、僅か一度拳を浴びただけで筆坂晴は瞬時に理解する。


 強い。

 強者なり秦漢華。


 その威力も、そのスピードも、その反射神経も、そしてその『天骸』も。どれを取っても今まで晴が相対してきた天使の中でも余裕でトップクラスに入れる怪物じみた力量だ。


 これほどまでに戦闘生物として凄まじい完成度を誇っていながら、この女が未だただの女子高生であることに甚だ驚嘆する。

 つまり彼女は天界にいる千年、二千年クラスの天使。それどころか世界各地の神話のモチーフにもなったような連中の領域に、たったの十年ちょっとで到達したということになるのだから。


 ――――化け物が、新たに一神教でも興す気かこの小娘ッ……!!


 評価修正、脅威度更新。

 卿天使の二位以上など冗談ではない。

 かの『神の炎』の強靭さは、間違いなく天界を支配者たる十三王のレベルに匹敵する。


 しかし、それでも晴は秦漢華の強さを未だほとんど理解出来ていないに等しい。

 晴の下した評定はあくまで『天骸』と体術に対してのもので、彼女の権能についてはほとんど把握出来ていないまま。そして何より最上の評価を与えたその体術に関しても――――秦漢華には更にもう一段階上がある。


「並みの相手なら今の一撃で首が飛んでるところなんだけど……そうね、時間も無いし最初から全力でいかせてもらうわ」


 壊れかけの顔面を抑えながら逃げるように距離を取るアロイゼを、赤髪の天使は追撃しようとはしない。

 秦はその場に立ち尽くしたまま、一度ふわりと目を閉じ、やけにその呼吸を浅く、そして静かにしていく。その静謐と悠然を極める彼女の姿は、まるで修験者や修行僧のようですらあった。


 ――――一体何をする気だ……?


 その明らかに異様な雰囲気に、筆坂晴は深く腰を落として身構える。

 そうして、次に彼女が再び瞼を開いたとき、そこにはこれまでと比べて数倍は鮮やかに澄んだガーネットが浮かび上がっていた。



「――――霊肉不二れいにくふじ



 それだけボソリと口にし、再び秦漢華は筆坂晴の元へと殺到する。しかし、此度の彼女の攻撃は、先程とは比べものにならないほどに鋭利で、そして俊敏なものであった。


 赤髪の天使は晴の両目のうち、より血糊で視界が悪くなっている左方から回り込むように接近すると、先程の一撃を繰り返すように正拳を放たんとする。


 対する晴は即座に左右への回避を選択。

 更には前回の二の舞を演じないよう、全身を覆い隠すように隻翼を盾にする対応を見せる。されど――――、


「無能の代償は体で払いなさい」


 筆坂晴の対応に、秦漢華もまた対応する。

 彼女はインパクトの直前に正拳の動作をキャンセルすると、そのまま翼の隙間をかいくぐり、晴の右耳をガシリと掴み取る。

 そして群青の天使の背中に悪寒が走ったその直後、秦は晴の右耳を、それに連結する頬の皮ごと力任せに引き剥がしたのだ。


「――――――――――――ッ!!!!!!!!」


 悲鳴はあげない。

 しかし、その想像を絶する激痛に、流石の晴も僅かに判断力を低下させられる。


 その隙をつかない秦漢華ではない。

 彼女はそのまま空いた右腕で晴の正面を殴りつけようとし――――なのに何故かその拳は顔の真横から飛んできた。

 有効打をもろに浴び、再び晴の脳がグラリと揺らぐ。しかしその一撃を契機に、赤い嵐は更にその激しさを増していった。


 重く、速く、捷く。

 それでいて想像もしない意識の外から打ち込まれる拳の数々。

 更には殴打の合間を縫うように行われる急所への強襲、そして諸器官への部位破壊。


 二本指による刺突がグチャリと左目を潰し、そうして意識が上体に向いた隙に、発勁を伴う蹴撃が下腹部をその中身ごと滅茶苦茶に破壊する。


 ――――霊肉不二だとッ、ふざけおって、その歳でどうやって武術の真髄にまで到達したッ……!?


 口からドボドボと鮮血を零しながら、晴は心中吐き捨てるように毒吐く。


 秦の口にした霊肉不二という言葉には聞き覚えがある。


 霊肉不二、日本人にも馴染み深い仏教用語で例えるならば心身一如。


 それは常人の目には見えない高次の肉体を知覚、更には特殊な呼吸法と瞑想、そして練丹術とを複合し、精神と肉体の境目を無くすことで初めて到達出来る一種のトランス状態だ。

 精神と肉体とが完璧に一つのものとして共有されれば、反射神経や動体視力は優に人の領域を超越し、頭で考えた動作をノータイムで肉体に反映させることすらも可能となる。それこそが秦漢華の用いる変則高速体術の根幹となっているのだろう。


 そして、何より恐ろしいのが、この霊肉不二が異能とは何も関係ない、ただの技術にすぎないことだ。

 仮にこれが権能や聖創を用いた戦法であるば、『顕理鏡(セケル)』を用いて幾らでも対抗策を練ることが出来る。だが、殴る蹴るだけで結果がつく闘いに関して、晴は全くの専門外だ。

 元々相手の異能を逆手に取った絡め手を得意とする彼女にとって、秦のように物理と身体能力のみでゴリ押ししてくる輩は最も相性が悪い。


「……なんで総合格闘技に中国拳法の使い手が少ないか知ってる? 単純、それは相手を殺すこと、或いは欠損を伴う禁じ手を前提に理論が組み上げられているから。だから現代の緩いお利口ちゃんなルールに縛られた戦いの中ではその真価を発揮することが出来ない。民国以前の殺人拳は、その日初めて会った奴を確実に殺すために磨き上げられた技術なのよッ!!」


 嵐のような攻撃に全身を打たれ、屍肉を集る禿鷲の如き部位破壊に晒され、いくら気を強く持とうとしても段々と意識がぼんやりと薄れていく。


 それでも晴がまだ生きているのは偏に彼女の技術によるものだ。

 晴の身長は143cmだが、『顕理鏡』で実体に映像ホロを重ね合わせれば、その体を本来よりも僅か数センチほど大きく、或いは小さく見せかけることも可能。

 秦漢華の攻撃は正確無比であるだけに、それで急所にキツい一撃をもらうことだけは回避出来る。事実初めからそのような小細工をしていなければ、晴はもう既に十回以上死んでいてもおかしくはない。


 しかし、それはあくまで時間稼ぎ。敗北を引き延ばしているだけで、この劣勢を逆転させられるような打開策ではない。このままではいずれ身体が動かなくなるのも時間の問題――――そう、晴の心に確かな焦燥感が浮かび上がった直後のことであった。


「あぁ、もう面倒くさ」


 次々と休みなく繰り出される体術の片手間、秦は晴へ向けて何か無数の小さな玉のようなものを投げつけたのである。

 今の晴は知る由もないが、それは鉄で作られた直径11mmの玉――――つまりはただのパチンコ玉だ。されど、秦漢華の有する『殲戮(せんりく)』は、その手が触れたありとあらゆるものを起爆物へと変換させる反則紛いの権能。

 当然今ばら撒かれた数十のパチンコ玉には、既に一つ残らず起爆性が植え付けられている。


 そこで何か嫌な予感を感じとった晴は、慌てて鉄玉をまとめて隻翼で弾き飛ばそうとする。しかし最早何もかもが手遅れであった。


「さよなら」


 そうして秦漢華がわざとらしくフィンガースナップを決めたその直後、全てのパチンコ玉が一斉に大爆発を引き起こした。


 極大の爆音と衝撃波、そして炎と光と熱とが、目の前に映る光景の全てを塗り潰す。

 確かに通常の座標爆撃と比べれば貧弱な火力であるが、それでもその威力は一人のか弱い天使の体を破壊するには充分過ぎるものであった。


 咄嗟に身を庇った隻翼は半分が消し飛び、晴の自身の体も横殴り爆風によって派手に宙へと巻き上げられる。


 マズい。

 これまで数多の修羅場を潜り抜けてきた晴は、だからこそそこで自らの危機を即座に察する。


 全身を爆風に煽られ、一切の回避行動がとれなくなっている晴の隙を、あの秦漢華が見逃すはずがない。

 そしてその予想通り、爆炎の中を突き破りながら姿を現した赤髪の天使は、素早く渾身の蹴撃を晴の無防備な腹部へと叩き込んだ。


「――――――――――ギッ」


 咄嗟に体を中折れの隻翼で庇うも、その上から槍のような鋭い一撃が突き刺さる。

 呼吸は止まり、思考は立ち消え、内臓が潰れたのかと思うほどの激痛が生じる。いや、もしかしたら本当に潰されてしまったのかもしれない。

 そうして思い切り吹き飛ばされた彼女の体は、まるで砲弾のような勢いで背後の壁に叩きつけられる。その衝撃で更に肋骨が二、三本はへし折られた。


「ギッ、グツ、ウゥウウウウこんのクソガキがアアアアアアアアアアアアッ……!!」


 あれだけ気丈であったはずのアロイゼも、そこで遂に痛みに我を忘れて吠えずにはいられない。

 しかしそれでも、それだけの猛攻を為して尚、赤い嵐の勢いは留まるところを知らなかった。


 晴が壁に叩きつけられたその直後、彼女の足元にブワリと浮かび上がるは、赤黒い光を放つ巨大な魔法陣である。



 ――――座標爆撃ッ……!?



 晴の背中にゾワリと悪寒が走ったその直後、魔法陣を中心とする半径十メートルが跡形もなく消し飛んだ。

 爆炎が燃え上がり、砂煙が舞い上がり、その場にあった全ての形あるものを残らず粉砕する。


「……本当しつこい女だったわ。流石にアイツまだ殺されてないわよね」


 これほどの爆撃をまともに喰らって生きているはずがない。

 今の一撃をもってアロイゼを仕留めたと確信したのか、最早秦は視界の向こうで消し炭となっているであろう晴を気にもせず、足早にその場を立ち去ろうとする。されど――――、


「……しつこくて悪かったなッ!! だがもう少し付き合ってもらうぞ小娘えええええッ!!」


 大爆発の直撃から僅か数秒、なんと筆坂晴は辺りを埋め尽くす爆炎と砂煙の中からバッと勢いよく飛び出したのである。

 しかし、その体は既にボロボロ。これまでの組手による負傷に加え、先程の爆撃によって体のあちこちが赤黒く焼け爛れてしまっている。


 こんな状態で突撃を仕掛けたところで何の意味があると言うのか。

 それは無意味な特攻か。或いは、血を流しすぎて遂に頭がおかしくなったか。しかし、どちらであろうとも秦漢華のすることに変わりはない。降りかかる火の粉は、ただ迅速に振り払うのみである。


「本当しつこいわねくたばり損ないッ!! 私だっていつまでもアンタなんかの相手をし続けられるほど暇じゃないってのにッ……!!」


 然して赤髪の天使は迫り来る群青の天使の顔面に鋭い回し蹴りを放とうとし――――しかし、その一撃はスカリと間抜けに宙を切る。

 いや、違う。外したのではない。正確には秦の攻撃が、筆坂の体の中を擦り抜けたのである。


「コイツ、もしかして『顕理鏡』使いッ……!?」


 そう。爆炎の中から飛び出してきたのは、血肉を有する筆坂晴の実体に非ず。その正体は『顕理鏡』を用いて虚空に映し出されたただの映像。そして本体の方は何処にかと言うと――――映像を囮としてフル活用し、既に秦の背後へと回り込んでいた。


「『双翼の攻(エンジェルアーツ)』」


 ここが異界であるならば、天界に『天骸』を察知される危険はない。

 然らば全力で殺す。我が天使の力の全てを解放し、必ずここで仕留めてみせる。


 晴の右肩から新たな翼が生えると共に、既に尽きかけていた『天骸』が、その生命力が再び力強く燃え上がる。

 そのまま羽の一枚一枚を硬質化、更にはその全てが鋭く捩れることによって、両翼による巨大な槍を形成。そして飛びかかる。この距離ならばもうこちらに気付いても反撃は出来まい。

 そのまま秦を串刺しにしてやろうと、晴は槍状と化した翼をその背中に向けて叩き込まんとし――――、



「なっ……!?」



 しかし、その一撃が秦の体を貫くことはなかった。

 確かに秦は囮である映像に向けて攻撃を放ったばかりで、背後からの奇襲には到底対応出来ないはずであった。

 けれども、それで一切の対応を取れたないのはあくまで人間の話だ。秦漢華は紛れもない隻翼の天使、その背には燃え盛る炎を象った巨大な翼が踊っている。

 即ち秦は自らの体の方はほとんど動かすことなく、肩の翼だけで晴の槍を受け止めてみせたのである。


 そこで両者の天使としての素質の差が更に表面した。

 秦の翼の硬度に耐え切れなかったのか、晴の翼槍はインパクトの瞬間、呆気なく粉々に砕け散る。


 驚くようなことではない。

 そもそも初めから粗製乱造の量産天使の翼が、王に匹敵する力量の持ち主のそれとまともに打ち合えるはずがないのだから。





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