第三十九話 『絶対に逆らってはいけない四人』
「どうやら、随分と大きな騒ぎになってしまったようですね」
野次馬の中より突如姿を現した五人の少女たち。
そのうちのリーダーらしき一人が声を上げた途端、晴を除く全ての人間がビクリと肩を震わせる。
今日初めてこの学園に来たばかりの樋田に細かいことは分からない。
されど、五人が五人茶色のブレザーを着ているところを見るに、どうやら彼女達はみな高等部に所属する生徒のようである。
そのなかにこれと言って特徴的な人物はいないが、目を凝らしてよく見てみると、他の生徒達とは違う点が一つだけ見つかった。
遠くからでは流石に形までは分からないが、彼女達五人の胸の辺りには、何か仰々しい『勲章』のようなものが取り付けてあるのだ。
しかし、樋田の思考はそこで一度打ち切られる。
そうこうしているうちに周囲の人々もようやく落ち着きを取り戻し始めたのか、やがて教職員のうちの一人がおもむろに口を開いたのである。
「高等部生徒会の皆さん、ですね……?」
「はい、教職員の方々は対応御苦労様でした」
「あとは我等が生徒会が理事長権限を代行し、事態の早急な収束に努めます」
「勤勉」
「引き継ぎ完了、皆様には速やかな教務への復帰を求めます」
「これ以上の余計な口出しは不要、天に召された生徒の保護は我等の職務である」
高等部生徒会を名乗る五人の少女たち。
彼女らが続けざまに紡ぐその言葉は、まるで機械音声のように無機質なものであった。
しかしその直後、教職員たちに一つの変化が生じる。
焦りや悲しみ。たとえ生じる思いの種類に差はあれど、確かにそれまで人の心を宿していた彼等の瞳から、急にあらゆる感情の色がフッと消え失せたのである。
そうして彼等はそれ以上余計な言葉を口にすることもなく、まるで何事もなかったかのように校舎の方へと戻っていってしまった。
「はあ、貴方もですよ里浦先生」
「はい、わかりました」
そして、それはつい先程まで女生徒と真摯に向き合っていた里浦響子も例外ではない。
彼女は抱きしめていた女生徒を淡々と引き剥がすと、そのままどこか不自然な挙動で他の教職員の後ろをついていく。
ふと思い立って辺りを見渡してみれば、あれだけ大勢いた野次馬もいつの間にか一人残らずどこかへと立ち去っていた。
『カセイ』
『……分かってらあ。一応可能性として考えちゃいたが、やっぱ先公の方も調教済みってことかよ』
いくら『天骸』や異能の力に疎い樋田であっても、教職員と野次馬達が何かしらの術式によって操れらるがまま、無理矢理に退去させられたことは流石に分かる。
事実あの瞬間、生徒会を名乗る少女達の体から僅かに『天骸』が漏れるのを、樋田はその魔眼をもってハッキリと捉えていた。
『ハッ、そっちから無防備に顔出してくれるたあ、俺らも随分と舐められたもんだぜッ……!!』
最早言い訳は無用。この学園にはびこる洗脳事件の黒幕は、間違いなくこの五人組の少女達なのであろう。
その目的自体は全くもって不明だが、向こうから態々姿を現してくれた以上、この好機を無駄にするわけにはいかない――――と、一人血気に逸る樋田であったが、そんな義憤の炎は晴の言葉によって鎮火されることとなる。
『どうやらそのようだな。しかし、まだこの五人が術者だと決まったわけではないぞ。術式による人格の乗っ取りが可能であるならば、彼女達もまた別の誰かに操られているだけなのかもしれないからな』
晴はそう言って樋田の短慮に釘をさすと、続けて背後にいる松下と隼志の方をチラリと見やる。
『それに今ここでやり合えば、必ず二人を危険に晒すことになる。いざとなったら腹をくくるしかあるまいが、出来ればここは穏便にことを済ませたい』
『チッ……ああっ、分かったよ』
確かに樋田も異能を用いた超次元バトルに彼女達を巻き込むのは本意ではない。少年はそうして沸騰しかけた頭の中を無理に抑え、すごすごと元いた花壇の裏側へと戻っていく。
そうして状況が振り出しに戻るなか、最初に声をあげたのは件の女生徒であった。
「生徒、会ですってッ……?」
そうして女生徒が心底恐ろしそうに後退ったとき、五人組は既に彼女のことを遠巻きに取り囲んでいた。
「該当生徒の外見に大きな変化は見当たりません」
「しかし、彼女が適性持ちであることは最早」
「明確」
「無駄な抵抗はお勧めしません」
「貴方が再び日常へと復帰することを望むならば」
まるで品定めでもするかのように凝視してくる生徒会の面々に、女生徒は思わず「ヒッ」と小さな声をあげてしまう。
尻餅をついたまま立ち上がることも出来ない彼女に向けて、生徒会のうちの一人が無言で手を差し述べる――――すると、
「やめてっ……、触らないでッ!!」
恐らく未だ先程の興奮が冷めやんではいないのだろう。女生徒は差し伸べれた生徒会の手を、拒絶するかのように力強く弾いてしまう。
その途端ただでさえ冷酷な印象を受ける生徒会役員の表情が、更に鋭く研ぎ澄まされたのを樋田は見逃さなかった。
「なるほど、やはり極度のストレスからパニック障害を引き起こしている可能性があります」
「中等部生徒会にナンバーJ3520へのメンタルセラピーの必要性を」
「提案」
「採決完了まで残り三秒――――全役員及び陶南統合学僚長による承認完了」
「生徒会決定に基づき、当該生徒をエリア38所属精神医療棟へと搬送します」
そこからはまるで流れ作業のようであった。
リーダーらしき少女が合図を出すと、残りの四人が一斉に女生徒を拘束しにかかる。両手を後ろ手で縛り、髪を掴んで無理矢理に頭を下げさせる。その力づくな様は搬送というよりも、連行と称した方がよっぽどしっくりくるものであった。
「ちょっと、やめてッ!! あたしはおかしくなんかなってないッ!! 狂ってるのはむしろアンタ達の方で――――ぎッ」
それでもなお抵抗する女生徒であったが、その体はバチンという炸裂音と共に突如崩れ落ちる。見れば四肢を封じる四人のうちの一人が、女生徒のうなじに躊躇なく電気銃を押し付けていた。
「そんなっ、ひどい……」
その人を人とも思わない強硬な対応を前に、隼志は今にも泣き出しそうに顔を抑え、松下も何かを堪えるように唇を噛み締めていた。
あの正義感の強そうな松下が一言も文句を言うことも出来ないとは、それだけ当学において彼女達生徒会が恐れられていることの証左なのだろう。
「オイ、キサマら。その女に何をする気だ……?」
「ちょっ、ちょっと筆坂さん……!?」
しかしそんな暗黙のルールも、今日綾媛に編入したばかりの晴には関係ない。彼女は刃を思わせる酷く冷たい瞳で、生徒会の面々をギロリと睨みつける。
その声色も普段とは比べものにならないほどにドスが効いたものになっており、遠くから見てるだけの樋田の背筋にもブルリと寒気が走った。
――――あの野郎、テメェが抑えろって言い出したくせに。
最近は比較的温厚なので忘れそうになるが、晴は本来己の信念のためなら殺人すらも厭わない激情の持ち主だ。自らの手で人を殺めた者のみが持つ本物の殺気に、樋田は冗談抜きで呼吸がしづらくなる。
しかし当の生徒会役員達は、それほどの圧を正面から受けながらも、暖簾に腕押しとばかりに平然としていた。
「先程述べた通り、彼女には当学の専門施設で最先端の心理療法を受けていただきます」
「その後は彼女が再び学園生活に復帰出来るよう、周囲環境の改善に力を尽くしましょう。そのためには対象の一時的な隔離が」
「必至」
「我等が生徒会には当学の全生徒にとって快適な学園を造る義務がありますので」
「それは我等が『先生』の目指す当学の理念でもあるのだから」
その反論は許さないと言わんばかりの傲慢な言い草に、晴は露骨に不快感を露わにする。
「ほお、よくもまあそうペラペラと口が回るものだ……キサマら、天地神明に誓ってその言葉に嘘はあるまいな? 」
「当然です。そもそも我等が彼女に何か良からぬことをするという根拠はあるのですか? 」
「囀るなよメスガキども。電気銃なぞ危険なもの持ち歩いている時点で、キサマらのことなど到底信用出来るものか」
そうしてしばらく火花が散るほどの迫力で睨み合っていた両者であったが、やがて晴の方が諦めたと言わんばかりにチッと舌を打つ。
諦めるとはおおよそ彼女らしくない選択だが、これ以上ことを荒立てるわけにもいかないと判断したのだろう。
「ご理解いただけたようでなによりです。J3520の一件は我々が責任を持って解決致しましょう」
対する生徒会の面々は敬意の欠片も見えないお辞儀を披露すると、気絶した女生徒の体を小慣れた様子で担いていく。
そうして彼女らが元来た道を引き返そうとしたまにその瞬間、五人の少女達は一言忠告とばかりに目だけでこちらを振り返り、
「しかし当学には当学のルールがありますから、我等はその枠からはみ出ない範囲での個性しか尊重しません」
「可哀想にあなた達も狂えなかったのね」
「饒舌」
「どうせそうやって元気に吠えていられるのも今のうちだけ。ここに籍を置き続ければ、そのうち嫌でも学園の一部にならざるを得なくなる」
「そう、かつての私達みたいに」
生徒会の面々はそれだけ言い切ると、最早言い残すことはないと瞬く間に向かいの校舎の方へと引き返していく。
筆坂晴に松下希子に隼志紗織。
生徒会役員達がいなくなった後も、彼女ら三人が再び元のように口を開くことはない。しばらくは遠くから石道を踏む音が微かに響いていたが、やがてそれも全く聞こえなくなった。
♢
空の向こうが赤に染まり、鴉がやかましく鳴き出す時間帯になっても、晴達の気分が晴れることはなかった。
当然あんな酷いものを見せられた後では、三人で楽しく『止まり木』のなかを遊び回る気にもならない。たまに誰かが会話を振って決して長くは続かず、コツコツと床を打つ足音だけがやけに耳につく。
気付けば『止まり木』を抜けた先にある当学の中心部――――即ち晴達が使用している中等部の第三校舎の近くに彼女達は来ていた。
手持ち無沙汰な樋田はなんとなく窓の外の景色を見やる。その視線の先に映るのは当学における一番のランドマーク、この巨大な学園を見下ろすように聳え立つこれまた巨大な煉瓦造りの塔である。
なんか無駄に目立った建物なのに結局今日は行かなかったなあとか樋田が思っていると、隣で松下がキョロキョロと辺りを見渡していた。そして周囲に誰もいないことを確かめ次第、彼女は「はあ」と不幸になりそうな溜息をつくと、
「……全く生徒会に突っかかるとか本当勘弁してくださいよ、もうあんなの絶対に目つけられたじゃねぇですか」
「あれは生徒会だなんて緩い言葉で収まる概念ではないと思うがな。折角いい場所だと聞いて転校してきたのに、この学園はいっつもあんななのか?」
「いや、私たちも初めてだったからびっくりしたよ。確かに高等部の先輩方から風の噂では聞いてたんだけどね……」
「……まあとにかく、筆坂さんが悪目立ちするタイプだってことはよく分かったんで、今のうちに忠告しといてあげましょう。この学園で平穏に学生生活を送りたいならば、絶対に逆らってはいけない人が四人います」
そんな松下の唐突な発言に晴は「四人?」と思わず聞き返し、樋田もまた猫背になりがちな背筋をピンと伸ばす。
彼女達もある程度は洗脳の影響を受けているようだが、それでも当学の内情を知っている者の情報は何か有益な手かがりに繋がりになるかもしれない。
事実松下はいつになくその覇気の無い顔を固く引き締めており、隼志も誰かに聞かれたらまずいと言わんばかりに、辺りをキョロキョロと見渡していた。
やがて松下は意を決したと言わんばかりに、真っ直ぐな瞳で晴を見つけると、
「はい、一人目は今年初等部から全教科満点で進学した稀代の天才、中等部一年ヒスカルト=ジュークレイ」
そうして晴の側に向かっておもむろに一歩踏み出し、
「二人目は綾媛で一番危険な女と畏れられる狂犬、中等部三年執行麗」
続いて晴の両肩にそっと手を置き、
「三人目は高等部生徒会長の立場にありながら、児童会・中高生徒会・学生自治会の四組織を統括し、『冷徹宰相』とも称される学園の実質的な支配者、高等部三年陶南萩乃」
最後に声を押し殺して、こう付け加える。
「そして四人目は赤い髪に紅の瞳を持ち、当学最高クラスの頭脳と身体能力を有する傑物、高等部二年秦漢華。この四人にだけは、特に秦漢華にだけは何があっても決して関わってはいけませんッ……!!」
ヒスカルト=ジュークレイ、執行麗、陶南萩乃、そして秦漢華。松下がその四人の名を口にするたび、隣で隼志が大袈裟なまでに体をブルリと震わせてしまう。
態々言うまでもないが、その絶対に逆らってはいけない四人のなかに一人だけ知った名があった。あれほどまでに特徴的な外見と、あれほどまでに苛烈な気性を持ち合わせる少女をまさか忘れるはずもない。
秦漢華。それは間違いなく今朝樋田に絡んできた唐辛子頭のことだ。
しかし、隣の晴はそんな余計なことは口にも出さず、松下から少しでも情報を引き出そうと質問を重ねていく。
「で、そいつらは一体どんなヤツらなんだ?」
「いえ……、松下達も四月に入学してきたばかりなんで細かいことは知りません。風の噂というか、賭博場で先輩達からちょこちょこ聞いただけなんで……」
そう謙遜して言う松下であるが、彼女は間違いなく有益な情報をもたらしてくれた。
このただでさえイカれている学園の中でも、特に頭がおかしいと称される四人の少女達。彼女達を中心に探れば未だ見えぬ学園の全容も掴みやすそうだし、今回洗脳を行なった術者がその四人のなかにいる可能性だって低くはないだろう。
「大分暗くなってきちゃったね」
「ああ。流石にそろそろお開きにしますか?」
そんな二人の声につられて窓の外を見やると、オレンジ色だった空はいつの間にか暗くなっていた。懐からスマホを取り出してみても、確かにそろそろ六時半といい時間である。
「そうだな。松下もサオリンヌも今日は色々と迷惑をかけてすまなかった」
「ちょ」
そう言ってペコリと頭を下げる晴に、松下は慌てて手をフリフリすると、
「そんな水臭ぇこと言うのやめてくださいよ。松下達これでも一応友達なんですから」
「そうだよな。ワタシ達友達なのだからちょっとくらい迷惑かけてもお互い様だよなッ!!」
「晴ちゃんって絶対長生きするタイプだよね……、周りの人はストレスで早死にしちゃいそうだけど」
さらっと毒を吐く車椅子カチューシャに、樋田は最大限の同意を込めて「それな」と独り言つ。
まぁ何はともあれ少しお喋りした甲斐もあってか、重苦しかった三人の会話もようやく弾みだした。後腐れなく別れるにはここらが妥当であろう。そして、そう考えていたのは松下達も同じようで、
「そいじゃあ松下達は寮なんで、ここらへんで」
「おう、また月曜な」
「あっ晴ちゃん、そういえば来週の月曜は生徒総会あるから少し早めにきた方がいいよ」
「おーそうかそうか、せんきゅーサオリンヌ」
そうして晴は二人と適当に別れると、樋田を連れ立って一先ず建物の外に出る。そして校舎の外周に沿って駅へと向かいながら、ここでようやくはっきりと少年の方を見て言った。
『カセイも今日は一日付き合わせてしまってすまんな』
『だーからこんな胡散臭ぇ場所にテメェ一人残してくわけにはいけねーつっただろ。つーかそんなことよりテメェは今日一日できっちり目的果たせたのかよ』
そう樋田が口やかましく言うのは、『顕理鏡』を用いた探知術式のセッティングのことである。今日は一先ずこれを学園中に張り巡らせ、そこからどこにいるかも分からない術者を見つけ出そうという方針だったはずだ。
『うむ、流石に完全網羅とまでは言えないが、これでワタシが目星をつけたスポットは粗方抑えられたはずだ。ふふん、裏でちゃんと仕事してるワタシ偉い』
晴はそう言っていつもように腕を組むと、心から満足そうに「ふはは」と笑う。
ここに来たばかりのときは洞窟の中を明かりも無しに進んでいる気分であったが、今日一日でそこそこ私立綾媛女子学園の実態が――――そして樋田達がやらねばならないこともわかってきた。
幸いあれから晴が狂気に囚われることは一度もなかったし、彼女の言う対呪術式とやらが完成すればひとまずは安心出来るだろう。
『しかし、『顕理鏡』に保存した映像分析やら、ワタシの体に刻まれた術式の解析やら、やらねばならんことはまだまだ山積みだな。この調子では今日は寝れなそうだ。あーつれーわ、寝れねーのマジつれーわ』
『そういうの口に出すのやめとけ、顔のパーツ寄るぞ』
今日一日だけでも色々あって心配していたが、まだ軽口を叩く余裕があるようなら安心だ。明日もっと腰を入れて本件を調査するためにも、今日はで 出来るだけ早く帰って晴を休ませてやろう。
そんなことを考えながら樋田がテクテク帰路を進んでいると、晴が不意に立ち止まって言う。
『おお、やはりきちんと片付けられているな。流石は金持ち学園なだけはある』
『あっ? なんの話だよ?』
『ほらあそこだあそこ、あの窓の下を見てみろ。朝オマエが捨てた花瓶の破片が綺麗さっぱり消えているだろ?』
『……ああ、あれか。そう言えば確かにここらへんだったな空き教室』
二人がなんの話をしているのかというと、まあ晴が壊した花瓶の破片を窓から捨てて誤魔化したあのクソ事件のことである。
晴に言われてその窓の下を見てみると、確かに花瓶の破片らしきものは一つも転がっていない。樋田は清掃員さんありがとっ! とか思うのと同時に、なんだかひどく申し訳ない気分になる。
『ん』
と、視界の端に違和感を感じたのはちょうどそんなときであった。
ひらひらたなびくカーテンの隙間から、僅かに覗く空き教室の中。樋田はそこへ向けてジッと目を凝らし――――直後、まるで幽霊でも見たかのように凍りつく。
使われなくなった柱時計やら燭台やらが塊となって保管されている見覚えのある空間。なんとそこには朝割ってしまったのと全く同じ花瓶が、全く同じ場所に、そして全く同じ角度で置いてあったのだ。
学園が片付けついでに新たなものを置き直したのかとも思ったが、そもそもこの教室は使わなくなったものを一時的に保管するための物置のようなものである。
ただでさえ持て余している物品を、壊れたからといって新たに補充する理屈はどこにもない。ならばそこから考えられる可能性はたった一つだ。
『オイ、どうしたカセイ?』
そうして不意にこちらを覗き込む晴の顔には、明らかな心配の色が浮かんでいる。どうやら自分でも気付かないうちに随分と酷い顔になってしまっていたらしい。
『いや……、なんでもねぇよ。用が済んだならとっととずらかろうぜ』
樋田はそうぶっきらぼうに囁くと、晴の方を振り返りもせずにズカズカと歩いて行ってしまう。
――――チッ、気味が悪いったらありゃしねぇな……。
私立綾媛女子学園。
『最高級の人材へ無条件の投資』をスローガンに掲げ、異常なまでの設備を備えたこの学園には、きっと何か未だ見ぬ裏がある。
晴を発狂へと誘う奇天烈な異能。
赤い髪と紅の瞳を併せ持つ謎の少女秦漢華。
学園関係者全員に掛けられている洗脳術式。
生徒会を名乗る少女達の異常行動。
松下の言う絶対に逆らってはいけない四人。
そして、自発的に修復したとしか思えない学園の備品――――。
それら一つ一つに言い表しようもない気味の悪さを覚えながら、樋田と晴はようやく当学における一日目を終えた。




