少女漫画に物申す。
思いつきから気のおもむくままに書きなぐったので、設定がとても雑でありきたりです。書きたかったのは当然食パンのシーンです。
気が付くと、不思議な空間にいました。
どことなく見覚えがあり、かつ初めて見るような新鮮さがあります。
暫く、ぼーっとしていますと、空間に変化が生じました。
地面だと思っていた足元の部分に、まるで水面の様に波紋ができたのです。
その波紋の中心から、少しずつ現れる何かを見守っていると、頭の中に声が響いてきました。
《こんにちは。私は、この異空を司る者です》
この言葉を合図に、謎の物体は、波紋から完全に姿を現しました。
それは、人にしては不自然な程整った女性の姿をしていました。
「こんにちは」
私が返すと、異空を司る者――管理者さんと呼びましょう――は少し間を空けてから口を開きました。
《驚きました。こんなに早く落ち着いた人を見たのは初めてです。突然ですが、貴女には別の世界に移動してもらうことになりました》
……確かに、突然ですね。驚きましたよ。
「理由をお伺いしても?」
《ええ、勿論です。この世界には、無数の異空と呼ばれる場所があり、そこの一つ一つに管理者の様な存在がいます》
……何ということでしょう。私の考えた管理者さんという呼び名は、あながち間違いではなかったようです。むしろ、ジャストフィットですね。
《そして、その管理者は三ヶ月に一度――つまり、一年に四度、管理する異空の近くに居た人の願いを一つ叶えるのです。目的は、世界に干渉する練習と人の願いを叶えることで徳をつみ、管理者としての格を上げることです》
「つまり、私の願いを叶えようとした結果、別の世界に移動させるという方法に落ち着いた、ということですね」
《ええ。その通りです。という訳で、これから貴女が大好きな少女漫画の世界に転生していただきます》
ん? どういうことでしょう?
「ええと、すみません。お気を悪くしないでいただきたいのですが、私は少女漫画というものはあまり読まないのです。どちらかと言うと、少年漫画の方を好んでおりましたし」
正直に言うなら、私は少女漫画というものに苦手意識を持っているのですよね……。
あの展開の遅さと焦らすようなストーリー展開に、何度読むのを断念したことでしょう。
《え? 冗談よね?》
管理者さん、敬語はずれていますよ。そちらが地なのでしょうか?
「ええと、一応、その漫画のタイトルをお聞きしても?」
気を取り直したように、少しどや顔で言われたタイトルはほとんど知らないものでした。
タイトルだけは知っていますが、内容は……。というやつです。
確か、この漫画は王道テンプレと言われるものを出来る限り詰め込んだというある意味画期的なものだった筈です。
王道故の手堅いファンと展開に面白味がないというアンチ派の仲が特に悪いことでも有名でした。
しかし、賛同派の勢力の方が優勢らしく、昨年めでたくゲーム化したそうです。
会話選択型のシュミレーションということしか知りませんが、きっと元が少女漫画なので所謂乙女ゲームでしょうね。
この辺りの情報は、全て友人から聞いたものです。
ちょうど、ここで目覚める前に話していたので良く覚えています。
……。
…………!
もしかして……。
「あの、勘違いだったら申し訳ないのですが、これって、私の隣に居た友人の願いではありませんか?」
《え? ……そんな筈は》
管理者さんは、慌てたように手元に出現させた書類を確認し始めました。
《……あ。本当だわ。どうしよう》
「今から、友人を連れて来るのでは駄目なのですか?」
《申し訳ないけど、それは出来ないのよ。ここは一度喚んだ人を戻すことは不可能だし、願いを定義してから喚んでいるから別の願いを叶えることも出来ないの》
何ということでしょう。逃げ道が無いじゃないですか。
《と、いう訳で、申し訳ないけど、逝ってきてね! 本当にごめんね》
うわっ、突き飛ばされましたよ! 危ないですね、もう。
しかも、何だか寒気がしましたよ。何を言ったのですか、あの人は。
あ、いつの間にか足元に穴が開いているのですが。
このままだと落ちますね。というか、すでに落ちかけています。どうしましょう?
そのまま、私の意識は途切れたのでした。
目を開くと、これでもかというほどピンクをふんだんに使った部屋でした。
……えー。私、ピンクはあまり好かないのですが。窓際のぬいぐるみも鬱陶しいですね。
正直、私の趣味じゃないです。
前の私の部屋は、もっと機能性を重視した質素なものだったのですが。
友人には、殺風景で面白味がないと言われてしまったくらいですし。
……うええ、少し気持ちが悪くなってきましたよ。
これは、性急に模様替えが必要ですね。
……おや、階段を駆け上ってくる様な音が聞こえます。どなたでしょう?
というか、ここ、二階だったのですね。
――ガタッ
「姉ちゃん、起きろー! 遅刻だぞー!!」
おおう、部屋に入ってきたのは将来が有望そうな美形の少年でした。
数年後には、イケメンですね。友人が好きそうなタイプです。
どうやら、弟君のようです。
でも、弟君(仮)、ドアが壊れます。もう少し静かに開けて下さいよ。切実に。
「有り難う御座います。直ぐに行きますね」
……んー? 弟君が凄い表情でガン見してくるのですが、何ですか。美形が台無しですよ。
「……姉ちゃん、熱あるのか?」
……失礼な。平常ですよ。
「おかしい。姉ちゃんがこんなにまともな筈が無いんだ。いや、熱があるのは、僕の方なのか?」
ここまで言われるって……。私は、何だと思われているのですか。
「姉ちゃんは、いつも頭の沸いた様なことしか言わないのに」
何気に酷いです。弟君、毒舌ですかね。
「例えば、どのようなことを?」
「『きゃはっ☆ みんな、よろしく~はあと』みたいなことをしょっちゅう。というか、姉ちゃん、自分のことでしょ?」
……うええ、何それ気色いです。誰です、それ? はい、私? ストレスで死にますよ。いえ、本気で。
「主に私の精神衛生的に宜しくない情報を有り難う御座います」
「一人称だって、羽流だったし」
……そういえば、ヒロインの名前は羽流でしたっけ。ちょっと、頭が軽そうな名前ですね。羽ですし。
「えっと、まあ、姉ちゃんが起きていたならいいや。いつも、耳元で三十分くらい叫んで漸く起きるからね。流石の姉ちゃんも入学式は楽しみだったってことかな」
「はあ、入学式ですか。……何て面倒そうな行事(ボソッ)」
「……ん?」
リビングに行くと、朝食の用意がしてあった。
あれ、父親らしき人も母親らしき人もいないですね。
「ああ、父さんと母さんは夜勤と出張で留守だよ。……姉ちゃん、あまり話聞いていないっぽかったから」
弟君、迷惑をかけます。すみません。
弟君曰く、何時もより起きるのが早かったから、時間に余裕があったらしいのですが、何せこの家で生活するのは今日が初日ですから、勝手が分からなくて手間取りました。おかげで見事に遅刻ギリギリです。
急いで朝食を取ろうとしたところで、「カチッ」と何かが切り替わる音が聞こえました。
「きゃあ~☆ 遅刻ちこくぅ~」
何ですか、これ。自分の意思と関係なく、黒歴史が量産されていくのですが。
嗚呼、勝手に食パンを口にくわえないで下さい。
「行ってきまぁす!!」
弟君が「今日も、やっぱりやるのかよ……」と呟いていたのが、印象的でした。
学校への道は、不幸中の幸いと言うか、謎のスイッチヒロインが爆走してくれるので分かりますが……。
丁度、曲がり角にさしかかった所で、嫌な予感がしました。
私は、自分の意思と気力を総動員して、角のギリギリの所に寄りました。
すると、どうでしょう。角の向こうから、これまたイケメンさんが現れました。
角で曲がりきれずに、すっ飛んでいって転びましたが。
……あれにぶつかっていたら、私も危なかったのですね。
イケメンは何でも出来るしいつでも格好いい、と友人は言っていましたが、買いかぶりだったようです。
まあ、ともあれ今のうちに逃げましょう。
因みに、今の私の口には未だに食パンがあります。
口の中の水分が奪われますし、転んだら汚いですし、周りの目もあります。そして、一度手に持ち直さないと食べにくいので、結局の所、朝食としての役目を果たせるかさえ微妙です。
この食パンによる出会いを考えたのは、何方なのでしょう? 一度、考え直すように言いたいです。
大体、食パンを口にくわえている子とぶつかって、そのパンが口から飛び出したりしたら目も当てられないじゃないですか。私なら、そんな女子と恋愛したいとは思いませんよ。というより、お近づきにすらなりたくないです。
……そういえば、普通ぶつかる方がメインヒーローと言われるキャラクターなのかと思っていたのですが、あれは学校とは真逆の方向ですね。メインヒーローは同じ学校でしょうし、人違いのようです。
しかし、朝食を口にくわえている時に限ってヒーローとぶつかるなんて、確率的にあり得ないと思っていましたが、弟君の言動から察するに毎日やっているのでしょう。そりゃあ、ぶつかりますよね。
因みに、今朝一番辛かったのは、登校時に会うご近所さんが、「ああ、またか」という反応をしていたことです。
実は、あのイケメンさんがメインヒーローで物凄いレベルの方向音痴だと後になって分かったり、私が二重人格を疑われたりと波乱万丈の毎日が待っていますが、それはまた別のお話です。
まあ、取り敢えず明日からはなんとしても、早起きを頑張りましょう。強制黒歴史、反対です!
……Fin……
因みに食パンのシーンは、誰のとは言いませんが一部実話が元になっていたりします。