第8章:やけ酒
未来は家のリビングのソファでお酒を飲んでいた。
目の前にはテレビがついていたが、視覚の寂しさを紛らわす程度にしか見ていない。
ホテルを出た後、未来は大量にお酒を買い込みやけ酒を飲んでいる。
あんな場面に遭遇したんだもの、飲まなきゃやってらんない。
ブライダルフェアに一緒に行く間柄だと、きっと結婚の約束でもしているのだろう。
なにがブライダルフェアよっ!
未来はソファに置いてあるクッションを拳でおもいっきり叩いた。
あの時、村木の頬を一発撲ってやりたかったし、問いつめてやりたい気持ちで一杯だったが、あえてそれをグッと堪えた。
あの場でそんな事をすれば、きっと惨めな思いをするのは未来の方だと思ったからだ。
それは未来のプライドが許さなかったし、なにより二股をかけられていたことに今まで気づかなかった事が情けなかった。
あまりの情けなさに涙すら出てこない。
とその時、リビングの扉が開き隼人が入ってきた。
「おっかえりぃ」
今まで聞いた事のない、明るい声の未来に隼人は驚いていたが、未来の周りに置いてある缶ビール5本と焼酎の瓶を見て明らかに嫌そうな顔をしている。
「何やってんだよ、こんな時間から」
確かに夕方の六時にかなりの酔っぱらいになっていれば、こんな時間からと言われても仕方ない。
「今日のぉ、隼人君の夕飯はぁ、そこに置いてあるぅ、総菜ねぇ」
こんな時にご飯なんて作りたくなかった未来は、お酒を買う時にスーパーで総菜をいくつか買ってテーブルに置いていた。
まったく気にせずに明るく言う未来に隼人は冷ややかな眼差しを送ると、自分で飲み物を用意し、ダイニングテーブルの椅子に座って黙って総菜を食べ始めた。
その様子を見ていた未来はお酒を一口飲み、先程とは違って真剣な顔をして隼人に聞いた。
「ねぇ、あんたさぁ、知ってたの?」
「何が?」
隼人はこちらを見る事なく言った。
「村木さんに他に女が居るってこと」
未来の言葉に隼人は一瞬手を止めこちらを見たが、すぐに残っていた夕飯を食べ始めた。
「今日見かけたんだ、村木さんが他の女と一緒に居るところ」
未来はグラスの中のお酒を眺めながら言った。
隼人は夕飯を食べ終えたのか未来の横に座ると、持っていたグラスに焼酎のお茶割りを作り
「今日は付き合ってやるよ」
と言って飲み始めた。
へぇ、優しい所もあるじゃんと思ったが……。
ん?
待てよ。
「ちょっと! 付き合ってやるってあんたまだ未成年じゃない!」
隼人のグラスを奪おうとしたが、酔っ払っている未来には空振に終わった。
「堅いこと言うなよ。せっかく付き合ってやるって言ってんだから」
隼人は未来の頭にポンと手を置くと
「失恋した時は誰かに愚痴るのが一番だろ」
そっけなく言った隼人だが、未来の頭の上に置かれた手は不思議と暖かく感じた。
隼人相手にそんなふうに思ってしまた未来は、これじゃほんとにどっちが年下なのかわからないよなぁと思いながら、ふとさっきの質問を思い出した。
「そういえば、さっきの質問にまだ答えてもらってない」
何の話だったか覚えていないかのように隼人は未来を見た。
「なんであんたが村木さんの事知ってるの?」
その質問に思い出したかのようにあぁと呟いた。
「俺がバイトしている店の常連客なんだ。たまにお嬢様風の女を連れて来てたから」
そうだったんだ……。
そういえば村木さんと一緒にいる時はあまり外を出歩かずに、アパートに居ることが多かった気がする。
今思えばひとり暮らしをしているあたしって、浮気相手には都合が良かったのかもしれないな。
「ねぇ、あんたって何のバイトしてるの?」
「ん? 教えない」
隼人は目の前にあるテレビを観ながら言った。
「前から思ってたんだけどさぁ、なんであんたってそんなにあたしに冷たいワケ?」
その言葉に未来はいつもなら絡むことなく会話を諦めるのだが、酔っているせいか言い返した。
近所のおばさん連中には驚く程の笑顔で挨拶しているくせに。
「お前って、酔うと絡むタイプなんだな」
隼人はお酒を飲みながら苦笑している。
「何がおかしいのよ!」
「いや、失恋した割には元気だなと思って」
そっ、そうだった……。
なんか隼人と一緒に居ると調子狂うよなぁ。
「そうゆうけど、けっこうショック受けてるんだよ。しかも浮気相手はあたしの方だったんだから」
未来は小さく溜息をついた。
「バカだよね。八ヶ月も一緒にいて気づかないなんてさ」
「なら、もう少ししおらしく泣いてみれば?」
「じゃ、泣いたらあたしに冷たいあんたでも、抱きしめて慰めてくれるとでも言うの?」
冗談ぽく言った未来に、隼人はいつもは見せない真剣な眼差しを見せ
「ご希望ならそうしてやるよ」
そういうと隼人は未来の肩を抱き寄せ、自分の胸の中に抱きしめた。
未来は隼人の行動に驚いたが、力強い隼人の腕を振りほどく事が出来なかった。
「こんなやけ酒飲んでるなんて、いつもバカみたいに元気なお前らしくない。泣きたいなら好きなだけ泣けよ」
酔っていたせいか、そんな隼人の優しい言葉に未来の心の枷が外れ、いつのまにか涙が頬を伝っていた。
どれぐらい泣いていたのだろうか、その間ずっと隼人は未来を抱きしめていてくれた。




