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第5章:恋人

未来は会社の給湯室でお客様に出したコーヒーカップを洗っていた。


未来は小さな自動車整備工場の総務部に勤めている。


総務部といっても五十過ぎのお局的存在の人と未来のふたりしかおらず、自然とお茶出し等の雑用は未来の仕事となっていた。


「未来」


名前を呼ばれ振り向くとすぐ隣りに村木浩市むらきこういちが立っていた。


「村木さん」


村木と未来は恋人同士である。


百六十八センチと男性にしては低めの身長だが、優しそうな笑顔と話好き村木は誰がみても第一印象で嫌う人はいないだろう。


未来が勤めている会社に営業で頻繁にやってきているうちに村木にデートに誘われ、二十六歳と年齢が近かったせいもあり、話がよく合い八ヶ月程前から付き合い始めた。


小さな会社の為、よく出入りしている村木は基本的に社内を顔パスで歩いている。


「今日、予定大丈夫?」


「うん」


「じゃ、いつもの所で待ってるから」


ふたりが付き合っているのは会社には内緒にしている為、それだけを言うと村木は給湯室からでて行った。


未来の仕事は基本的に残業というものがない。


定時の時間になると未来は村木との待ち合わせ場所に向かった。


会社近くの公園、その側に村木の車が止まっている。


未来は助手席のドアのガラスをコンコンと叩き、扉を開け助手席に乗込んだ。


「ごめん、待った?」


「いや、そんなことないよ」


村木は答えながらウィンカーを出し、車を発進させた。


イタリアンレストランで食事を済ませると、そのままホテルへと行く。


限られた時間で早急に事を済ませると、お互いシャワーを浴び着替えホテルを出る。


未来は嘆息をついた。


最近、いつもこんな感じだな……。


未来が隼人と一緒に暮らし始めて二ヶ月、未来が一人暮らしをしていた頃はよくアパートで一緒にいたが、アパートを出てからはもっぱらホテルへと行くのがいつものコースになっていた。


一人暮らしをしていた頃は、村木と一緒にのんびりする時間もあったが、ホテルではお互いゆっくりすることも出来ずに、やることだけやればさっさと部屋を出るといった感じだった。


別にそれに不満があるわけではないが、会って体を重ねているだけの関係になっていっているような気がしているのも事実だ。


家の前まで着くと、村木は車を止め美樹の方を向いた。


「未来さぁ」


「ん?」


「ホントに大丈夫なのか?」


「何が?」


村木の質問の意味が分からず、聞き返した。


「お姉さんの結婚相手の弟っていっても、しょせんは赤の他人だろ。それに、高校生とはいえもう体はりっぱな男だぞ」


未来はようやく村木の言いたい事を理解した。


「あぁ、それは大丈夫。向こうはあたしの事なんて家政婦ぐらいにしか思ってないから」


未来は隼人と暮らし始めたこの二ヶ月を思い出していた。


隼人は顔を合わせると何かと未来につっかかってきていたし、何のバイトをしているのか知らないが、帰りも遅く一緒に食事をとることすら数回しかなかった。


最初の頃は、高校生のくせに帰りが遅い事を注意したりもしたが、結局は言い返されてしまうので、もはや未来は言う事すらあきらめた。


いや、それどころか年齢のわりにすごくしっかりしていて、最近では未来の方が説教されることすらあるのだ。


一応お義兄さんからは生活費を毎月もらっているから、隼人が嫌なヤツだとしても家事だけはしっかりこなしている。


どんなに嫌でも、アパートを引き払ってしまった以上ここを出る訳にはいのだ。


「そうは言っても、一応は用心しろよ」


「うん」


未来は一応返事をしたものも、内心アイツとは死んでも男と女の関係にはならないだろうなという変な確信めいたものがあった。


村木は未来をの肩を抱き引き寄せ、軽く唇を重ねた。


唇が離れると未来はおやすみを言って車を降り、村木の車が去って行くのを見送った。


家に入りリビングへ行くと、隼人がソファに座ってテレビを観ていた。


「ただいま」


未来の言葉に返答することなく隼人は未来の方を振り向いた。


その顔はいたって不機嫌そうだ。


未来は隼人を一瞥すると、キッチンへと向かう。


昨日作り置きして置いた夕飯は食べたのか、使った食器類はちゃんと洗ってあった。


性格は悪いが、こうゆう所は几帳面らしい。


未来は食器棚からコップを取り出し、冷蔵庫に冷やしてあるお茶を注いだ。


隼人が立ち上がり、キッチンとリビングをつなぐ通り道まで来ると足を止めた。


「お前さぁ、何時だと思ってるんだよ」


隼人の言葉に未来はチラッと時計に目をやる。


十一時を少し回った頃だった。


遅く帰ってきたとはいえ、子供でもあるまいし高校生のガキに言われる時間ではない。


「男といちゃつくのはいいけど、家の前でキスしてんじゃねぇよ」


隼人の言葉に未来は、飲みかけたお茶を吹き出す所だった。


「……えっ、……あんた、見てたの?」


焦ったせいか声が大きくなった。


「あのなぁ……」


隼人は苛立ったように腕を組んだ。


「こんな時間に静かな住宅街でアイドリングで車を止めてりゃ、不審に思って外ぐらい確認するだろ」


あっ……。


「近所の目もあるんだから、少しは考えて行動しろ」


未来は小さく溜息をはいた。


まさか、見られてたとは……。


これじゃ、どっちが保護者かわかんないなぁ。


隼人はそれだけ言うと、リビングの扉の方へ歩いて行ったが、扉のノブに手をかけると未来の方を振り返った。


「お前さ……。いや……、いいや」


何か言いかけて止めた隼人は、そのままリビングを出て行こうとした。


「ちょっと、言いかけてやめないでよ。気になるじゃない」


未来の言葉に隼人は顔だけ振り向き、ジッと未来の顔を見た。


「なっ、何よ」


いつもより真剣な眼差しで見られ、未来は戸惑った。


「あの男の事、本気で好きなの?」


「えっ、そっ、そりゃ……」


思ってもみない質問をされ面をくらった。


「ふぅん……。……なら、あいつの行動ちゃんと見張っておくんだな」


あいつの行動って……。


隼人の言っている言葉の意味が分からず、瞼を瞬かせていると


「一応、忠告したからからな」


そして、隼人はリビングを出て行った。


一体、なんだったんだろう……。


隼人のいなくなったリビングで未来は立ちつくしていた。


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