第2章:突然の電話
お正月の賑やかさも一段落した、仕事始めの日。
定時で仕事を終えた未来は、アパートでのんびりとテレビを観ていると、携帯の着信音が鳴った。
着信者を確認すると−−五月−−とある。
未来の四歳年上の姉だ。
通話ボタンを押すと、五月ののんびりした声が聞こえてくる。
「未来、元気してた? お正月ぐらい家に遊びにくればよかったのに」
家というのは五月の嫁ぎ先であり、未来の実家ではない。
五月と未来の両親は仕事でバンクーバーに居るため、三年前から五月と未来のふたりで日本で生活していたが、姉の五月が一年半前に外資系企業に勤める香山大輔と結婚した為、未来は念願のひとり暮らしを始めた。
「新婚さんの家にお邪魔しちゃ悪いし」
「あら、そんなこと気にしなくてもいいのに。大輔さんとならいつでもラブラブだから」
あっ、そっ。
「で、用件は何?」
「それがねぇ、急に今年の春から大輔さんがシカゴに転勤する事になってしまったの」
「へぇー、そうなんだ」
外資系企業に勤務している以上、海外への転勤は特に驚くことでもない。
「海外への転勤はあるだろうとは思ってたけど、こんなに早いとは大輔さんも思ってなかったみたいで……。まぁ、それはいいんだけど……」
なんか嫌な予感……。
姉さんが語尾を濁すような言い方をする時はたいてい、いいことじゃない。
「姉さん、何がいいたいの?」
「うーん、心配事がひとつあってね……」
心配事……?
「隼人君のことなんだ」
隼人君?
香山隼人とは五月の旦那である香山大輔の高校二年の弟である。
香山家の両親は五年前に交通事故で亡くなり、それ以来兄弟ふたりで暮らしていたが、五月と結婚して今は三人で一緒に暮らしている。
「私達がシカゴに行っちゃうと、隼人君ひとりになっちゃうでしょ。まだ保護者が必要な年齢だし、かといって一緒に連れて行く訳にもいかないし……」
確かに高校生をひとりにしておくのは良くないだろうな。
「三年になれば、大学受験もあるし……。それでね、私達がシカゴに行っている間、未来と隼人君が一緒に住む事に決まったから」
「はぁ?」
一緒に住む?
決まった?
「一体どうゆう事よ!」
舞は思わず声が大きくなった。
「だって、未成年の子をひとりにしておけないでしょ? それで大輔さんと相談してそうゆうこにしたから」
したからって……。
「未来がそのアパートを出て香山家に引っ越して、隼人君と一緒に住めばあんただってアパート代浮くし一石二鳥じゃない」
姉の話にすでに舞は言葉すら出てこない。
「あんたの安月給じゃ、ひとり暮らしも楽じゃないでしょ」
確かにそれを言われると反論出来ない……。
実際、就職して二年目の未来の給料じゃ生活していくだけでお給料のほとんどが消えていっていた。
「大家さんには三月末でそのアパートを出るって、もう言っておいたから」
「えっ! もう言っちゃったの?」
「だって、そこは私名義で借りてるし」
三年前にアパートを借りる際、まだ大学生だった未来が借りる事ができるわけもなく、五月の名前で借りてそのままにしてある。
「じゃ、そうゆうことで。引っ越しの日にちが決まったら教えてね」
そう言うと一方的に電話は切れた。
「ちょ、ちょっと! 姉さん!」
普段のんびり屋の五月だが、変な所で行動力がある。
そして、こうなった以上未来に拒否権はない。
ハァと未来は大きく溜息をついた。
何が楽しくて高校生のガキと一緒に住まなきゃいけないのよ!
未来は二回だけ会った事のある隼人を思い出していた。
一回目は結婚が決まって、相羽家家族と香山家兄弟との顔合わせの時。
二回目は結婚式の時。
どちらも、まともに話はしていない。
長身のスラリとした体型に眼鏡をかけてはいるが、女の子がほっておかないだろうなと思うほど整った顔をしていて、高校生のくせに妙にしっかりしていて愛想が良かったけ……。
たしか、有名進学校に通ってるって聞いたけど……。
今時、めずらしいくらい真面目そうな子だったな。
しかし、そんな未来の印象は引っ越して二日目でもろくも崩れた。




