第14章:一抹の不安
“Dwarfs”の休憩室で仕事を終えた隼人は、服を着替え火の点いていないタバコを咥えたまま椅子に座っていた。
ライターは中身が切れたのか、カチッと音はするものの火は点かず、しかたなく口寂しさだけの為にタバコを咥えている。
火の点いていないタバコを口先で弄びながら、昨日の夜の事を思い出していた。
お風呂上がりで、上着を着ないでいた隼人を見た時の未来のあの顔。
あの歳で男性経験がない訳でもないだろうに、真っ赤になりながら挙動不信な未来の態度は、 今思い出しても可笑しくて笑いが込み上げてくる。
ホント、からかいがいのあるヤツ。
そして、そんな未来を見て可愛いと感じている自分を、隼人は素直に受け止めていた。
美香に指摘をされたあの日、お酒が入っていたとはいえ未来にキスをした、 それが今の自分の素直な気持ちなのだとようやく気付いたのだ。
隼人は苦笑した。
いつのまに自分の気持ちの中の割合を、未来が占めるようになったのか……。
「まだいたのか」
休憩室の扉が開き、隆が入ってきた。
「タバコ、吸わないのか?」
隆は椅子に座ると、火の点いていないタバコを咥えている隼人を見て言った。
「ライター切らしてしまって」
隆は自分のタバコに火を点けると、隼人にライターを渡した。
「昨日、美香が来てたぞ。留学するそうだな」
「そうみたいですね」
「お前……、美香の事振ったんだってな」
タバコに火を点けようとしていた隼人は、隆の言葉に思わず咥えていたタバコを落とした。
「いや……、振られたのは俺の方で……」
「あれはお前が振ったようなもんだよ」
隆はタバコを一口吸った。
「他に気になる女がいるんだろ。美香の方から言ったのは、あいつなりの優しさだ」
隼人は膝の上に落ちたタバコを拾い、火を点けた。
「あいつはいい女だったからな。お前が美香と付き合わないんだったら、振るじゃなかったかな」
隼人は驚いて隆を見た。
「勘違いするなよ。お前為に美香と別れたんじゃないぜ。あいつはさ、俺となんかと付き合うより、 もっと他にいい男がいるんじゃないかと思ってさ」
いろいろ女の噂が絶えない隆さんだけど、隆さんなりに美香さんのことを好きだったんだろうな。
「お前の気になる女って、例のお義姉さんの妹か?」
急に核心をつく話をされ、隼人は返答に困った。
「お前もわかりやすい性格してるよな。顔にそうですって書いてあるぜ」
隆はその場の雰囲気や人の心理を読むのに長けている。
そんな隆に隠し事は出来ないなと隼人は常々思っていた。
「一緒に住んでるんだし、いっそのことその場で押し倒しちまえよ」
ニヤッと笑いながら言っている隆は、本気なのか冗談なのかわからない。
「いや、それは……」
隼人は曖昧に言葉を濁した。
まさか、この前未来を押し倒して拒否られたとは言えない。
もし、わかった時にはどんなふうにからかわれる事か……。
「ま、あんまり近くにいると、逆に口説きづらくなるかもな。それに……、お前は素直じゃないからな」
隆は笑いながらタバコを灰皿に押し付けた。
それを言われると隼人は返す言葉がなかった。
「本気でお前がその子のことが好きなら、俺が一肌脱いでやるか」
「隆さん……?」
隆はそれだけを言うと、部屋を出ていった。
一肌って……。
あの人が何かする時っていろんな人を巻き込むからな……。
隼人は一抹の不安が頭をよぎった。