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第11章:憧れと好き

日曜の夕方、隼人はリビングでコーヒーを飲んでいると、玄関のチャイムが鳴った。


ちょうどリビングの扉を開け、入ってこようとしていた未来が玄関に向かった。


玄関を開ける音がした後、しばらくして未来の大きな声が聞こえてきた。


「隼人、お客さん!」


未来の声はよく通るせいか、少し大きめの声をだせば家中に響き渡る。


俺に客?


誰だろうと思ったが、家にまでわざわざ訪ねてくるのなら、親友の木戸ぐらいかなと思い椅子から立ち上がると、もう一度未来の声が聞こえた。


「隼人!」


「うるせぇな、そんな大声出さなくても聞こえてるっつーの」


不機嫌そうに言いながら玄関に出ると、そこに居たのは美香だった。


「美香さん」


「ごめんね、連絡もなく突然訪ねてきて」


美香は隼人を見ると申し訳なさそうに言った。


「それはいいですけど、どうしたんですか?」


隼人は美香が隆に振られてから何度かデートをしていたが、美香が家に来たのは初めてだった。


連絡をするのはほとんど隼人の方からだった為、突然美香が家に訪ねてきた事に隼人は驚いていた。


「少し、出れるかな」


「もちろん、いいですよ」


隼人はそのまま靴を履き玄関を美香と一緒に出た。


「ちょと、歩かない?」


隼人は美香と肩を並べて歩き始めた。


「今日はどうしたんですか?」


美香はしばらく黙って下を向きながら歩いていたが、意を決したように言った。


「私……、やっぱり隼人君とは付き合えない」


隼人は驚いて立ち止まった。


「……どうして……ですか? 俺じゃ……、隆さんの代わりにはならないってことですか?」


「ううん。そんなんじゃないの」


美香は首を横に振った。


「なら、どうしてですか?」


「やっぱり、隼人君に隆さんの代わりをさせるなんて出来ない」


「俺はそれでも……」


「ううん、ダメよ」


隼人の言葉を美香は遮った。


「そもそも隆さんの代わりなんて誰にも出来ないから」


「…………」


「それに……、隼人君は私より他の人を見ているような気がするから……」


他の人……?


隼人は美香の言っている意味がわからなかった。


「俺は、ずっと美香さんの事を見てきました」


美香はゆっくりと隼人に笑いかけた。


「隼人君、憧れと好きは違うんだよ」


憧れと好き……?


「隼人君はね、私に憧れていただけ。それは、好きという感情にとても似ているものだから勘違いしやすいのね」


「…………」


「隼人君は私と一緒に居てもずっと私に敬語での話し方を崩さないでしょ。それって、一歩下がって私の事を見てるってことだよ」


美香は再び歩き出した。


隼人もそれを追うように歩き始める。


「だから、さっきは驚いちゃった。あんなふうに年相応の喋り方する相手がいるなんて」


「あれは……」


隼人は気まずそうに頭を掻いた。


「それとね、私カナダに留学する事にしたの」


隼人は驚いて美香をみた。


「留学……ですか?」


「ずっとね、行きたいって気持ちはあったんだけど、隆さんと離れたくなくて先延ばしにしてたんだ。 でも、隆さんに振られちゃったし、いい機会だから思い切って行くことにしの」


美香は立ち止まって、隼人を見た。


気が付くと駅に着いていた。


「隼人君が好きだって言ってくれて、私うれしかった。ありがとう」


「美香さん、俺……」


美香は優しく微笑むと、隼人にそっと近づき隼人の頬にキスをした。


「ちゃんと自分の気持ちに気付いてあげないと、大切な人を誰かにとられてしまってからでは遅いんだよ」


そう言うと美香は駅の改札口へと去って行った。


隼人は美香が去った後、しばらくその場で佇んでいた。


大切な人……。


その言葉に隼人の脳裏に未来の顔が浮かんだが、隼人はすぐさま顔を横に振った。


アイツの訳ない。


しかし、そう言い切れない感情が何処かにあることを隼人は薄々感じてはいた。


わざとそれに目を向けないようにしていただけではなかっただろうか……。


未来が村木と他の女が一緒にいる所をみかけてやけ酒を飲んでいた時、 思わず抱き締めていたし、数日前に家の前で未来が村木といる所を目撃した時、 いいようのない苛立ちがあったのは確かだった。


俺が好きだったのは美香さんじゃなかったのか?


『憧れと好きは違うんだよ』


憧れと好きか……。


大学でミスに選ばれるほどの美貌を持ちながらも、まったく鼻に掛けることもなく、 誰にでも優しい美香は誰から見ても憧れの存在だった。


そして自分も憧れていた……。


隼人はなんとも言えない気持ちのまま家へと帰った。



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