対のリストバンド
バスケが好きか嫌いかで聞かれたら好き。
だけどそれしか価値がないんだって考えてしまう自身の思考が嫌いだった。
高校生だからどんなに優秀な選手でも、スポンサーなんて付けられなくて、でも企業とかそういう大人達は売りに出そうとする。
それが普通だし、それが世の中だから別にいい。
そう思いながらも溜息が出るのはいつものことで、コーチが肩を竦めて私を見る。
私は私で手首のリストバンドを撫でた。
数人のスーツの大人達に囲まれて、紙袋を渡された私は言われるがままに袋の中身を開けていく。
外野からは「いいなぁ」とか「凄い」なんて羨ましがったり驚いたような声が聞こえるが、正直こんなこと喜ぶことじゃないんだ。
私を商品としてしか見てないんだから。
ガサガサと音を立てては中身を物色してから、受け取ったり突き返したり。
私の横にはコーチが立っていて、いつも通り複雑そうな面倒そうな顔をしている。
こういうスポンサーがつけない学生には、雑誌取材の時とかに愛用している道具が聞かれた時、自分達の名前を出してもらえるようにと売り込むのだ。
社会なんてそんなもの、会社なんてそんなもの。
必要なものは必要なものだし。
新しいバッシュに新しいタオルに新しいバック、全て有名なスポーツブランドのもので、私の足のサイズや好みの色を網羅していた。
こんなもので懐柔されるつもりはない。
次から次へと紙袋を開けていたはずの私の手が止まる。
それからどうしたものかと思考を巡らせてから、それを紙袋の中に仕舞ってから手渡す。
ごめんなさい、と頭を軽く下げてから次の紙袋に手を掛ける。
そんな私をコーチが目を丸めて見ていた。
***
「お前、何でリストバンド断ったの」
カチカチとライターを何度も押しているコーチ。
もうほとんど中身がないんだから、諦めて新しいのを買えばいいのにと思う。
「もう持ってるので」
足元に大量の紙袋を置いたままの私は、コーチにそう言って自分の着けているリストバンドを撫でた。
黒いそれは右手首に収まって、どれくらい経っただろうか。
シュボッ、とライターに火が点く音がして、その火がコーチのくわえていた煙草に移る。
立ち上がる白い細い煙を見ていると、コーチはこれまた面倒そうに口を開く。
「そんな邪魔になるもんでもないだろ。ついでに、あって困るもんでもねぇな」
ふぅ、と吸い込んだ煙を私目掛けて吹き掛けるコーチに、私は思い切り顔を顰めた。
副流煙を直接顔にとか、この人は何を考えているんだろうか。
パタパタと手で仰いで、煙がこちらに向かってこないようにすれば、コーチは軽く肩を竦めてもう一度「何で?」と聞く。
逆に何でそんなに聞きたがるのか教えて欲しい。
私は溜息を吐いて、自分の着けているリストバンドを撫でながら言葉を紡ぐ。
「これだけで、十分なので」
これ以外着ける気はないって意思を明確に示せば、コーチが目を丸めていて、ジリジリと煙草の灰の部分が増えていく。
右手だけに着けられた黒いリストバンド。
それを撫でながら、自然と浮かぶ笑みが抑えられなくなった頃、私を呼ぶ声が辺りに響く。
私がリストバンドから顔を上げると、丁度コーチの煙草から灰が落ちていくところだった。
視線を向けた先の声の主は、相変わらず屈託ない笑顔を私を見せている。
私が足元の紙袋達を避けて一歩踏み出せば、もう彼は目の前にいた。
「お疲れさん」と言いながら、私の頭に手を伸ばして試合後の乱れた髪を更に乱す。
女の子相手に、とは思わない。
少しだけ乱暴に、でも最後には必ず髪を梳いてくれる彼の撫で方が好きだから。
「ありがとう。これから、練習?」
「夕方から自主練」
「そっか。じゃあ、私も直ぐに着替えるから一緒に帰ろう」
畳んで持ち歩いていたチームジャージを羽織り、紙袋をガサガサと持てば、彼が手を出してきて紙袋を全て持ってしまう。
こういうところが凄く男の子。
そして凄く女の子扱いされてる。
彼も忙しい部活の合間を縫って私の試合を見に来てくれるのだ。
それがとても嬉しいことで、いつも自然と口元が緩んでしまう。
口元の笑みを隠そうとする私の手を、彼が紙袋を持っていない方の手で絡めとる。
じわじわと熱を持つ顔。
私の手に絡んだ彼の手に目を落とせば、同じリストバンドが映り込む。
それを見つめる私に気付かない彼は「暇なら、ランニング付き合ってよ」なんて言う。
勿論だ、そんな風に答えれば彼が笑う。
バスケが好き。
でも、その好きなものが大人の利益になって汚されるような気分になるのは好きじゃない。
それを利用する私も好きじゃない。
それでも変わらずに好きだと言えるのは、きっと彼のおかげで彼がいてくれたから。
対になるリストバンドを付けた手を絡めて、私はやっぱりバスケが好きだと胸を張れる。