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P・B・W!  作者: 碧井 亨
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replay.1

 茅乃舎 佳苗 様

 この度は、弊社新作PBW『IF5 Undaunted Souls』(以下、US)のシナリオライター登録に応募いただき、誠にありがとうございます。

 イノセントフェイト株式会社の高橋と申します。

 茅乃舎様とは、このまま文面にて条件について双方合意した後、仮契約を行い、ライター専用のウェブサイトに入室して頂きます。

 USについては、現在稼働前という事もあり、ゲーム内の情報の多くが専用ウェブサイトの方に集約されております。

 入室後、指定の期間内に世界観に沿った試験を受けて頂き、其の結果を以て本契約に至るかどうか判断するという形になります。

 契約内容に関しては、お手数ですが添付ファイルをご確認ください。

 当社のライター待遇は同業他社と比べましても高い水準を維持しており、きっとご満足頂けるものと自負しております。

 添付のシートの必要事項を埋めて返信して頂きますよう、よろしくお願いします。

 それでは、失礼いたします。

 ご縁がありますよう。

 今後とも、よろしくお願いします。


 シナリオライター試験に応募した翌日の夕刻、学校から帰宅した佳苗の元に、一通のメールが届いていた。

 本人としては予想外の仮採用通知である。

「えっ、こんなに呆気なく……? もっと小難しい何かがあるのかと思ったけど……、ああ、でも本契約? するまでは見習いみたいなものなのかな?」

 金銭の授受が行われる商業という点から、佳苗としてはもっと高いハードルを想定していた。

 現実はこの通り、拍子抜けもいいところといった具合に、あっさりと『シナリオライター』(自称)という肩書きが手に入ってしまったのだ。

 余りの達成感のなさに、佳苗は肩透かしを食らったと言わんばかりに落胆した。

「……もしかして、こんなに簡単に通っちゃうのなら、思ったほど得られるものってないのかも」

 小説家を志して以来、佳苗は様々な所謂『指南書』的なものを買い漁った。

 文章の作法であるとか、新人賞に受かるプロットの傾向だとか、簡易的なストーリー集などなど。

 そのどれもが本の分厚さの割に中身が無く、似たり寄ったりな内容で、佳苗の身になるようなものは僅かだった。

 そんな在りし日の失望と重なるような既視感。

「名前はかやのやかなえ、と。年齢は16、住所は……、ネットに個人情報記入するのって、いつも躊躇するんだよね……。職業は、高校生。預金口座番号は……」

 淡々と添付シートに情報を入力し、空欄を埋めていく事で脳内に過ぎる雑念を振り払っていく。

 契約内容は完全に個人の歩合制。

 要するに、書けば書くほど収入が多くなる。

 また、月間でライターの人気投票があり、上位入賞すれば取り分が増えるらしい。

「筆の速い人はたくさん稼げそう。趣味でお金が稼げて生活できるって、憧れるなぁ……」

 とは言え、佳苗は駆け出しの新米。

 料率は最低スタートの三割だ。

 それでも、まともにバイトもした事がない少女にとっては、夢の広がる話である。

「初めてのお給料って、やっぱり親に何か買ってあげるものなのかな? それはなんか、嫌だな……。どうせなら新しい辞書とかが欲しいなぁ」

 仕事を始める前から給金の額を試算しつつ、あれやこれやと計画を立てていく。

 捕らぬ狸のなんとやら、である。

 そんな脳内お花畑の幸せな思考は、シートの最後の質問で止まる事となった。

「所属DIVの選択……? ええと、直属の上司……?」

 通常、PBWでのシナリオライターはマスターと呼ばれ、更にMSと略される事が多い。

 MSは其のゲームの世界観やルールを守護する番人となる。

 無論、客であるプレイヤー達よりもゲームに精通している必要がある。

 あるのだが、MSも人である。

 人である以上、ルールの把握ミスや世界観のズレ、文章の誤字・脱字・誤用なども時にはやらかしてしまう事もあり得る。

 そういったものを防止する為に、シナリオディレクター――、SDと呼ばれるDIVの長が所属MS達のシナリオのチェックを行うのだ。

「ふむふむ、つまり、編集者さんみたいなもの、なのかな?」

 佳苗が応募したPBWには、現状2つのDIVが設置され、所属MSの受け入れを行っているらしい。

 ゲームの舞台を大ざっぱに二つに分けて、東DIVと西DIVだ。

 シートに記載された説明によると、東側は平原や海などがあり、西側には山や洞窟、森林地帯が広がっているという。

 東担当は優しく朗らかでMSの自主性を重んじるSD。

 西担当は厳しいが面倒見のいい実力派のSD。

 そのどちらかを選べ、と書いてあった。

「東の人の方が書きやすそう。でも……、西の人の方が色々教わる事ができそうなのかな? うーん……」

 人と言う生き物は、余程の事でも無い限りは大抵が楽な道を採る。

 極論ではあるが、わざわざ苦しい思いを味わってまできつい道程を行くのは、ある種、そう言う特殊な趣味の持ち主と言える。

 佳苗もその例に漏れず、普段であれば考えるまでもなく東を選んでいた場面だが、

「……このままじゃ、きっと成長できないよね。ちょっと怖いけど……、西のSDさんにしよう」

 前に進みたいという気持ちが心中で勝った。

 最後の質問に西と答えて返信する。

「あーっ! やっちゃった、やっちゃった! はぁ……、怖い人だったらどうしよう。神経質で禿げた中間管理職のおじさん的な? うわぁ……、ねちっこそう。止めといた方がよかったかな……」

 脳内補完で、天使の姿をした東の人と悪魔の姿をした西の人が佳苗の所有権を巡り、激しい戦いを繰り広げていく。

「くっ……、ストレス社会が……! パワハラとセクハラの応酬がぁー!」

 覆水盆に返らずと言うが、今更どうしようもない些末事で悶々と悩み続ける佳苗であった。

 そうして今夜も、書けない夜が更けていく。

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