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「閲覧数が八、と。コメント数は……またゼロ、かぁ」
窓から射す西日に赤々と照らされた室内とは対照的に、ノート型パソコンの画面を食い入るように見つめる少女の顔色は、ブルーライトの逆光を浴びて青白く、不健康に見える。
見える、だけではない。実際に、寝不足である。
昨日の夜――、厳密に言えば今日の早朝だが、就寝予定時刻を大幅にオーバーしながらも書き上げた渾身の最新作への読者評価は冷ややかだった。
否、実際のところ、批評すらされていないのである。
その事について至極好意的に解釈したとしても、『可も無く、不可も無く』辺りが精々、といったところだろう。
目指す理想としては、より大勢に認められる感想を得られる事。
然りとてマイナス方向の意見はノーセンキューなのかと問われれば、そうでもない。
やはり、自分の作品は苦しみ、悩みながら産みだした分、我が子のように可愛い。
だからこそ、自らの目で正当な評定を下すには、かなりの精神力を要する。
「これじゃあ、このままでいいのかも、何処を直せばいいのかも解らないよ……。はぁ……、やっぱり才能、ないのかなぁ」
目の下に出来た隈を擦りながら、茅乃舎佳苗は何度目かの溜息を吐いた。
悪い考えばかりが頭を過ぎり、気分は一層沈んでいく。
先行きの見えない不透明さがもどかしく、少女に焦りをもたらす。
佳苗には、これと言って誇れるものが何もない。
勉強は暗記の出来るものはそこそこなものの、理数系は壊滅。
内向的でインドア志向の為、運動もダメ。
容姿も人並みで、女の子らしい趣味も、今の所ない。
在るのは酷くねじ曲がった劣等感と猜疑心。
と、もう一つ――、彼女にはささやかな夢があった。
曰く、大勢の人達に夢を与えられる小説家になること。
其れを叶える為には何通りかの手段があるが、当然の事ながら誰もがなれる訳ではなく、狭き門である事は疑いようもない。
とは言え、何もしなければ叶うはずもなく、自信の無い彼女が考えた精一杯の一歩目が、小説投稿サイトへの自作小説の掲載、であった。
より大勢の目に触れる事で、今の自分に足りないモノを自覚し、研鑽していく。
着眼点は良かったが、如何せん実力不足か宣伝不足か、何度か投稿した作品は鳴かず飛ばずの閑古鳥。
既に少女の心はへし折れる寸前、といったところまできていた。
「読んだ本の冊数は同年代の子に比べれば多い……はず。語彙の不足だって、類語辞典買ったし、多分、おそらく、きっと……大丈夫、だと思う。……何がいけないんだろう?」
誰にともなく問いかけた言葉に答える声は無く、孤独な室内に溶けて消えた。
せめてもの慰めとばかりに彷徨う指は、解を求めてマウスを動かしていく。
諦めなければ夢は叶う。
努力は裏切らない。
そういった類いの、綺麗に着飾った前向きな言葉が世界には溢れている。
だが、実際のところ、全員が全員、報われる事はない。
諦めたから、努力が足りなかったから。
さも当然の如く、それらしく掲げられた美徳が正しいと言わんばかりに、無惨な夢の敗北者達に追い打ちをかける。
では、いつまでなのか?
どこまで追い続ければ?
如何ほど努力すれば、届くと言うのか。
答えは決まっている。夢が叶うまで、だ。
目安と言うものは存在しない。これでは、どこぞの詐欺師と同義だ。
欲しているのは、確かな足掛かりだ。空虚な免罪符などでは、断じてない。
そう。そんな佳苗だからこそ、その広告に目が留まったのは必然と言えた。
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「ぴーびーだぶりゅー? 何だろう、聞いた事ないや。シナリオライターかぁ……。試験にお金は……、かからないんだ。へぇ……、ノベルだけで構成されるオンラインゲーム、かぁ」
暗中模索の閉塞感。
それらを打破し得る光明を見出したような感覚を、佳苗は覚えた。
仕事として、お金を貰って文章を書くという一点については、自分の文章力では客になる見ず知らずの人達に申し訳ない、という思いもあった。
だが、それ以上に同じく文章を書く人間に教えを乞える、働ける、と言うのは今の佳苗にとっては大きな前進である。
「落ちるかもしれないけど……、試験、受けるだけ受けてみようかな」
一歩前へと進み出す勇気。
普段の佳苗であれば尻込みして動けなかったかもしれない。
だが、『新作』、という言葉が胸に響いた。
膨大な物語の途中からであれば、世界観を覚えて周囲に追いつくことに必死で、試験を受ける事、シナリオを書く事に躊躇しただろう。
元より、些細な齟齬が気になる細かい性格なのだ。
それ故に、細部に拘りすぎて作業が前に進まないことが多々ある。
しかし、其れが無地の大地とあれば別だ。
真っ新な白に、自分の一歩を踏みしめる。
最初から共に歩み、作り上げていくというのであれば、今の佳苗にも同じ速度で進む事が出来るかもしれない。
斯くして少女はシナリオライターへの道を歩む為、プレイバイウェブの世界に飛び込む決意を固めたのであった。