1話
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信長は本能寺で死んだはずだった——。
燃え盛る炎の中、自ら刃を取り、その生涯を閉じたはずだった。
しかし。
気がつけば、信長は謎の真っ白な空間に立っていた。
上下も左右も分からぬ、ただ白だけが広がる世界。
熱も痛みもない。
ただ、奇妙な静寂だけがそこにあった。
「ここはどこだ?」
信長の低く、鋭い声が真っ白い空間に虚しく響く。
その時だった。
どこからともなく、柔らかく、どこか年老いたような声が降ってきた。
「織田信長よ……」
信長はその声に気付き、鋭く上を見上げる。
「俺は死んだはずだ……。この俺をここへ呼び出したということは、お前は神か、仏といったところか」
しばしの沈黙。
やがて声の主は、愉快そうに笑った。
「ほっほほ……。さすがは信長じゃ。察しがよいのぉ。じゃが、もしわしが神や仏であったなら、なぜそのように軽口を叩ける?」
試すような問い。
だが信長は、眉一つ動かさず言い放つ。
「わしは神も仏も恐れぬ。くそくらえだ。比叡山のように、また燃やしてくれるわ!」
その言葉には一片の迷いもなかった。
声の主は再び、楽しげに笑う。
「ほっほほ……。面白い。やはりお前には、地獄など似合わぬな」
そう言い終えると、空間の気配がわずかに変化した。
「信長よ……。実は一つ、お前に頼みたいことがある」
「ほう?この俺に頼みとは、面白い。聞いてやろう」
信長は腕を組み、わずかに口元を歪める。
「実は、お前のいた世界とは別の世界……つまり異世界でも、戦乱が続いておる。その中の一国を統べていた“魔王”が、つい先日死んだのじゃ」
「魔王、だと?」
「うむ。そしてその国の人々は、新たな魔王を召喚しようとしておる」
少しの間が開き
「そこでじゃ——お前に、その魔王となってもらいたい」
白い空間が静まり返る。
信長はゆっくりと息を吐いた。
「……くだらん話だ」
一蹴だった。
一蹴されることが予想外だったのか、声の主は驚いた様子でこう言った
「なに?なぜじゃ?」
「この俺が、誰かの命令で動くと思うか?指図されるのは大嫌いでな」
その言葉の一つ一つには、かつて天下に号令した男の圧倒的な威圧があった。
しかし声の主は動じない。
「そうか……ならば、お前には地獄へ行ってもらうしかないのぉ。残念じゃ……。」
軽く放たれたその一言に信長の目がわずかに細まる。
「……待て」
ほんのわずかな沈黙の後、信長は口を開いた。
「その話、俺にどんな得がある?」
すると声の主は、どこか楽しげに答える。
「簡単なことじゃ。その異世界で魔王として君臨し、天下を取ってみせよ。そうすれば——お前の望み、すべて叶えてやろう」
その言葉に、空気が変わった。
信長の目に、再び炎が宿る。
「天下か……」
それは、あと一歩で届かなかった夢。
ついさっきまで目指していたはずなのにどこか懐かしい言葉。
「……面白い」
信長の口元がゆっくりと吊り上がる。
「この織田信長が、その世界で今度こそ天下を取ってみせようではないか!」
その宣言は、かつてと同じく——絶対の自信に満ちていた。
「ほっほほ……お前ならそう言うと思っておったよ」
次の瞬間。
信長の足元が、眩い光を放ち始める。
無数の粒子が、体を包み込むように舞い上がる。
「これは……!」
やがて足先から、身体が光に溶けるように消えていく。
だが信長は、恐れるどころか笑っていた。
その瞳には、再び天下を狙う覇王の光が宿っていた。
そして——織田信長は、新たな戦乱の世界へと姿を消した。
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