<4・女同士でお茶会でも。>
購入した切符は、さながらサクラのようなマークがついていた。可愛い、と私が目を輝かせると、駅ができてから五十周年記念の記念切符だという。
「降りた時に切符は通常、駅員さんに持っていかれてしまうのですけど……記念切符だから、持っていたいという人も多くて。そういう場合は申し出ると、ハンコを押した上で返して頂けますわ」
「なるほど。そうじゃないと、コレクションできないもんね」
「ええ。ちなみにどのような模様がついているからは、購入した駅によって異なるんです。ストリングクレイ駅はヨイザクラの模様で、例えば隣のホーリーベイ駅はココイルカの模様がついているんですわ。あちらもなかなか可愛らしいですのよ」
「詳しいじゃん!」
このお嬢様、ひょっとして一人でも結構電車で旅行したりしているのだろうか。私の疑問に気づいてか、エリザベートは少し頬を赤らめて“実は”と言った。
「……お恥ずかしい話なのですけど。わたくし、ピアノのお稽古が苦手でつい……子供の頃からこっそり変装して、電車に乗るということをやっていまして。男装すれば意外とバレないみたいで、つい調子に乗ってしまって」
「いいじゃん、アクティブで」
「軽蔑なさらないの?」
「ちょっとくらいおイタしてるくらいの方が、好感持てるってなもんよ。えっと、ショッピングモールがあるのってシロフォニア駅でいいんだよね?」
「ええ。ちなみに、今購入した切符は王都ならどこにでも行ける切符ですから、今日中は乗り放題です。ですので、通常の切符なのようにそもそも駅員さんに回収されることがありませんわ」
「おおおおおー」
というか、と私はピンク色の切符を掲げてエリザベートに尋ねる。
「結局私の切符、買って貰っちゃったけどいいの、エリザ?私も一応お金持ってきてるし……何より今回の撮影会、言い出したのは私なんだけど」
そう。
結局、切符代もランチ代も、エリザベートが持つと言って聞かなかったのだ。鉄道を撮影してハロルドの弟くんを引っ張り出そう、企画は私が言いだしたことだというのに。
「お構いなく。見くびらないでくださる?その程度のお金、子爵の家の令嬢が払えないともお思いで?」
「や、それ言ったら私は伯爵家の令嬢なんだが……」
「と、とにかく!細かいことはいいんですの!さあ、電車が来てしまいますわよ、早く!」
「は、ハイ……!」
彼女にぐいぐいと背中を押され、改札を通った。
有人改札なんて懐かしいなと思ってしまう。令和日本でも、ド田舎の町なら残ってるのかもしれないが、少なくとも東京で機械ではない改札なんてほぼ残ってはいないのだ。
駅のホームは自分がよく知る電車の改札とさほど変わらなかったが、やってきた列車の姿はまるで異なるものだった。
「おおおおおおおおおおおおおお!?え、SL型だとううううううううううううううううう!?」
思わず歓声を上げてしまう。汽車ぽっぽ、と言ってみんなが想像するような煙突がついた水色の列車が入ってきたのである。
私の言葉に「えすえる?」とエリザベートは首を傾げている。どうやら、SLという呼称ではないらしい。
「あ、あの、煙突みたいなの何?あそこから煙出して走るの!?」
「い、いえ……あれは昔、蒸気機関で走っていた時の名残で、今はほとんど機能しておりませんの。形だけですわ。現在は、魔導石を使って走るんです。えっと、魔導石については?」
「あ、ごめん、それも記憶ないからわかんないや」
記憶喪失、ということになっているので素直に知らないことは知らないと告げた。エリザベートは呆れることもなく解説してくれる。
なんでも、この世界での魔法使いは“科学者や技師”と同じようなものであるらしい。
かつては列車を動かすために、私の世界と同じように石炭を燃やして機関車を動かしていたようだ。ところが大気汚染や健康問題などが浮上し、人々が求めた代替手段が魔導石を使った動力である。
魔導石を作り出せるのは、石に魔力を込めて精製できる魔法使いたちのみ。
その石と、魔法使いたちが作り上げた特殊な装置を組み合わせることで、魔法が使えない人間でも使いこなせる動力システムが完成したのだそうだ。ようは、科学と同じである。パソコンをイチから自作できる人間は少ないが、それを使って作業ができる人間はたくさんいるのと同じなのだ。
「魔導石を燃料として機械を動かすことで、列車を走らせることができる、というわけですわね。ただし、魔導石を作れるのも装置を設計できるのも特殊な資格を持った魔法使いのみ。あと、装置を使って列車を運転するのも鉄道運転士の国家資格を取得する必要がありますわ」
「ほうほうほう。……ありがと。一両目、乗れるかな?」
「今の時間ならそこまで混雑してないのではないかしら。興味がおあり?」
「うん!」
やっぱり、自分達の世界と違うものは面白い。もちろん、似ているものだって面白い。
突然ゲームの世界に転生してしまったと知った時はどうなるものかと思ったが、存外この世界には楽しいもので溢れていた。車内はSLや特急であるような向かい合わせの席ではなく、JRやメトロのように藍色のクッションがついた長椅子が設置されている。
つり革もあって、内装の方は意外にも近代的だった。エリザベートと共に向かった運転席もそれは同じ。四角いインカムに、ぐるぐる回すハンドルみたいなものや黒いメーターのようなもの、運転士の服装までJRのそれとさほど変わらないのがなんだかおかしかった。
唯一違うのは、機械の中央に何やらモニターのようなものがあり、そこに魔法陣が浮かび上がっていることくらいだろうか。あれが多分、魔導石に関わるなんらかの装置なのだろう。
「ローザ、写真を撮るのではなかったの?」
「あ、やべ、忘れてた」
はい!と私は振り返り、エリザベートの方を見る。
「笑って、エリザ!」
「え」
彼女は一瞬固まると、やがて花が咲いたように微笑んだ。可愛い。私がそう褒めると、彼女は茹蛸のようになって怒ってみせたけれど。
***
この国では、紅茶はお昼ご飯とおやつの時間に飲むのが一般的らしい。
なお、結婚が二十歳からと聴いていたので、色々厳しい国なのかと思いきや――ワインは子供から飲んでも構わないのだという。
ただし子供用のワインと大人用のワインは成分が異なる。子供用ワインはアルコール度数が極めて低かったり、中和できる成分が入っていたりするそうな。
「わ、いい香り」
シロフォニア駅最寄りのカフェでランチ。
運ばれてきたのはハチミツのような甘い香りの紅茶に、レタスとハムのようなものが挟まったサンドイッチと、卵が入ったサンドイッチ。ついでにコーンスープみたいな料理も出てきた。
どれも美味しそうだが、特に紅茶の香りが格別である。やや、自分が知ってる紅茶より色が明るいような気がする。カップを持ち上げて一口飲んでみると、爽やかな甘さが口いっぱいに広がった。思った以上に甘い。ただ、味はハチミツとか砂糖というより、蜜柑のそれに近いような気がする。少しだけ酸っぱさも覚えるとでもいうべきか。
「砂糖とかミルク入れなくても甘いんだね、これ。紅茶って時々渋いのもあるイメージだったけど」
「ハニーロッテティーですわ。以前の貴女もこの紅茶が好きだったはずなんですけど、その様子だと記憶は戻っていないようですわね」
「あ、はは……ごめん。なんか初見のつもりで楽しんじゃった」
ていうか初見なんですけど、と思うとズキズキ良心が痛む。
結局のところ、自分は彼女達を騙しているようなものなのだ。――エリザベートは今の私のことも好きとは言ってくれたけれど、実際は元々のローザを好きだった人だってたくさんいたはずなのである。
自分は、そういう人達を裏切っている。そう思うとどうしても罪悪感が募る。
「紅茶はおかわり自由よ。それと、サンドイッチとスープを食べた後はデザートもあるから、ウェイターに注文するといいわ」
エリザベートは私と違い、ほとんど音を立てずに紅茶を飲み、カップを置く。さすがは良家のお嬢様と言うべきか。
テラス席に座ったので風が気持ち良い。フェンスの向こう、ガタンゴトンと列車が通過していくのが見える。その奥には、のどかな田園風景が広がっていた。この駅は、私達がいる東口は発展しているけれど、西口の方はまだあまり開発が進んでいないらしい。
「ねえ、ローザ。貴女に一つお尋ねしたかったのだけれど」
やがて、エリザベートが意を決したように口を開いた。
「貴女、グレン様との婚約はナシになったわけでしょう?自分自身の結婚はどうするつもりなの?」
「どうって?」
「貴族の娘も息子も、ほぼ結婚しないなんて選択肢はないわ。グレン様の弟のカイン様だって、わたくし達が何もしなくてもいずれ結婚しなければならなくなっていたことでしょう。……それは、わたくしやローザ、貴女も同じ。わたくしは兄がおりますし、貴女も姉がいたはず。だから跡取りにはなりえないのですけれど……それでもいずれ、考えなければならないことでしょう?」
「う、うーん……」
どうやら、この国の貴族にとって結婚は“やって当たり前のもの”らしい。私は曖昧に笑うしかなかった。
令和日本で死んだ時の私はアラフォー。しかし、彼氏なんてものはいたためしがなかった――悲しいことに。婚活をしたことがないわけではないが、いかんせん可愛い見た目も可愛げのある性格も経済力もなんもない女である。太っていたし、言いたいことはついついはっきり言ってしまうし、オタクだし。
ぶっちゃけモテなかったし、私としても私の趣味に理解を示してくれる男以外と付き合いたいとは思っていなかった。結局この年で誰とも付き合わず、処女のまま、あっさり線路に落ちてお亡くなりになったわけだが。
「……お見合いは、気が進まないなァ」
ここは、正直に答えることにしよう。
「自分の趣味とか、好きなこととか、そういうのを分かち合えてさ。本当に好きな人としか、結婚したくないって思っちゃう。家の為にある程度割り切らなきゃいけないところもあるんだろうけど」
「本当に好きな方、ね。どのようなタイプが好みなの?」
「簡単に言っちゃうと、一緒にいて楽しいタイプかな。友達の延長線上みたいに付き合えたら気楽だし、毎日笑って過ごせそうだよね」
一般的な結婚観とは違うかもしれないけれど、私としては結婚を“互いの愛を重たく背負う形”にしたくないのだ。肩を組んで、並んで散歩できるくらいの関係がいいのである。
「エリザベートと一緒にいるのは楽しいし、そういう人がいいな!」
その時の私の言葉に、彼女は果たして何を思ったのだろうか。
「そ、そう……」
誤魔化すように紅茶を飲み干した彼女の顔は、はっきりとは見えなかった。
「そう、なの。……ええ、そう」
少しだけ泣きそうに見えたのは、私の気のせいだったのだろうか。




