<3・オタクにケッコンはむつかしい。>
グレンにとって唯一幸いだったことは、弟がいるということだろう。
つまり、次男が後を継いで結婚し、子供を作ってくれるのであれば――長男のグレンが自由恋愛を許される可能性もあるということである。あくまで可能性が生まれる、程度の話ではあったが。
「君達が、わたしとハロルドとの恋を応援してくれるのは嬉しい」
白いテーブルを四人で取り囲み、ひとしきり話を聞いた後にグレンは言う。
「そのための問題も……わたし自身わかってはいる。わたしの弟である“カイン”が後を継いで、いいところのお嬢様と婚約してくれることが大前提である、ということは。しかしそれには問題があるのだ」
ちらり、とグレンが隣のハロルドを見る。ハロルドが、大きくため息をついて言った。
「現在十八歳のカイン様は、大層なオタクでひきこもりでらっしゃるのです」
「んがっ!」
私は椅子からずるりと滑り落ちた。
オタクでひきこもり。脳内に、ぐっちゃぐちゃの部屋でひたすらテレビゲームに勤しむヒキコモニート(仮)の映像が浮かぶ。
きっつい。もし想像通りのキャラならばかなりきっついが!
「正直勿体ないと思いますわ」
困ったように口を挟んだのはエリザベートである。
「だって、カイン様はグレン様によく似て、とても美男子でらっしゃいますでしょう?引きこもりといっても散歩と食事は皆様と一緒にされておりますし、痩せてスタイルもよろしいですし」
「え、そうなん?私が知ってるひきこもりと違う……」
思わず私は呟いてしまった。
良かった、どうやらイケメンだったらしい。これはでかい。正直、イケメンというだけで多少の性格面のデメリットはカバーできるのだ。イケメンは正義、しかも家柄もいいし最終的に跡取りになるのであれば名誉も十分。それだけで結婚したがる女性は多いのではなかろうか。
「イケメンならなんとかなりそうだ!顔面偏差値ってなんだかんだで最強だしな!」
私が拳を握ると、ですが、とハロルドが困ったように首を横に振った。
「カイン様は、正確には外に出たくないひきこもりではなくて……家でやりたいことがあって外に出たくないひきこもりなのです。家の中で、ひたすら模型を作ってらっしゃって」
「ん?ゲームオタクとかじゃない?何オタクなん?」
「鉄道オタクです……写真などを見て、ひたすら模型を作るのを趣味とされていまして。その趣味がその、女性にはなかなか理解されないのだろうなと」
「あーあーあー……」
なんとなく想像がついてしまう。私が生きていた令和日本でもそうだった。鉄道オタクに女性がいないわけではないが、圧倒的に男性人口が多いのも事実なのである。どういうわけか、鉄道などの乗り物に興味を持つ、憧れるのは男性の方が多い傾向にある。小さな子供でも、恐竜や乗り物が好きなのは男の子が多めの印象だ。
模型を作るのが趣味ならば手先も器用なのだろうし、デザインや計算も得意かもしれない。その技術を生かせれば、いろんな職業に就けそうな気がするのだけれど。
「しかも、お見合いの場で自己アピールするのが苦手でね」
頬を掻きながらグレンが言う。
「お見合いをセッティングしても半分は逃げてしまうし、残る半分は緊張でまったく喋れず、印象最悪のまま終わってしまう始末で。そりゃ、婚約相手なんて見つかるはずがない」
「ああ、なるほど。……でもまあ次男だから最悪結婚できなくてもしょーがない、と放置されてた的な?」
「そうなる。しかし、わたしとハロルドが結ばれるとなるとそういうわけにもいかない。……わたしが知る限り、カインは別に女性に興味がないわけではないんだ。ただ、極端なアガリ症と、趣味への理解が得られないから困ってるというだけで。何か、良い手はないのだろうか」
「ふむ……」
私はしばし考える。
一応、プランがないわけではない。カインは完全な引きこもりではないようなので、散歩とか食事の隙に引っ張り出せば話をすることも可能だろう。
同時に、彼の技量が職業に行かせるということが分かれば――彼自身の興味も外へ向くだろうし、女性達の評価も大きく変わるはず。ならば。
「……えーっと、そろそろ誤魔化せなくなりそうなんではっきりしておこうと思うんだけど」
はい、と私は手を挙げた。
「実は私記憶喪失でさ!グレンに婚約破棄されるより前の日の記憶がさっぱりないんだこれが!」
「は!?」
「ひ!?」
「ふ!?」
「いやあ、黙っててすまない。だからその、それまでのローザと別人みたいな性格になってるとか言われたらもうしょうがないというか申し訳ないとしか言いようがないんだけどもー」
あ、ズキズキ罪悪感再び。
やっぱり、キャラ成り代わり夢小説は地雷である。本来のローザさんごめんなさい、とどうしても思ってしまう。ああ、彼女の魂と人格はどこに行ってしまったのか。本当に、自分が転生してきたことでそれらをきれいさっぱり殺してしまったということなのだろうが。
何にせよ、彼女を取り戻す方法が見つからない以上、私はローザとして振る舞うしかないのが申し訳ないところなのだが。
「だから、この世界のこととか、法律とかも全然わかってなくてだな!……ちょっといろいろ思い出したり知るために、手を貸してくれたら有難いと言いますかー……」
私の言葉に、三人は三者三様の顔をした。全員揃って、困惑の色が強い。
「えっとその、ローザ様?ならなんでそんなに明るくて元気でらっしゃるんでしょう?」
「あ、いや、それはその……なんか元気でいた方が未来も良い方向に向かうような気がする、というか?」
やっぱりハロルドにツッコミをくらった。笑って誤魔化す私。正直、自分でも明るすぎるよなーとは思っていたが。
「……ああ、はい。なんだか納得がいきましたわ。今までわたくしが知ってるローザよりずっとサッパリした性格ですし、なんというか“漢”!!!!って性格になってるんですもの」
「うん、確かにな」
「あの、エリザベートさんにグレンさん?それ褒めてるんでしょーか?」
漢!!!!のところをやたら強調して言ってくれたエリザベート氏。私は引きつり笑いを浮かべる他ない。
元々のローザはそんな乙女で大人しい性格だったんだろうか。だとしたら、キャラ崩壊してごめんなさいとしか言いようがな。
「勿論、褒めてますわよ。前の貴女より、話してて面白いですもの」
そんな私に、くすくすと笑いながら言うエリザベート。
「それで?記憶のないローザさんは何を知りたいのかしら?わたくしたちに何をしてほしいと?」
「えーっと、ああ……」
どうだな、と私は空を見上げる。
ありがたいことに今日は休日、しかも素敵な青空が広がっている。
「この世界のカメラって、持ち運べる?あと、列車の交通事情とか知りたいなーって。撮影会したいなあと」
***
元々、そんなに電車の知識があった方ではない。
ただ、私が大好きなBL漫画には、駅や電車での出会いをモチーフにした作品もあるのだ。同時に、通勤ではいつも電車を使っていたし、コミケなどのイベントに行く時も利用していた。一人で旅をする時だって、電車と言う乗り物は必須だ。
だから、鉄道オタクほどでないにせよ多少なりに興味はある。特に、この世界で人々がどのような鉄道を利用しているのか、については。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
エリザベートと共に向かったのは、ウォーカー家の屋敷より少し南にいったところにある駅だ。
ストリングクレイ駅。
王都にある一番大きな駅といっていい。赤い煉瓦が重なり合ったモダンなデザインであり、改札前の広場は星をかたどった模様が描かれている。東京駅の雰囲気に少し似ているかもしれない。なんともお洒落だ、と買ったばかりのカメラを向ける。
「かっこいい、めっちゃかっこいい!」
「テンション上がりすぎでしょ、ローザ。少しはお嬢様らしく落ち着いたらどうですの」
「す、すまん!でも、思ったよりこれ、観光名所的というか、見てて面白いというか。なあなあ、お金あるんだろ?列車乗ろ、列車乗ろ!」
「あ、ちょ、ちょっと!」
女二人と男二人に別れて、近場の駅の様子と列車の様子を撮影する。それが今回の目的である。とはいえ、列車内の写真も大事だと思っていたので、隣町くらいまでは列車に乗ることも検討しようと考えていた。
まだ午前中なので、いくらでも時間はある。なんなら、適当なところで降りて二人でお昼ご飯にしてもいい。
「切符はどうやって買うのかな?お財布は持ってるけど」
ほい、と財布を見せる私。近代ヨーロッパくらいいの世界観だと思われるので(道中の道路で、ガソリン車も走ってはいたが非常に少なく、殆ど馬車だったことからしても)Suicaなんて便利なものはないだろう。
実際、あるのは券売機ではなく有人改札である。
「上に路線図がありますわ」
エリザベートもお嬢様であるし、御付きの者なしで列車に乗ったことなんてないかもしれない。途中でそう気づいたが、幸いエリザベートは乗り物に乗るための知識もちゃんとあるようだった。
「今、わたくしたちがいるのがストリングクレイ駅。ここからは地上を走る鉄道が二路線、地下鉄が一路線走っていますの。簡単に行ってしまうなら、北西に行くならエメラルド線、東に行くのならルビー線、南に行くならダイヤモンド線に乗ることになりますわ」
「宝石の名前がついてんだ、かっこいいなあ。……美味しいランチ食べに行くなら、どの線路のどの駅に行くのが一番いいのかな?」
「え?お腹すいてらっしゃるんですの?」
「そうじゃなくて」
楽しくて仕方ない。本来の目的を忘れてしまいそうになるくらいに。
「エリザベートと一緒にランチしたいいなって!列車乗って撮影会しまくってたら、丁度お昼の時間になりそうだからさ。どう、エリザベート?私と一緒にランチは嫌?」
「え、え?」
手を握って尋ねると、エリザベートは顔を真っ赤にして視線を逸らしてきた。
「嫌では、ありませんけど、でも」
やがて明後日の方を見ると、彼女はわかりやすく頬を膨らませる。
「……エリザ」
「え?」
「わ、わたくしと親しい人はみんな、エリザという愛称で呼びますわ。エリザベートでは長いでしょう?ですから……」
「おし、わかった!じゃあ、これからはエリザって呼ぶな!」
「!」
どうやら、それを気にしていたらしい。私がよろしくエリザ!というと彼女は薔薇が咲いたように笑った。
「ええ。……そうしてくださいまし。ランチ、ご一緒して差し上げるわ」
やっぱりこの子、悪役令嬢向いてないんじゃないかなあ。元々はどういうキャラだったのかなあ。
ウキウキした気分で、そんなことを思う私なのだった。




