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<1・私が転生って誰得やねん!>

 うっかり事故で死んで、気づいたら乙女ゲームのキャラクターになっていました。

 なんて展開が、最近流行っているらしい。流行っているといっても、あくまでライトノベルとかアニメの世界だけの話だと思っていた。悪役令嬢とかに転生して死亡フラグを折るだとか、婚約破棄させなように頑張るだとか、そのために奔走していたら隣国の王太子様とやらがどこからともなく都合よく生えてきて溺愛してくれるとかざまあしてくれるとか。

 しがないOLだった私にとって、そういうラノベは別に好きでもなければ嫌いでもないというのが正直なところだった。というのも、乙女ゲームとかロマンスファンタジーにまったくといっていいほど興味がない。なんせこちとら生粋の腐女子。イケメンがヒロイン=自分の代理人を溺愛するより、イケメン同士でイチャついてくれてた方が萌えるというやつなのだ。

 それゆえに。


「あーれー……」


 仕事終わりに居酒屋で飲み過ぎて、うっかり駅のホームで足踏み外して線路に落ちて知んだかと思ったら、ふわふわのネグリジェを着て豪奢なベッドで寝ていましたとな。

 そして寝ぼけ眼で鏡台の前に立ち、己の姿を見て真っ先に呟いたのはこれ。


「うおおおおい、神様、人選間違っとんぞ……!」


 鏡に映っていたのは、地味な腐女子OLではなく、明るい茶髪に緑色の瞳の可愛らしい女の子だった。年は二十歳そこそこ。現世の私の半分くらいしか年がいってないと思われる。

 どうやら前世の記憶を持ったまま、異世界転生とやらをしてしまったらしい。最大の謎で、問題は。


「解釈違い、マジで解釈違いいいいい……!」


 この茶髪緑目の女の子に見覚えがあるということ。最近流行している乙女ゲーム『魔法使いの伯爵様に溺愛されて』とかいう作品のヒロインがこんな顔をしていたような気がする。なんでそんなぼんやりとした言い方なのかと言えば、先述したように乙女ゲームに興味がなくて自分ではプレイしたことがないからだ。会社の同僚にやたら布教されていたことと、やたらWEB広告を見るせいで大体のあらすじは知ってしまっているが。

 普通、こういう異世界転生というのは、その乙女ゲームをやりこんだオタクが飛ばされるものではなかろうか。なんでざっとあらすじ知ってる程度の人間が転生するのだろう。当然攻略方法なんて知ってるはずもないから、死亡フラグ回避のために走り回るとかもしようがないのだが。というかそもそも、令和の時代では乙女ゲームだった作品に、なんで死んだらトリップするだなんておかしなことになるのかがさっぱりわからないが。

 いや、最大の問題は。


――このゲーム、美男美女が多くて、ビジュアル的には好みのキャラ多いんだけどさあ!私が溺愛されるとか解釈違いでしかないんですけど!


 げんなりしてしまう。

 男女CPならまだ応援することもできようが、自分がヒロインになる夢小説展開はまったく好みではないのだ。

 一体どうしたものか、と私はしばし鏡の前で項垂れてしまった。

 知っている限りの知識が正しいのであれば――私、ローザ・バーンは伯爵家の次女。魔法使いの一族、ウォーカー伯爵家の長男であるグレン・ウォーカーと結婚し、ハッピー溺愛ライフを送りつつ魔法の力を狙ってくるライバルと退けていく――とかなんとか、そういう話であったはずである。




 ***




 自分が悪役令嬢ポジならともかく、私=ローザはごりごりのヒロインポジである。当て馬にされる悪役令嬢ならばまだ動きようもあったものの、ヒロインである以上どうあがいてもグレンからの溺愛から逃げることはできない。

 どうしよう、と私は頭を抱えた。

 イケメンのことは好きだ。恋愛も嫌いなわけではない。しかし、私の興味は完全に“二次元のイケメン同士のいちゃいちゃ”に向いている。自分が誰かと恋をしてハラハラしたい趣味は正直ないのだ。なんせ、現実には己の趣味を理解して、一緒に楽しんでくれるような奇特なイケメンなんて落ちてはいないのだから。

 まあ四十歳になってしまった時点で、そもそも若いイケメンとの恋愛なんか夢のまた夢だろうなと思っていたというのもあるけれど――。


――だから、グレンとの付き合い方を考えなくちゃ、とは思っていたんだけど。


「すまん!」


 転生した、まさにその日のうちに。

 私は自宅にやってきたグレンと客間で顔をつきあわせていて――思い切り頭を下げられている状態だった。


「ローザ、君に謝らなければいけないことがある。来月、わたしが誕生日を迎えるから、その直後に入籍しようということになっていただろ?ほら、我が国では二十歳にならないと入籍できないから」

「あ、う、うん。そうだったね、うん」


 私は明後日の方を見て言う。やばい、マジでこの世界の知識がない。当然、ローザとしての記憶もないから曖昧にしか答えられない。なんというか、人格を乗っ取ってしまって本当に申し訳ありませんローザさん、と思う。ああ、よく考えたら異世界転生という名の成り代わり、乗っ取りではないか。本物のローザの人格を殺してしまっている罪悪感が半端ない。

 どうやら、この国では二十歳にならないと入籍できないルール、らしい。

 そしてグレンと私=ローザは婚約者であり、彼が誕生日を迎えたらすぐに婚姻届けを出す予定になっていた、らしい。


――どうすりゃいいんだ。記憶がないのもそうだし、お嬢様言葉なんか喋れねえぞ私……。


 元々ガサツな喋り方だと注意されることの多い人間だったのである。冷や汗をだらだら流しながら、それで?と彼の話を促す。

 が、グレンもグレンで、私に負けず劣らず顔色が悪かった。これは、もしや。


「本当に申し訳ない。婚約破棄をさせてもらえないだろうか!」

「……わっちゅ?」


 まてまてまてまて。

 私は思わずもう一度窓の方を見てしまった。窓ガラスに映ってるのはどう見ても、『魔法使いの伯爵様に溺愛されて』の主人公にしてヒロインのローザ・バーンである。婚約破棄なんて展開、多分なかったはずだ。だってグレンと結婚してかららのいちゃいちゃ溺愛ハッピーライフが売りのゲームだったはずなのだから。

 こんな序盤で、いきなり話の筋が変わるなんてことはあるのか。

 いや、自分としては、己が溺愛されるなんて解釈違いの展開は御免被るといったところだから、婚約破棄上等ではあるのだけれど。


「えっと……理由をお伺いしても?」


 私が尋ねると、怒ってると思っているのか(まあ普通は怒るだろうが)、彼はやや震えながら顔を上げたのだった。


「実は、ずっと君に……いや、家族にも秘密にしていたことがあって」

「秘密?」

「ああ。その、わ、わたしは、そのっ」


 美しい銀色の髪にアメジストの瞳の青年は、泣きそうな顔で告げたのだった。




「本当は……ゲイなんだ!」




 きっと。

 本人は一世一代の告白をしたつもりなのだろう。実際、同性愛のカミングアウトほど勇気がいるものはないのだから。

 だが。


「本当は、幼い頃から自覚していて……もっと早く打ち明けなければと思っていた。ところが、父上と母上がどんんどん話を進めてしまって、いつの間にか君との婚約も決まってしまって。どうあがいても、わたしには女性は抱けないし、婚約解消してもらわなければと思っていたけれどどうにも勇気がだせなくて、でも」

「本当は、別に好きな人がいるとか?」

「……ああ。しかも、身分違いの恋なんだ。使用人の……ハロルドとの恋愛なんて、父上と母上が許してくださるはずがない。それでも……」


 ハロルド。ビジュアルだけなら知ってる。グレンより少し年上の執事で、礼儀正しい紳士。グレンとは兄弟のように育った青年であるはずだ。

 確か、黒髪眼鏡のイケメン。ということは、つまり。


「おっけええええ!」

「え!?」


 私は勢いよく立ち上がっていた。ぽかん、としているグレンの手を握りしめ、ぶんぶんと縦に振る。

 CPとしては、グレン×ハロルドなのか、ハロルド×グレンなのかはわからない。どっちかというと後者が好みだが、どっちにしたって自分からすればドストライクのカップリングに間違いない。つまり。


「わかった、わかったよグレン!婚約破棄……いや、私も同意するから婚約解消だな。婚約解消しよう、そうしよう!」

「え、え、いいのかローザ?でも」

「全然構わない!むしろ、好きでもない人と結婚するなんてやっぱり間違ってるじゃないか。愛は、本当に好きない人と育むべきだ。私は君の幸せを心の底から、もうそれは本当の本当に心のそっこから応援する!ハロルドさんと結ばれるよう、私も力を尽くそうじゃないかっ!」

「ほ、本当に?本当にいいのか?その……」


 まさか、こんな反応をされるとは思わなかったのだろう。グレンは困惑と同時に、ちょっと泣き出しそうな顔で私を見ている。

 からかわれているかもしれないと思っているのもそうだし、何より負い目はあるのだろう。入籍の一か月前に婚約破棄なんて、本来まったく褒められたものではないはずだからだ。貴族の家なら尚更、家名に傷がつくと思う人間は少なくないはずである。実際、彼の両親の理解を得るのが難しいというのは間違いないだろう。

 しかし、それはそれ、これはこれ。


「婚約解消なんて、君のご両親が納得してくれるかどうか。それに、君だって周りに何を言われるかわかったもんじゃない。本当の本当に、モラルがなっていない、酷いことをしているのはわたしも分かってるんだ、だから」

「関係ない!推しCPの誕生を祝福しない腐女子がいるか?いや、いない!」

「お、おしかぷ?」

「と、とにかく!なんか書類とか必要ならすぐに書くし、二人でお父様とお母様に話しに行こう。いきなり同性愛者だって言うのはハードル高いだろうから、お互いの気持ちがどうしても醒めたとかウマが合わないとか、まあ、そういう理由こじつけてなんとかしよう。結婚する当人がどっちも納得してないのに、ご両家で無理やり婚姻進めるとか無理でしょ、無理!」


 うんうん、と私は頷く。そして。


「あ、ちなみにグレンはタチ?ネコ?」

「え、え……どっちかというと、ネコ……」

「解釈一致ありがとうございます!!」


 しれっと質問した言葉の意味を、彼が即座に理解してくれて助かった。

 この瞬間、私は誓ったのである。私は推しCPを応援する女友達ポジに入るぞ、と。何がなんでも、推しのBLを成立させてみせるぞ、と。


――腐女子の本気、ナメんなよおおおお!


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