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1.人間要塞令嬢

王城の大広間には熱気がこみ上げていた。

天井から下がる幾重ものシャンデリアが光を砕き、磨き上げられた床に星のような反射を落としている。


今夜は第一王子の立王太子お披露目の夜会だ。

王子が挨拶を終えると会場中央には、すでに令嬢たちが我先に話しかけようと取り囲んだ。

この夜会はお披露目会と同時に王子の婚約者になりたい令嬢達がこぞって参加していた。


任務で配置されていた騎士は、壁際からその様子を眺めながら、淡々と会場全体に視線を巡らせる。

異常なし。警備上の問題もない――はずだった。

ふと、柱の影に一人だけ、輪に入らず立っている令嬢が目に入る。


深い色合いの緑のドレスに銀色の珍しく美しい絹糸のような髪がよく映えている。


他の令嬢たちのように王子を見つめるでもなく、かといって会話に加わるでもなく、柱に寄り添うようにして、微妙に人だかりから距離を取っている。


(壁の花、か)


そう一瞬だけ思い、騎士は視線を外した。

やがて音楽が変わり、ダンスの時間になる。

中央の人だまりがゆっくりとほどけ、給仕たちが新しいシャンパンを配り始めた。

先ほどの令嬢もグラスを受け取る。

――が、次の瞬間、騎士の視線が止まった。

令嬢は周囲をちらりと確認したあと、

ドレスの内側から小さな銀のカップを取り出し、

シャンパンをそこへ静かに移し替える。

さらに、袖口から取り出した小さな茎のついた葉をその中へ入れてくるり、と中で回した。

(……何をしている?)

警備任務として見過ごすわけにもいかず、騎士は歩み寄る。

「失礼、ご令嬢――」

声をかけた瞬間、令嬢の肩がびくりと跳ねた。

「ひいいぃっ……!」

振り向いた顔は、夜会の華やかさとはまるで不釣り合いなほどおびえた表情で騎士を見た後、壁伝いに

薔薇園へ続くテラスの方へ、ほとんど逃げるような足取りで一目散に走り出した。

「ちょ、待っ――」

追いかけた騎士の目の前で、

令嬢はパニエの裾を踏み、

――転ぶ。

だが次の瞬間、

大きく膨らんだパニエがクッションのように広がり、令嬢はほぼ無傷のまま、大の字に着地した。

静まり返った薔薇園の入口で、

その光景を見た騎士は一瞬言葉を失い吹き出すのをこらえた。

「大丈夫ですか、ご令嬢」

差し出した手を、令嬢は少し迷ったあと、おそるおそる取る。

立ち上がった彼女に、騎士はまだわずかに笑いの残る声で尋ねた。

「先ほどは何を?銀器と葉を持ってましたね?」

令嬢は視線を泳がせ、小さく答える。

「……こ、こわいんです……」

「何が?」

「……毒が……」

一瞬、騎士はきょとんとした。

そして次の瞬間、再び笑いが込み上げる。

「くっくっくく....夜会のシャンパンで毒殺を警戒してる人、初めて見ました」

「わ、笑いごとではありません……!」

必死に言い返したあと、令嬢は少しためらいながら、手にしていた小さな銀器を見下ろした。

「……あの、これは……その……エリクサーに……毒消し草を浸したもの、です……」

騎士は一瞬、表情を止める。

(エリクサー?)

伝説や古い文献の中でしか聞かない名だ。

重傷すら癒す霊薬、あるいは王家の秘蔵品――そんな話ばかりが思い浮かぶ。

(……いや、まさか)

目の前の令嬢は、いたって真剣な顔でこちらを見上げている。

からかっている様子も、虚勢を張っている様子もない。

騎士は小さく息を吐き、わずかに口元を緩める。

「ずいぶん、本格的な対策ですね?」

令嬢はこくりと小さく頷く。

「……万一、毒が入っていた場合でも……初期症状の進行を遅らせることができます……」

その声はまだ少し震えていたが、言葉だけは妙にしっかりしていた。

騎士は改めて令嬢を見下ろす。

(……変わった人だが)

(少なくとも、嘘をついている顔ではなさそうだ)

「なるほど」

そう言ってから、少しだけ肩をすくめる。

「ただ、今日の夜会でそこまで装備している方は、今のところあなただけでしょうね。」

令嬢は困ったように視線を泳がせ、

「そ、そう……でしょうか……」

と小さく答えた。

その反応がまた少し可笑しくて、騎士は喉の奥で笑いをこらえる。


「ところで、なぜそんなに離れるのですか?」

ずりずりと令嬢は距離をとっていった。

「ご、ごごごご5メートルは離れていないと不安で...いつその長剣で殺られるとも限りませんし...あ、あ、あと貴方の後ろの噴水の水も怖いし...」

怯えた表情で顔面蒼白という感じでこちらをかなり警戒している。やはり本気らしい。

令嬢はどこからともなく自分の背の半分程はある大きなトランクを取り出し、その後ろに隠れてしまった。

騎士は怯えた様子をうかがうと、

「とりあえず今夜は冷えますし、中に戻りましょう?」

トランクの背から顔を出した令嬢はこくりと頷いた。


「それ、持ちますよ。随分重そうですし。」

「い、いえ、あ、ああ危な....」

ひょいと持ち上げようとした瞬間、トランクは王城の床に突き刺さっていた。

「え....?」

あり得ないほどの重さでトランクを離した位置のタイルは粉々に砕け散っていた。

「すすすすすみません....おお、重たかったですよね!?!?」

「えっと、これは一体何が入ってるんですか?」

モジモジとした表情で恥ずかしそうに令嬢はこう答えた。

「て、てて鉄板です……」

「なんで!?」

「銃撃対策です……6方向からの射線を想定して6枚……」

「日常生活で6方向から撃たれる想定してる人初めて見た!」

トランクの中身を検めると鉄板6枚と毒消し薬、銀食器のセット、包帯に止血剤、非常食や聖水、ランタン、小型折りたたみ盾、簡易ヘルメット等のありとあらゆる身を守るものが入っていた。


この令嬢はビビりとかいう範疇を超えて人間要塞と化していた。


気が向いたら続きを書きます

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