時間戦士は永遠の夢を見るのか・番外編「彼と彼女の欲しいもの」
これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本編の第12話「神の子宮を潰せ」の最初の「* * *」の部分に挿入される内容になります。未来から来た女性タイムトラベラーであるアミカナは、自身がアンドロイドであることを隠して、大学生の志音と行動を共にしています。本編では描き切れなかった、互いに惹かれていく二人の心の触れ合いやすれ違いを描いています。本編未読でも、少しは楽しんで頂ける……ことを願っています。
<土曜日>
夕食の固形燃料はすっかり燃え尽き、その上の鍋からは湯気も上がらなくなっていた。
……失敗したな……
料理には手を付けることなく、志音は何度目かのため息をついた。今朝の流し台でのこと、そして、さっきの夕食でのこと。
火曜日のホテルの前で、分かったと思った。お互いに軽口を叩き合い、笑い合う。それが、彼女が心地いいと感じる関係。だから、僕はそれに乗った。
でも、多分、本当の彼女は違う。思うように任務を遂行できず、一人苦しんでいる。支えてあげたいとは思う。だけど、もう軽口で笑わせることでは、彼女の不安を薄めることはできない。それはそうだ。彼女にのしかかる責任の重さを思えば。じゃあ、どうすればいい?
……僕にもっと……もっと……何かがあれば、彼女を救うことができるのだろうか? だが、今の僕では……どうにもできない。例え、どんなに彼女のことを想っていたとしても……。
志音はふと顔を上げた。
確か、あれは天女の羽衣伝説だったか……。天界から地上にやってきた美しい天女が、水浴びをしているうちに、男が羽衣を隠してしまう。天界に帰れなくなった天女は、男と生活を共にすることになる。しかし、男が隠した羽衣を見つけた天女は、そのまま天界に帰ってしまった。
言うならば、羽衣はあの球体だ。あれがあるから、彼女はここに留まっている。あれが無くなれば、彼女は天界に帰ってしまう。
……彼女が帰る?……
まだ一週間も経っていないのに、もはや、彼女が隣にいない生活を想像することができなかった。彼女の笑顔が思い浮かぶ。例え、それが本当の彼女ではなかったとしても。きっと、伝説中の男も幸せを感じていたはずだ。
だが、ここは彼女の世界ではない。彼女が自分の世界に帰れば、そこには本来の彼女の人生が待っている。
なら、僕に何ができる? 彼女が自分の世界に帰るための手伝いをする以外に……。男の気持ちを、天女は知っていたのか? そこは問題じゃない。彼女がやってきたのは、男のためではないのだ……。
「……考えろ! あの球体の目的を!……」
志音は呟いた。
* * *
アミカナは、一人で旅館近くの砂浜を歩いていた。途中で、履き慣れない下駄を脱ぎ捨て、素足で砂を踏みしめる。
部屋から見たブイが近くに見える。既に日は落ち、空は急速に藍色へと染め上げられていく。ブイに付いた赤いランプが、彼女の嫌いな夜の訪れを警告するようにゆっくりと明滅していた。それは、冷酷なカウントダウンのようにも思えた。
『どうしてそう暢気なの?! もう時間がないのよ!』
さっき叫んだ自分の言葉が思い出される。
……そう、私達には時間がないの……。恐らく、あと一日もすれば、彼の目の前からも、そして彼の記憶からも、私は消えてなくなる。志音は……それでいいの?
<……仕方がないわよ。彼は知らないんだもの……>
彼女の中の一部が囁く。そう、彼を責めるのは見当違いだと、頭ではわかっている……きっと。
<彼に言わないの?>
「……それだけは絶対に嫌……」
彼女は呟いた。私の運命を知ってしまったら、彼は私のことを憐れに思うだろう。でも、憐れみは、私の選択に対する侮辱だ。強制された訳ではない。私は、自分の意志で、この生き方を選択したのだ。
<そう思うのなら、彼にどう思われようと関係ないじゃない>
<本当は、自分でも、自分のことを可哀想な存在だと思っているんじゃないの?>
「うるさい! うるさい、うるさい!!」
彼女は思わず叫んだ。その場にしゃがみ込む。砂が握られた。
「……私は、可哀想なんかじゃ……ない……」
砂を握ったままの手を額に当てて、彼女はきつく目を閉じた。やがて、彼女の手から力が抜けると、手のひらからは砂が零れていく。その流れを、目を開いた彼女は呆然と見つめていた。
「……本当に欲しいものは、どうして手に入らないの?……」
ふと、彼女は砂の上に緑色に光る石を見つけた。右手で拾い上げる。それはシーグラスだった。波に揉まれて角が削られ、美しくなるシーグラス。『アミカナは、もう綺麗だろ』――金曜日の彼の言葉を思い出す。自分を肯定されたような気がして、嬉しかった。そんなことを言いそうにない彼だから、余計に――。いや、そんなことはない。彼はいつでも、私を肯定してくれていた。だから私は――。
突然、頭上から爆音が響く。軍のヘリが砂浜を横断して、内海の向こう、志音の街の方へと飛び去って行った。球体の偵察? 我に返った彼女は愕然とした。
……私は……志音のことばっかり……
左手で髪を掻きむしる。
……私は、歴史改変阻止者じゃなかったの?……
……ミカに合わせる顔がない……ミカだけじゃない。ラキシス機関のみんなに……。
この一週間、ずっと揉まれてきた。削られる痛みに耐えてきた。でも、どう? 私は……私は……
「……ちっとも……美しいものに……なれてない!……」
歯ぎしりした彼女は、シーグラスを力一杯握りしめた。幾重にも砕かれる悲鳴が響く。やがて、それは緑色の珪砂となって、彼女の手のひらからサラサラと零れ落ちた。
後続のヘリのローターが、再び藍色の大気を揺らし出す。彼女は両肘を砂についた。
「……私なんて……大っ嫌い!!」
彼女の絶叫は、ヘリの爆音に掻き消された。
お読み頂きましてありがとうございます。シン番外編「新春かるた対決」の優勝特典として、志音とアミカナを主役にした番外編を書きました。次は、「新春かるた対決」で人気急上昇中(?)のミカにフィーチャーしたいと思います。物語世界のどの時点に相当するかは、「時間戦士は永遠の夢を見るのか・時系列まとめ」に既に記載してあります。[1/14公開予定]という箇所を探して下さい。ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。




