第28話 開幕前の静けさ:試験官視点
試験官、相津幸生としての朝は早い。
会場の準備に受験者の把握、試験内容の微調整だけでなく、試験会場の点検など、挙げればキリがないほど、仕事が山積みになる。
「いや、今回の試験に、ワタシが注目してしまっているだけか」
生まれのいい者、才能を持っている者、自然発生的に現れた逸材から、今まで表へ出てこなかった部族の者まで、今回の参加者はいつにもましてキャラが濃い。
「相津さん。受験者が集まってきました」
「うむ。ありがとう無明くん」
ようやく時間になり、参加者たちがやってきたようだ。
事前の情報通り、注目されているのは、名の知れている探索者の2世、3世が多いか。
仮免を発行させ、幼少より優秀な探索者に育てるというのは、探索者家系として確立したい者たちからすると、もはや常套手段になっていると言ってもいい。
世間的には、未だ資格の取得、探索の開始と言えば、表だった資格試験とされているが、現実的にはこちらだ。そして、より上位のランクに上がる者たちが多いのも、やはりこちらの仮免からの資格取得者たちである。
「いかんな、興奮してしまう。長年試験官をしてきたが、仮免の者たちを見る方が面白くて仕方がない」
「そうなんですか?」
「ああ。何せ、すでに探索をしてきた者たちだ。会場で探り合いを始めている緊張感は、雰囲気こそ向こうと似ているが、これから探索を始める者たちとは隔絶しているよ。もちろん、無明くんのような優秀な存在が出ないと言っていないがね」
「お心遣いありがとうございます」
「いや、そんなものではない。ワタシもそうだったからな」
ただ、それでも、差は感じる。
いや、感じていた。
スキルを持ち、一時は探索者もしていただけに、親や周囲のサポートを得て探索ができる環境はとんでもないアドバンテージとなる。
死に物狂いで攻略した相手、世に出回っている情報から試行錯誤して得られる結果を、初めから持っている者たちだ。嫉妬しない訳がなかった。
世間的には、配信に乗るような逸れものが開花させた才能ばかりがもてはやされるが、才能があっても死ねば終わりなのがダンジョン探索だ。
その点について、身をもって、そして、ある程度の安全を確保した上で学べる環境があるのは、どうしても差として生まれてしまう。
今、ギルドの方へと腰を移してからは、後から出てきた者たちのこれからを見るのが楽しみになっている。
こんな年寄りは早く退場すべきだと思っている者も少なくないだろうが、どうしても心が躍ってしまう。
ワタシは根っからの探索者気質なんだろうな。
「相津さんのおっしゃる通り、笹崎家の者や米村家の令嬢、あの暴れん坊にダンジョンで暮らしているという部族の子もいますね。これは面白そうです」
「ああ。だが、あまりデータばかり見るなよ、無明くん。いざという時に足をすくわれるからな」
「はい」
「素直でよろしい」
無明砲華くんは、ワタシがいずれ自分の枠を譲ろうと考えている優秀な後進だ。
赤と黒の髪を始めて見た時は面食らったものだが、今では日本でも奇抜な髪色の者を見る事が珍しく無くなった。今や、黒く染めろと言う方が無能扱いされる事も少なくない。
そうでなくとも、無明くんは特別優秀で、ギルドの受付として入ったらしいが、今では試験官へと職を変えてもやっていけている。
彼女の実力ならば、探索者としてもやっていけると思うのだが、現実志向らしい。
ただ、分析肌らしく、タブレットばかり見ているのは気がかりだ。
とはいえ、そんなもの杞憂だとわかっている。無明くんは実践派でもあるので、ワタシの心配が杞憂に終わる事は重々わかっている。
ただ、孫のような年齢の子だけに、ちょっとばかり老婆心が働いてしまうのだ。
「ん?」
「どうかされましたか?」
「いや、あの子……」
一人、見知らぬ少女の顔が目についた。
今さら真っ白な髪は珍しくないのだが、そこは重要ではない。圧倒的な魔力量によって周りから距離を置かれているのだ。
「あの魔力量でも見ない顔ですね」
「ああ」
あえてなのか、それとも無自覚なのかはわからないが、どういう訳か異様におどおどとした態度で落ち着かない様子に見える。
「間違って入ってきてしまった、訳はないですよね。どう見てもモンスターと戦ってきた人間の魔力です。わたしでも攻撃を当てられるかどうか」
「そうじゃな。ワタシも今の老体じゃ無理だろう。全盛期でも一発入れて力尽きているかもしれん」
「またまた、ご謙遜を」
「本心だよ。あれだけ怯えたように見えて、他の者に気圧されているというようには見えない。単に自信がないか、周りに実力者が多かったのだろう」
「にしては、顔に面影がないように思いますけどね」
「探索の実力に血筋はあまり当てにならないがな」
あくまで、ワタシの持論だが。
しかし、もしかすると、極端に謙虚である可能性も考えられる。
それならどこかの家の者か。
いずれにしても、情報を把握していないとは、ワタシとした事が、手抜かりがあったか。
歳はとりたくないものだ。
「あの子の名前は?」
「梨野歴ですね。女子高生みたいです。経歴としては、かなり最近に仮免を発行されていますが、2年連続で探索者試験にて不合格を食らっているようです。不思議な子ですね」
「梨野……?」
「ご存知ですか? 有名な家系でもないと思いますが」
「じゃよな。まさかだ。別人だろう」
とはいえ、あまり多くいる苗字でもあるまい、親戚の可能性があるなら、最後に挨拶だけでもするかの。
いや、それなら推薦者を聞けば話が早い。
「念のため確認だが、推薦者は?」
「えっと、高見沢!? み、みふだ嬢です。あの高見沢……? ええ。ギルドで本人と確認されていますし……、まさか、隠し子……?」
「それはないだろうが、高見沢か」
ワタシの知る梨野との今のところ関係はなさそうじゃが、実力者であることに違いない。
波乱の予感がするな。
確実に、あの梨野歴という子が、今回の試験における中心人物になるだろう。
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